073 見えざる恐怖
大変長らくお待たせ致しまして、本当に申し訳ございません。
投稿期間が開くと、続きを更新するのもビクビクものです。
また、投稿ペースを上げられるように精進します。
「――フカヒレー!」
ニコさんが叫ぶと、突き出した右腕から白銀の閃光が空泳ぐ鮫に伸び、あっと言う間も無く彼我の距離を消し去ります。
光は鮫に吸い込まれ、爆発し、焼き払うかのように思えました。しかし、実際には標的を突き抜け、その先の樹木を直撃、爆砕したのです。
鮫はといえば、何事も無かったかのように悠々とニコさん達に向かってきます。その様子は、ニコさんを小馬鹿にするかのようで、悠然とした泳ぎを見せています。
「なんで!?」
「あの鮫も精霊の類なのでしょう。恐らくは亜精霊かと。此方と彼方を行き来してますので、彼方にいるとき、此方からは触れないんですよ。いやぁ、厄介なものです」
「ズルいじゃない!」
アルム君はハッハと軽く笑っていますが、これは最悪な部類の敵でしょう。何しろこちらの攻撃が当たらないのですから。
鮫はニコさんの傍まで泳いで来ると、その口を大きく開けて加速しました。口内には鋭く細かい牙がゾロリと並び、それはそれは凶悪な外見です。
ニコさん達(主にニコさんですが)は「ヒィィィ!」とか「うぇぇ」とか悲鳴を上げています。
「流石に殴れねェんじゃ話になんねェ!何か手はねェのかよ!?」
普段好戦的なフィズィさんも殴れない相手ではどうしようもありません。苦い顔で声を上げました。
「此方に出た時は向こうも無防備です。その瞬間しかないでしょうね。それか、彼方に干渉出来ればいいのですが、残念ながらそんなこと出来るのは寺生まれの人間くらいしか……」
アルム君は真剣な面持ち。顎に手をやり言いました。
「寺生まれスゲェな!?」
「まぁ、ジョークです。」
「知ってたよ!」
「とにかく、次元ごと斬れば良いのね?!無理だわ!フィズィ!アルガス!フォーメーション・デルタよ!」
「なんだよそれ知らねぇよ!?もうお前らメンドクセェ!」
アルガスさんのツッコミが響きます。
その間にもニコさんは後方へと飛び、入れ替わるようにアルメリアさんとフィズィさんが前に出ました。
「殿下を前に出すわけには行きません、私が出る!クッコロス!」
「ようは、全部カウンターで対処すりゃいいってこったな!?」
アルメリアさんは表情険しく、フィズィさんは不敵な笑みを浮かべて、もう目前まで迫った鮫と対峙します。次の瞬間、半透明に透けていた鮫は、その姿を濃くさせ、つまりは此方に顕現しました。
「存外に分かりやすい!」
鮫に一番近かったアルメリアさんは、ダンッ!と地面を踏み鳴らし、大きく一歩踏み込むと、大盾を前面に振り上げます。
盾を使ったパリィ。完璧なタイミングに見えたそれはしかし、再び彼方へと存在を移した鮫をすり抜けました。手応えはまるでありません。
「なっ!?」
「チッ!いい反応しやがるなァ!」
鮫はそのままフィズィさん、ニコさんの脇を通り過ぎると、一旦距離を取るように旋回。彼らの周りをグルリと横目に泳いでいます。
「あのタイミングで避けますか、視覚外からの狙撃が確実そうですね」
「餌役が必要だなァ」
「餌とか言うな!とにかく、散開するぞ!一か所にまとまっているのはマズい!」
フォーメーション・デルタはともかく、それぞれ距離を取るようにニコさん達は散開しました。
次いで狙われたのはアルム君。
「こういった手合いはあまり得意ではないのですが」
そう言いながらも、襲い来る大顎に相対すると、後ろに飛びつつ横薙ぎに杖を一閃。杖を身代わりに噛ませると、
「痺れて下さい!」
杖から青白い雷撃を炸裂させました。
しかし、驚異的な反応を以て、亜精霊はそれすらも逃れました。魔術の雷はニコさんのすぐ横を通り抜けます。
「ちょっと!危ないわね!?」
「すみません!随分と用心深いですね!これは本当に彼方に干渉できないとどうしようも無いかもしれません!」
アルム君をすり抜けた鮫は、今度はアルガスさんをターゲットにしたのか、身体を透けさせたまま左右に尾ヒレを揺らして彼に接近します。
「ッチ!俺かよ!?」
「殿下!!」
アルガスさんは悪態を吐きつつ、バスタードを大上段に構えます。
「この角度じゃアルガスも巻き込んじゃうわね!」
「そうですね……、彼の犠牲は無駄にしません」
ニコさんとアルム君は揃って大仰に構えます。
「ちょっと!貴方達!?殿下!!」
「ふざっけんな!ようは、俺が全部斬ればいいんだろうが!?」
半ばヤケクソ気味に叫んだアルガスさん。
イメージしたのは、一刀のもと、全てを断つ己自身。内気を練り込み、確かに彼は鮫を両断する未来を幻視しました。
「斬るぞ!――斬鬼、一閃ッッ!」
迫る大顎に一歩。地を割るような踏み込みと同時に打ち下ろされた剣は銀色の尾を引き、半透明だった鮫を真っ二つにしました。
鮮血は彼方に散って、アルガスさんは返り血を浴びることもなく。亡骸は彼の両脇を抜けて行きました。
暫しの余韻。アルガスさんは、フシューッと息を吐き出すと、全身から力を抜きました。
「はは、やりゃ出来るもんだな」
「いや、普通できないんですけどね」
驚きに包まれる中、アルガスさんはポツリと呟くと、その場に膝を付きました。ニコさんとアルム君もゆるゆると構えを解きます。
黒翼竜を両断したときもそうでしたが、この剣技はかなり消耗するようです。
「アルガスに出来るなら、私も出来るかしら」
「お前なぁ……」
一部始終を観ていたニコさんは、そのイメージを脳裏に再生しました。八裂丸を抜いて、その場で軽く振り、「ふむ」と呟きます。手応えでもあったのでしょうか。
「まさか、本当に彼方に干渉できるとは思いませんでしたが。流石、というところでしょうか」
「ええ、流石殿下!御見逸れ致しました」
一同がこれで一安心とばかりにワイワイと騒ぐ中、ニコさんは鮫の死骸を見て、ふとあることに気付きました。そして急に慌て始めます。
「ちょっと、とりあえずここから離れるわよ!」
「どうかしたか?」
皆、ニコさんの視線の先の真っ二つになった鮫の亡骸を見ます。
身体から漏れる血液が煙幕のように彼方を染めていく様は、確かにいっそ異様な光景ですが、それ以外に別段変わった様子はありません。
「とにかく!いいから!」
ニコさんは一刻も早く逃げ出したいのか、その場で足踏みを始めます。
他の面々は、しばらく何をそんなに焦っているのか分かりませんでしたが、フィズィさんとアルム君が一拍遅れて気付きました。
「そうですね、さっさと移動しましょう」
「ああ、アルガス、アルメリア、行くぞ」
三人が気付いたのは、鮫のとある生態と習性です。
「行くっても、どっちに」
「いいから!」
「一旦、落ち着いた方がいいのではないか?」
なお疑問符を浮かべるアルガスさんとアルメリアさんにニコさんは叫びます。
「早くしないとこの鮫達が集まるわよ!?」
鮫はとても嗅覚の鋭い生き物です。遠くにある血の一滴すら嗅ぎ分けると言われるその嗅覚は、まさに海の狩人と言っても過言ではありません。
もし、鮫の特徴をそのまま亜精霊たちも持っているのだとすると、血に惹かれた鮫の亜精霊が続々とここへやってくるに違いない。ニコさん達はそう思ったのです。
一匹でも相当に厄介だった相手です。こんなモノが大量に現れて混戦状態にでもなれば、間違いなく無事には済まないでしょう。
アルガスさんが対処できると言っても、連発できるような技ではありません。つまり、アルガスさんが何人いても足りないのです。
膝をついていたアルガスさんも弾かれたように立ち上がり、「さぁ行こう!」とズンズン歩き始めました。
沈まない太陽。
いつまでも続くかの夕景。
そんな中をニコさん達は進みました。時には走って、時には気配を消す様に。
鮫以外にも、巨大なイカやタコ、ウミヘビやクラゲと危険な海の生き物シリーズが盛りだくさんだったのです。ましてや全て精霊の類、いちいち相手にしていたらキリがありません。
サーチ&デストロイではなく、ハイド&シーク。しかも、鬼はそこら中にいるハードモード。まるでスニーキングミッションのようです。
「あとどれくらいかしら、いい加減疲れるわね」
その様に知らない森を、海を進むのですから、身体というより精神的な疲労が大きいのでしょう。皆多少なりとも疲れた顔をしています。
危険を意識しなければ、キラキラと煌めく小魚の群れや、森と海底が渾然一体となっている奇妙かつ美しい光景といった見応えあるモノもあるのですが、それらを楽しんでいる余裕もありません。
ニコさん達が進むのは、夕日のある方角です。
目印といえばそれくらいしかありませんし、近づくにつれて太陽を縦に割るような黒いジグザグとした影が見え始めたので、途中で進路を確定したのです。
「大分近づいたとは思うんだが」
「逆光で見づらいですし、距離感が掴みづらいですね。黒羽さんを使いに出したいところですが、こんなところで飛ばしたら魚の餌になるだけです。おお黒羽さん、食べられてしまうとは情けない」
アルム君の帽子の中からカァーッ!と抗議する声が聞こえます。
「しかし、太陽に近づくほど暗くなっていかねェか?」
「そうか?」
「確かにそうかもしれないわね」
太陽が昇ったままなので非常にわかりづらいですが、フィズィさんの言う通り。確かに島に着いた当初よりはやや暗くなったでしょうか。何とも不思議です。
兎にも角にも、一行は辺りを警戒しつつ、太陽の方へと進むのでした。
そうしてまた、暫く距離を進んでいくと、黒いジグザグしたモノの正体が分かるまでになりました。
「これまた予想はしていたけれど」
「天に続く螺旋階段、か」
一同が見上げるのは、天へと続く階段でした。
当然、手摺も無く、ただ螺旋状に真っ白な板が連続している、という代物ですが、それは確かに階段としか形容できません。
「アレを、登るのか?」
勘弁してくれ、とアルガスさん。アルメリアさんも凄く嫌そうな、泣きそうな、そんな顔をしています。その理由は、階段だけでは無いようで、
「まぁ、私は問題無いわね。階段だけなら、ね」
「あるとしたら、その周りを飛んでいる彼等でしょうね」
空を飛べるニコさんとアルム君も、半ばげんなりとした様子で上空を見上げています。
天へと続く螺旋階段。その周りを旋回する黒い影。それも複数。
それは、島に着く少し前にアルム君が見たモノ達でした。
「ドラゴンよねぇ」
「ドラゴン、だなァ」
それは、要するに竜種でした。遠目に見ても分かるその特徴的な姿と大きさ。
彼等が階段の周りを旋回しているのです。
「まさか、飛んでるだけってことは無いだろうなぁ」
「むしろ乗せてくれるとかだったら楽なのだけれど。ほら、ゲームとかに良くあるじゃない?」
「十中八九、それは無いでしょうねぇ」
「確実に襲撃してくるだろうな。楽観的な想像は……、まぁしたくもなるが」
「ヒヒ、これならアビスの方がよっぽど楽だったんじゃねぇか?なァ」
一同が項垂れていると、地鳴りのような音がズズズゥゥ、と大気を揺らしました。
「今度はなに?!」
「見て下さい、正面です!」
正面にある景色が歪み、次いで色を増した陰が太陽を覆い隠します。
「なん、だ。アレは……」
「おい!ヤベェぞ!?」
「マジかよ!」
なぜ今まで気づかなかったのか。それはまぁ、見えていなかったからなのですが、突如として現れたそれは、太陽を隠して余りある巨体。まるで戦艦のようなソレが、ニコさん達の正面を横切るように泳いでいます。
ニコさんは両目を見開き、その巨体を観ました。
「ロコ、バレーナ……」
大きな、大きな鯨。
逆光で黒く見えるその巨体は、確かに鯨のシルエットでした。
「~~~~~~~ッッッ!!!」
巨体を振るわせ、大音声を奏でた鯨。
その赤く輝く瞳は、間違いなくニコさん達を捉えていました。
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