082 閑話 - フィズィさんは女の子 Retake
「030 フィズィさんは女の子」がベースになってます。
本編には特に影響ありません。
ぼんやりとした霧の中を彷徨う。俺の意識は今、何処に居るのだろうか。此処は、何処だ?
コツ、コツ、と響く俺の足音。
「……」
徐々に鮮明になる意識。辺りを見回してみると、徐々に視界が鮮明になり、姿を現したのは木々の生い茂る森だ。何故か周りには薙ぎ倒されたように折れた木が何本か。
「ああ、そうか。嬢ちゃんとフィズィか……」
俺は何となく状況を思い出しながら森の中を歩く。暫くすれば、泥だらけになったニコとフィズィが居た。まるで泥遊びをした後の子供だ。
「ん?フィズィ?」
目の前の、ニコの隣にいるコートの人物、のはずだ。ツバの広い帽子を被った、長いコートの男。全身真っ黒な奴だ。……何だ、何か変な引っ掛かりを覚える。
「アルガス、そこに川があるわ!」
ニコが言う。すると突然川の音が聞こえ始めた。確かこの時、泥だらけの二人を連れて水浴びをしたんだっけか。
「ん?この時?俺は何を考えている?……なんだ、訳が分かんなくなってきたぞ」
意識が何処か不鮮明だ。どうにも記憶も曖昧だし、全く何がどうなっているのか。しかし、頭を巡らせようとしても上手くいかない。
「まぁいいか。そこの川で水浴びにしよう」
俺が言うと、二人とも頷いて俺の傍に来る。
フィズィの方を見ると、その恰好に違和感を感じた。
「フィズィ。お前、そんな恰好だったか?」
俺が訊くとフィズィはニヤリと笑みを浮かべる。
「トレンチコートだよ」
「トレンチコート?」
聞いたことが無いが、恐らくそう言う名前のコートなのだろう。
聞き返した俺にニコが言う。
「事情がね、あったのよ」
事情?一体何の事だ?全く意味が分からない。
不鮮明な世界の中、とにかく俺達は川に向かった。
近くにあった川は穏やかで、水深もあまり深くない。透き通った川を覗き込めば川底も見える。澄んだ綺麗な川だ。水浴びするには丁度いいだろう。
大きく伸びをしているニコに釣られて、俺も身体の凝りを解す様に軽く動かし辺りを見回す。流石に嬢ちゃんと一緒に水浴びをすることは出来ない。すると丁度お誂え向きの大きな岩があることを見つけた。
「んじゃ嬢ちゃん、俺はフィズィ連れてあの岩の向こうに行ってるからな。なんかあったら呼んでくれ」
「ふふ、はぁい。行ってらっしゃい」
そう言うニコの目が何となく光ったような気がした。……なんだ?スルリと出た言葉とは裏腹に、俺自身何か引っ掛かりを覚えている。
「ヒヒ、どうしたんだよ。変な顔して」
「んー、良く分からんが。何か、どこかおかしい気がするんだよなぁ」
隣を歩くフィズィの問いかけに俺は頭を掻いた。フィズィはそんな俺を見て嗤う。
「さて、この辺で良いか」
「ところでアルガス。何でニコ置いて来たんだ?俺に何か用かよ」
ニコの姿が見えない大岩の裏だ。そう言えば、こいつはニコと同じで魔物だったな。人間の性の考え方に疎いのは仕方のない事だろう。
「ああ、人間はな、あまり男女で裸を見せ合ったりしないんだよ。魔物や魔族の事は分からんが、人間には発情期がない代わりに、そういう些細なことで催したりする。それはそれでアレだろ?」
「そうだ、そうだよなァ」
やや粘っこい口調。少し肌寒い風にフィズィのコートが揺れる。
帽子の奥で光る瞳。意地の悪そうな笑みを浮かべている。まぁ、こいつはいつもそんなもんか。
「まぁ、要はヒトの中を生きる上でのマナーさ。特に男が女の水浴び何か覗いてみろ、四方八方から罵詈雑言が飛んでくるぞ。お前も男なら気を付けろよ」
「全く、本当に紳士的な奴だ。だが、伊達男にゃなれそうもない。男なら女の裸覗く位の気概が無いとダメなんじゃねェか?なァ」
「あのなぁ……。お前らと居ると本当に自分の常識が正しさが揺らぐから困る」
「ヒヒ、常識なんてもんはその集団の中でしか通用しないモンさ。常識がどうだなんて言ってる奴は大成出来ないぜ?」
フィズィは分かっているような事を言うと、トレンチコートのボタンに手を掛ける。俺もそれを横目に自分の服を脱ぎ始める。すると、何かがバサっと俺の顔に掛かり、視界が塞がれた。
「うお、何だ!?」
慌てて引きはがすと、それはフィズィの着ていたコートだった。何でこっちに投げてくるのか、続いて飛んできたのは帽子だ。
「おい!フィズィ!こっちに投げるなよ!」
返答代わりに飛んできたのは、またも衣類だ。ポイポイと続けざまに飛んでくる服。俺の事を洗濯カゴとでも思っているのだろうかこいつは。
そう憤っていた俺は次に飛んできたものに目を丸くした。
「は?」
それは、およそ男が身に着けるとは思えない小さな、下着の類だろう。柔らかく肌触りの良い生地だ。反射的にフィズィに目を向け、後悔した。
「何だよ、紳士がこっち見ても良いのかァ?」
楽しそうなフィズィの声。そうだ、何故今の今まで忘れていたのだろうか。俺の顔面が熱を帯びる。
視線の先には一糸纏わぬフィズィの立ち姿。スラリとした長身が女性的な曲線を描いている。陽光を反射して輝くその姿はいっそ芸術的とも言えるかもしれない。
フィズィは身体を抱き、俺に背を向け肩越しに視線を寄こしている。
「ヒヒ、どうだ?アルガス、中々なもんだろ?」
「馬鹿ッ!?先に言えよ!」
我に返った俺は慌てて彼女に背を向ける。彼女の笑い声が俺の背を叩く。
「先に言え?ヒヒ、何言ってやがる。お前は知ってたはずだぜ?俺の性別を」
そうだ、俺はフィズィが女であることを知っていた。何故今の今まで忘れていた。やっぱり何かがおかしい。俺は一体どうしたんだ。
「アルガス」
俺が一人焦っていると、頭上、大岩の上からニコの声が聞こえた。反射的に顔を上げれば、腰に手を当て堂々と裸身を陽光の元に晒しているニコがいた。
逆光で見づらいとはいえ、その輪郭だけはクッキリとしており、俺の頭は一瞬で沸騰した。
「ちょッ!嬢ちゃん!?お前まで何してんだ!」
「アルガス、そろそろ起きなさい」
「は?!何言ってんだ!」
そう言ってニコは俺の前に飛び降りてきた。上がる水飛沫。
背後からはフィズィが俺の背に凭れかかってきて、腕を回してくる。前も後ろも裸の女に挟まれた俺はとにかくパニック状態だ。
「ヒヒ、全くどんな夢見てんだか」
俺はフィズィの感触に内心叫びを上げる。その言葉の意味など頭に入らない。
「仕方のない奴ね」
ニコはそう言うと正面から俺を抱きしめる。ホントちょっと待ってくれ!一体どういう状況だ!?
「お前ら!冗談はよせ!」
俺がもがいても二人はお構いなしだ。
「全く、ムッツリねぇ」
「ヒヒ、違いねェ」
「ほら、早く起きなさい」
耳元で響くニコの声と共に、頬に感じた妙にリアルな感触。その瞬間俺の意識は現実に帰ってきた。
「うわぁ!馬鹿何すんだ!」
俺が飛び起きると、そこは朝日差し込む部屋の中だった。
目の前でニコが中指と親指をくっ付けて俺の方に向けている。彼女は突然跳ね起きた俺に驚いたのか、目を丸くしたが、次の瞬間には声を上げて笑い出した。
「ふふ、あはは。アルガス、本当にリアクションが良いわね!」
お腹痛いと笑うニコは、余程可笑しかったのか椅子に座ると足をバタバタさせていた。人様の寝起きにそこまで笑うとは、全く失礼な奴だ。
「なァ、アルガス。お前どんな夢見てたんだ?あん?随分と楽しそうだったじゃねェか」
すぐ後ろからはフィズィの声。コイツ、俺の布団に潜り込んでいたのか!俺は悲鳴を上げた。
「おい!お前何で俺の布団に入ってんだ!何時から入ってんだ!?」
「お前が中々起きねェし、何か寝言呟いてやがるから、アレだ。いい夢見させてやろうって優しさだよ、なァ」
「そうよ!どう?いい夢見れたかしら!?」
そう言って笑う彼女達。顔が熱くなる。全くこいつらは……。
一体いつからそんなことしてたんだろうか。俺は朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、今の心境を叫んだのだ。
「ホント、余計なお世話だよ!」




