072 黄昏時に舞うのは
中々書く時間が取れません。
ドキドキ空中散歩を楽しんでいる一行は、元々目指していた小さな黒い点の近くまでやってきていました。
太陽の位置は変わっていないのに、何故か辺りは黄昏色に染まっています。場所によって変わるのでしょうか。何にしろ、不思議な感じです。そもそも太陽は沈まないのでしょうか。
「何となく、そうじゃないかとは思っていたけど、随分とありきたりじゃない。空飛ぶ島なんて」
「まァ、ありきたりといっちゃァ、ありきたりだなァ」
「……お前らのありきたりの基準が分からんが」
遠目では一体何か分からなかった黒い点は、結局のところニコさんの言うように空に浮かんだ島でした。
島の下部は、まるでスプーンでくりぬいたような形状です。下は土や岩などで出来ており、上は緑生い茂る大地という感じでしょうか。
ありきたりとは言いましたが、ニコさんもフィズィさんも、どこか楽し気な顔をしています。
夕景の中に浮かぶ天空の島、というものは確かにお話の中ではありきたりなモノでしたが、実際に目にすると、それはそれで心弾むような幻想的光景です。
こういった景色には一種のノスタルジーを感じるものがあり、知らないはずなのにどこか懐かしい気持ちにもなるかもしれません。
「島ってことは地面があるということだな!?早く行こう!」
「ああ、そうだな。早く行こう!ちょっともう、俺限界」
相変わらずフィズィさんに抱えられたアルメリアさんは、早くこの状態から脱したいのか、それとも空飛ぶ島が気になるのか、力強く言いました。
アルガスさんも激しく同意しました。
島までの距離は後少しです。ニコさん達は少しウキウキした足取りで島を目指して進みます。
しかし、その歩みの速度は島に近づくにつれて徐々に落ちていきました。
「おい、なんか風がどんどん強くなってねぇか!?」
アルガスさんが言う通り、風が四方八方吹き荒んでいます。それに、女性のような笑い声が色んな所から聞こえてきます。それは夕景と相まって、少々以上の不気味さです。アルガスさんも風が怖いか、声が怖いか、表情に若干焦りの色を浮かべています。
そんな彼とは対極に、アルム君はハッハと笑います。
「精霊が多いのでしょう。恐らく僕たちを揶揄っているのですが、そこまで害はないですし、放っておきましょう。下手に手を打つと、逆に状況が悪くなる可能性があります」
アルム君は精霊についても良く知っているのか、空を飛ぶ者の優位か、全く落ち着き払っていました。
そんな中、ニコさんが何かに気付きます。
「そうねぇ、それより私はアレの方が気になるのだけれど」
ニコさんが指をさしたのは、島の周りを飛んでいる影です。
今まで空を歩いてきた中でニコさん達が出会ったのは、唯一風の精霊だけでした。しかし、島の周りにはいくつもの黒い影が、漂ったり飛び回ったりと賑やかにしています。
その大きさも様々ですが、生憎と逆光のため、姿かたちは曖昧模糊として、いまいち判然としません。
「確かに、島に着く頃には風だけではなく他の生物にも気を付ける必要がありそうですね。ここからだと良く分かりませんが、ちょっと面倒なモノも飛んでいそうですし」
アルム君はどこから取り出したのか、双眼鏡っぽいものでそれらの影を見ています。
その目には何が映っているのでしょうか。
「一体何がいるんだ?」
「聞きたいですか?」
アルガスさんの質問に、質問を返すアルム君。
アルガスさんは少し考えた後、「やっぱり今はいい」と溜め息を吐きました。これ以上のストレスを抱えたくなかったのかもしれません。
「それはそうとアルガス、仕方ないから手を繋いであげるわ」
そう言ってニコさんはアルガスさんの手を掴みました。
「お、おう。助かるよ、嬢ちゃん」
「流石に、ちょっと風も強いから」
アルガスさんはニコさんの手の感触に少し戸惑いながらも、その手を握り返します。
パタパタと空飛ぶニコさんの手を握って歩くアルガスさん。すると、フィズィさんが「何か風船みたいだなァ」と笑いました。
風と笑い声の中を歩き、ようやく島に辿り着くと、そこには久方ぶりの大地が広がっていました。
アルガスさんはその大地を踏みしめると、一気に肩の力を抜きました。余程足場の見えない環境が堪えたのでしょう。そのまま座り込んでしまいました。
「はぁぁぁぁ、ようやく一息つけるな」
アルガスさんはそう言うと、煙草に火を着けました。まさに一服という感じでしょうか。安堵の吐息も随分長い物になっていました。
アルメリアさんもようやくフィズィさんのお姫様抱っこから解放され、久し振りの地面の感触に安堵しています。
アルメリアさんの場合、地面も見えない上に、自分の足で歩けないというアルガスさんとはまた別の恐怖を味わっていたに違いありません。
どちらが良いかと言われると、どっちも嫌ですよね。
「地面の存在がこんなにも有難い事とは、普段の生活からは全く思わなかった。……フィズィ、助かったと言っておくが、帰りはよしてくれ」
「ヒヒ、遠慮すんなよ。まぁ、確かにこっちの方が落ち着くわな」
フィズィさんもどことなく表情が柔らかくなっているように見えます。地面をブーツでトントンと叩き、その感触を確かめています。
茶色い土に緑の草木。それらが見えるのは、翼を持たない者にとってはとても精神衛生上良いのでしょう。例え地面があると分かっていても、やはり下が見えるように透けているのはゾッとするものです。
いつの間にか風も穏やかになり、笑い声も今は鳴りを潜めています。空を飛ぶ黒い影も、別段こちらを襲ってくるわけではありませんでした。
一先ずは安心と言うところでしょうか、ニコさんも煙管から紫煙を燻らせています。
「こういっちゃ何だけど、割と普通の島みたいね」
「そうですね。今のところ、特に変わったものはこの辺りにはなさそうですが」
「ちょっと上から見てみましょうか」
ニコさんは手で庇を作りながら、橙色に染まった空を見上げます。
それに対し、アルム君は頭を横に振りました。
「いや、やめた方が良いでしょう。あまり彼らを刺激しない方が進むのは楽でしょうし」
「それもそうね」
そんなことを話していると、アルガスさんが「アレはなんだ?」と前方を指さしました。そこにはゆらゆらと中空を漂うモノがあり、それは決して宙に浮くなど考えられないモノであり、結局のところ。
「鮫、かしら」
「鮫っぽいな、ミサイルみたいな形、名前なんつったっけか?」
鮫でした。
悠々と宙を泳ぐ姿は、水中を泳ぐ姿と変わらず、まるでここが海の中なのではないかと錯覚する程に自然な泳ぎでした。
「ミサイル鮫よ」
「いや、何か日本刀みたいな名前だった気がするんだが」
例えるなら、ヨシキリザメでしょうか。
その鼻先は、確かにミサイルのように突き出ていて、全体的にスマートなシルエットです。
「そういえば、最近空を飛ぶ鮫見たわねぇ。別のところでも」
「この世界の鮫は海じゃなくて空に居るのか。んで、アレは所謂人喰い鮫ってヤツかねェ」
鮫はニコさん達の姿を認めると、徐々に近づきながらその姿を徐々に空に溶かしていきました。
因みにヨシキリサメは人を襲いますが、この鮫はどうでしょう。逃げるために姿を消した、というよりは暗殺者が闇に姿を隠した、という方がしっくりくるような感じでした。
「あら、消えたわね」
「オイオイ、面倒じゃねェか」
「ってことは何か!?もしかして、見えない鮫がこの辺泳いでるかもしれないってことか!?」
ウゲッというような表情のアルガスさん。アルメリアさんもその表情を引き締めます。
この世界においても、鮫というのは危険種がいるというのは認識されているようで、鮫というだけでも恐ろしいイメージがあるのにも関わらず、それが宙を泳ぎ、姿を消すのです。これほど嫌なこともそうないでしょう。
「ハッハッハ、見えない敵ならば、その姿を見える様にすればいいだけの話です」
アルム君はそう言うと、神妙な顔で息を吸い、杖を掲げて高らかに叫びます。
「スガタミエール!」
「雑か!」
そして、即座に突っ込まれました。
杖から出た謎の光が皆を包み込むと、その効果は一目瞭然、それぞれの目には消えて行った鮫の姿がボンヤリと映りました。
そして、それ以外にも、周りを泳ぐ魚などの魚介類が見て取れます。
「これは……ッ」
「ここ自体、海の中なのか!?」
つまり、海中と合成されたような不思議な世界。
それが、この空間の正体でした。
「凄いわね、新種の水族館かしら?」
「ヒヒ、んなわきゃねェだろ。それより、来るぜ」
そして案の定、蛇行するように迫ってくる鮫。
ニコさんは「カマボコにしてやるわ!」と右腕を突き出しました。
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