079 レムレス=ウォーカー
「悪かった、悪かったって」
「面目ない」
そう、申し訳なさそうに謝るのはアルガスさんとアルメリアさん。それはそうです。ドラゴンを奪って飛んできたニコさんとフィズィさんを雨霰と狙撃したのですから。まぁ、敵のドラゴン奪って乗ってくるのもどうかと思いますが。
「まぁ、もう良いわ。今度から気を付けてちょうだい」
ニコさんは竜に騎乗しながら言いました。実に偉そうですが、ニコさんにも非があるでしょう。一体、何をどう気を付けろというか。良く分かりませんね。せめて旗とか何か識別方法を用意してほしい物です。
因みにフィズィさんはニコさんの後ろで嗤っています。
「僕は止めたんですけどね、心の中で」
「心の中じゃあ意味が無いだろう!」
「以心伝心という奴ですよ」
「だから、伝わってねぇんだよ!」
アルム君はヤレヤレというように肩を竦めました。
「それよりも、先を急ぎましょう。先に墜とした三体が戻ってこないとも限りません」
「……なんか釈然としないが。そうなるとまた面倒だな、さっさと階段まで行こう」
散々適当な事を言ってから正論を言うアルム君。アルガスさんは多少イラっとしつつも、煙草の煙と一緒に釈然としない気持ちを吐き出しました。大人ですね。
アルメリアさんは何とも言えない表情でそんなやり取りを見ていました。
暫く進むと空に伸びる階段に辿り着きます。ここまでくれば、月夜の鯨上ツアーももうおしまいです。皆順々に階段へと降りていきました。
階段は思ったよりも大きく、特に横幅は十人くらいは並べそうなほどの広さです。アルガスさんとアルメリアさんは安堵の息を吐き出しました。
「こっちの方が落ち着くな。空飛ぶ鯨に乗るってのは貴重な経験だったが」
「そうですね、こっちの方が動かないですし」
空飛ぶ鯨は傍から見れば浪漫溢れる光景でしょう。けれど、実際に乗ってみると足場も良いとは言えず、常に落ちる恐怖が付きまとうのですから、それはそれは落ち着かないでしょう。
そんな二人を尻目にニコさんはさて、とおもむろに石を取り出しました。ネロさんから貰った進化の石です。月光を受けてキラキラ輝く様はどう見ても宝石です。
「これ、売ったら凄い高いんじゃない?一生遊んで暮らせそうな気がするわ。飲ませればいいのかしら、なんか勿体ないわね」
ニコさんは蒼く輝く石を月に透かして見ます。そして、改めてその石を黄金の瞳で見てみるのです。すると、ニマニマとしていたニコさん顔が一瞬で凍り付き、ニコさんはゆっくり息を吐き出しました。
「なんて物飲ませるのよ、全く……」
そう小声でぼやくと、ニコさんは鯨に言います。
『とりあえず、飲めば良いみたいよ。これは神の因子。取り込んでしまえば神域の力を手にするわ。その代わり、そう簡単には終われなくなるわ。きっと厄介ごとにも巻き込まれる。それでも良いかしら』
ニコさんの警告じみた言葉に逡巡したように見えた巨大鯨でしたが、少し目を細めて言いました。
『……構わない。承知した』
ニコさんが鯨の方へと石を放れば、それはキラキラと月光を反射して放物線を描きます。それを鯨が口でキャッチしました。すると、すぐに異変が起こります。
「――――――ッッ!!」
鯨は石を飲み込むと、暴力的なまでの大音声で叫びました。ニコさん達はその声に驚き、その場に尻もち、悲鳴やら抗議の声やらを叫びます。しかし、突如として燃え出した鯨を見て、皆一様に目を丸くしました。
「蒼い、炎」
「おい、大丈夫なのかよこれ!」
轟々と音を立てて燃え上がる鯨。それは最早巨大な蒼い炎の塊でした。
アルガスさんとアルメリアさんが呆気に取られる中、他三人は結構呑気に状況を見守っています。
「フィズィ、アンタの時って燃えた?」
「いや、よく覚えてねェ」
「興味深いですねぇ」
鯨の身体は外側から剥離し、ボロボロと崩れた先から蒼い炎に焼き尽くされています。そしてどんどんその大きさを縮めていきました。
『オオオオオオオオオ………ッ!!』
その様は苦しんでいる様に見えなくもありませんでしたが、響く念話は苦痛ではなくもっと複雑な感情を孕んでいました。
そしてたっぷり三分くらい、姿を現したのは当然湯気を上げるカップラーメンではなく、ヒト種の姿に変わり果てた巨大鯨。最後の炎がブワリと消えるとその全貌が露わになりました。
「あら、これは」
「こいつァまた……」
ニコさんは煙をプカリと、フィズィさんはいつの間にやら干し肉をモグモグしていました。それは兎も角、彼女らの視線の先には真っ白な髪を風に靡かせ空に浮かぶ少女がいました。アルム君の銀とは異なる白。まだ幼さの残る面立ちで、透明感のある肌には僅かに朱が刺し、瞳は雨雲のような灰色です。
「これは、更に興味深いですね……」
ゴクリと生唾飲み込み額を拭うアルム君。無駄に緊迫感を演出しています。
「いや、ちょッ!お前!」
「アルム殿!それはいささか破廉恥ではないか!?」
「ハッハッハ」
アルガスさんは慌ててアルム君の目を覆って自らも目を閉じ下を向きました。その理由は、その少女が全裸だったからです。生まれたままの姿、というよりは生まれたて、生まれ変わりたての姿というのが良いのでしょうか。
「嬢ちゃん、早く何でもいいから服を!」
「そうね。全裸のままじゃきっと寒いものね。そう言えばネロも私に服を作ってくれたもの、私もそうすべきよね」
うんうん、と頷くニコさん。
「なるべく早く頼む。私も落ち着かない」
アルメリアさんも懇願するように言います。アルガスさんもそうですが、イリシオの男女は皆初心なのでしょうか。フィズィさんが嗤います。
「ヒヒ、別に何も困らねェだろう」
「全く貴女は!貴女達は!恥じらいというものが無いのですか!?」
「鯨の時は服なんか着てなかったろうに、ヒトの形を取った途端意識し始めるなんざ、ヒヒ。どっちが破廉恥か分かんねェだろ。なァ、アルム」
「フィズィ!」
ああ言えばこう言うフィズィさん。アルム君は相変わらずアルガスさんに目隠しされながら笑っています。
ワイワイ騒がしいニコさん達を他所に、ヒトへと変わった巨大鯨は自分の体を確かめる様に動かしました。その動作にぎこちなさはありません。
ニコさんはとりあえずとばかりに魔素を集めます。創られたのはやっぱり和服、というよりは何でしょう。ミニ着物と言えばよいのか、とにかくミニ丈です。ついでにニーソックスとヒールの高い下駄を用意しました。
「お前、どんな趣味だよ……」
「可愛いでしょ?」
随分とこなれたニコさんですが、方向性がマニアックですね。フィズィさんは呆れ顔です。ニコさんはそれらをポポイと少女へ放りました。
「……」
空に揺蕩う少女はそれを受けとると、不思議そうにそれらを見ました。
「言葉は、ダメかしら?」
『いや、暫し待て。少しばかり混乱している。私は……』
少女は月を見上げます。いいえ、睨むといった方が良いでしょうか。少しばかりそうしていましたが、少女はやがて頭を振りました。
「……、大丈夫。分かる」
「それは重畳ね、とりあえずこの乙女騎士と乙女王子が困ってるから早くそれを着てあげなさい。着方は分かるかしら?」
「乙女……」
少女は首を横に振り、アルガスさんは目を閉じながら眉根を寄せました。王子なのに乙女とはこれ如何に、とか考えているのでしょうか。多分違うでしょうね。
「まぁ、良いわ。着方が分からないならこっちへ来なさい、着せてあげる」
「頼む」
彼は空を泳ぐようにニコさん達の傍まで来ると、ニコさんに着付けてもらいました。
「ところで、貴女のことは何て呼べば良いかしら。確か名前は無いって言ってたわよね」
ニコさんは彼の帯を締めながら訊ねます。少女は不思議そうな様子でされるがままになっていますが、ふと考える様に目線を上へ。
「……レムレス」
そう言いました。
「そう、なら貴方はたった今からレムレス=ウォーカーね!ふふ、ネロの因子を喰べたのだから貴方も今日からウォーカーよ!」
ニコさんはチラリ、とフィズィさんを見ます。彼女は何となく複雑そうな表情で「まぁ、そうだな」と呟きました。
「……ウォーカー。なら、私はたった今よりレムレス=ウォーカー。それでいい」
「宜しく、レムレス。出来たわよ」
ニコさんはそう笑うと、レムレスさんの背中を軽く叩きます。
「うんうん、我ながら可愛いわね!どうよ!」
「まぁ、可愛いけどよ。てかアレか?アルガス、お前ハーレムじゃねぇか」
「ハァ!?何の話だ!ってかアレだ、アルムがいるだろ!」
ハーレムという言葉に動揺するアルガスさん。何だか少し挙動不審になっています。やり玉に挙げられたアルム君は、いつも通り笑っています。
「ハッハッハ、さしずめ僕は男の娘枠ですか。流石王族といったところでしょうか」
そしてサムズアップで言い放ちました。
「なんて言ったかしら、衆道?アルガス、アンタ良い趣味してるわね」
「ちっげぇし!ちっげぇし!」
散々揶揄われたアルガスさんは「あーもう!」と煙草を取り出し火を着けます。ついでに頭をガシガシと、もう本当に勘弁してくれと言ったところでしょうか。そんな様子をフィズィさんもヒヒヒ、と笑って見ています。
「殿下、おいたわしい……」
アルメリアさんの呟きは誰の耳に入るともなく消えてしまいました。
レムレスさんを加えた一行は空へと続く階段を上っていきます。そうして歩いていると階段が、ある所で途切れていることが分かりました。
「やっと終わりが見えたか……」
「随分と長かったわね。全く、これで終わりだと良いんだけれど、アビスは七層まであったわよね」
「ああ、確かそんなもんだ。こっちは区切りが分かりづらいが、今どのあたりなんだ?」
ニコさんは神の瞳で階段を見てみました。
「もうフラウまで、そう遠くは無いみたい。ここはセレスティアの"夜"だそうよ」
「"夜"ねぇ。何層、とか言うもんじゃないのか。こんなダンジョンは初めてだな」
そうしてまた、上へ上へと登っていくとやがて最後の一段へ。そこには上質な木の扉が一つ、不思議な存在感を放っていました。
「扉だな」
「扉ね、言わなくてもわかるわ」
意匠に凝った扉です。その月光に輝くドアノブに、ニコさんは何の躊躇もなく手を掛けます。するとカチャリと小さな音を立てて回るドアノブ。
「特に鍵なんかは無いみたいね」
「普通、何の確認も無くこういうことするのはダンジョンでは有り得ないんだがな」
「失礼ね、ちゃんと見てるから大丈夫よ!」
そしてそのまま扉を引けば、あっさりと開くのでした。
扉の先に広がる世界は一面青の世界。開いた扉から入り込む光が俄かに夜を侵食し、足元には静かに水が広がってくるのでした。
「さて、ここが終点かしら」
ニコさんはそう呟くと、青の世界へと足を踏み入れました。




