081 嘲笑
エピローグのような何かです。
いきなり何の話じゃ!みたいな感じになっちゃうと思いますので、一応投ニコさんで合ってますってことは先に書いておきます。
サイレンの鳴り響く中、一人の男が息を切らせて走っています。眼鏡をかけた、目付きの悪い男です。
誰もいない暗い路地裏を、何かから逃げる様に必死に走っているのです。
「畜生!畜生!何もかも終わりだ!」
その顔色は走っているにも関わらず真っ青で、すっかり血の気が引いていました。まさに必死の形相です。
「あの女!あの女が全部悪いんだ!ハハ、僕は悪くない!アイツは、アイツ等は報いを受けただけだ!ハハハ!ハハハハ!」
彼は歪な表情で歪に叫び笑います。その叫びは全く聞くに堪えません。自己の正当化。自分の非を認められない、受け入れられない弱い魂の叫びでした。
きっと彼は、何か取り返しのつかない事をしてしまったのでしょう。そして、彼は踏み外してしまったのです。いえ、人の道という高尚なものなどではなく、単純に蓋の開いたマンホールなのですが。
「あ?」
漏れたのは間抜けな声。何故か開いていた下水道への入り口。走っている勢いそのままに、その穴の縁へと顔を強か打ち付け落ちる男。とっても痛そうです。
意識を失った彼は地面に体を叩きつけると、バシャンと音を立ててヘドロの川へ。彼はそのままヘドロ窒息という残念な死因でその生涯を終えたのでした、……となるはずだったのですが。
どれくらい経ったのでしょうか、彼は不意に目を覚ましました。
彼は目を開くと、自分が何故か立っていることに気付きます。全身ヘドロで酷い匂いをまき散らしながら、それとは真逆の真っ白く眩しい部屋に、ただ一人。
「は?」
最後に見た光景とは異なるその景色に当惑する男。ここはどこなのか、何故自分はこんな所で突っ立っているのか。
彼はおっかなびっくり周りを見渡しました。しかし、どこを見ても真っ白で、他には何もない空間です。混乱は増すばかりでしたが、ふとある予感が頭を過りました。それは、ここがあの世というモノなのではないか、という予感です。
「僕は、死んだのか?まさか、死んだのか!?」
死んだ。自分の言葉に顔を真っ青にする男。彼は急に慌て始めました。
「あああ、お、おい!誰か!説明しろ!ここはどこだ!?」
焦りと恐怖に金切り声で叫ぶ男。しかし、その声は反響すらせずただ消えていくだけ。答えるモノはいませんでした。彼は頭を抱えて叫びました。髪をグシャグシャとかき回しながら、それはそれは悲痛な表情で、その偉そうな言葉とは反対に全く怯えきっています。
そして不意に自分がここに来る直前の記憶が脳裏にフラッシュバックしました。
「うあああああ!ふざけるな!僕が、この僕がぁ!あんな死に方許されるはずがないんだ!畜生!全部あの女のせいだ!あの女のせいだああああああああああ!!」
身振り手振りも大袈裟にわめき散らし、床をヒステリックに踏みつける。そしてふと踏みつけた床を見ると、自分の影が無いことに気づきました。
「ひゃあああああああああ!!」
男は悲鳴をあげてたたらを踏むと、なりふり構わずその場を走り出しました。一体何処に行こうというのでしょうか。とにかくその場に一人居ることが怖かったのでしょう。
しかし、行けども行けども白い世界。何もありません。しばらく走ると男はゼィゼィ言いながら立ち止まりました。
死んでいるのだとしたら、疲れなど無さそうなものですが、しっかり呼吸は乱れています。
「ああ、嫌だ嫌だ嫌だ!何だよここ!?何で誰もいないんだよ!嫌だ!誰か!?いるんだろう!?誰か!助けてくれ!誰かああ!!」
半ば錯乱気味に叫ぶ男。すると突然、彼の背後から笑い声が上がりました。
「ハハ、ハハハハハハハ!駄目だ、もう耐えられない!アハハハハ!」
それは子供のような無邪気さを帯びていましたが、何ともつかない、何とも良く分からない声をしていました。
男が声のする方、つまりは背後を振り向けば、そこにはヒトの形を取る黒い影が一つ。それが腹を抱えて嗤っていました。男はまたもや悲鳴を上げました。まぁ、怖いですよね、そんな良く分からないモノが自分を嗤っていたら。
「愉快や愉快、げに愉快!全く以て馬鹿馬鹿しい!愚かしい!因果応報、自業自得、主の魂はその身にこびりついたヘドロのような悪臭がする!全く、何のための生だったのか、愚かにも程がある。全く笑わせてくれるものよ」
まるで滑稽劇を見て嗤う様です。ヒィヒィと笑いながら男を小馬鹿にしています。何もここまで言わなくても良いのに、というくらいボロクソです。
「主の家族も、悲しむどころか怒り、失望しておる。怒っておる。全く、どうして良いやら分からんと嘆いておるぞ?ん?……全く愚にも付かぬ哀れなモノよな」
呆然とただずむヘドロまみれの眼鏡男でしたが、なおも己を小馬鹿にして笑う影に、そのうち恐怖よりも怒りが勝り叫びました。
「黙れ黙れぇぇぇ!なんだ貴様はぁぁぁ!」
カチャリと音を立て、影に向けられた銃口。それを持つ男の目は血走り、フゥーフゥーと息は荒く、手はカタカタと震えています。
反対に銃口突き付けられた影は三日月に歪んだ笑みを隠そうともせず、全く呆れたとばかりに肩を竦めた。
「正に神をも怖れぬ振る舞い、無知とは罪よのぉ。まぁ、別に構わんが。哀れ過ぎて愛しさすら感じるぞ」
「うああああああああああ!!ば、化け物めええええええ!!」
笑う影がその手を伸ばすと、堪りかねた男が引き金を引きました。
乾いた銃声。立ち上る硝煙。一拍おいて、広がる独特の香りが男の鼻腔を刺激しました。
男は目を見開き、荒い息遣いを白い世界に響かせます。口は間抜けに開かれ、ただ信じられないという表情を晒しています。それもそうでしょう。
「成る程、面白い玩具を持っているな」
目の前の影は全く健在で、自分が激情と共に放った鉛の弾丸は自分と影の間をクルクルと回っているだけ。まるで何かに引っ掛かっている様に中空のある一点から動かないのです。
「うああああああああああああああああ!!」
「全く、よく叫ぶ人間よ」
影が一歩踏み出せば、男は「ヒィィ!」と尻もちをつきました。しかし、影は全く構わず、男のすぐ傍まで来ると、目線を合わせる様にしゃがみます。その姿は間近で見れば、ノイズが走るようにザラついており、男は無様に後退りました。
「さて、恐れにまみれた人間よ。主に仕事をくれてやろう」
「なっ!何を!?」
影が腕を持ち上げ男の方に手のひらを翳せば、次の瞬間眼鏡の男は跡形もなく消えました。
「……最後まで間抜け面であった。げに愉快。さて、我もそろそろ戻らねばな」
そして、影もまた初めからそんなものは存在しなかったかのように消え去ってしまいました。
残ったのは白一色。何もない世界でした。
このお話で三章はおしまいです。
数話閑話的なものを挟んでから四章に入るつもりです。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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