068 ルーン占いは良く当たるのか
切り立った岩に囲まれた平地。一行が山頂に着いたのは、西の空に日が沈みかけ、茜色と紫が空に境界を作ったくらいの時間帯です。
人外の体力を誇るニコさん、フィズィは登頂の感動もひとしお、暫しその光景に暫し心を奪われていました。疲れている様子はあまりありません。
「これはまた絶景ね!」
「すげェ景色だな」
はしゃぐニコさん達はさて置き、所々魔法で色々楽していたアルム君を除いた残りの二人は、いくら魔物の脅威が皆無としても、流石に体力が限界でした。ニコさんたちが自然の作り出す神秘に見惚れているのを幸いに、一休みとその場に座り込んでいます。
「丁度いい場所ですね。セレスティアには何があるか分かりませんので、一旦休んだ方が良いと思いますが、今夜はここで野営にしますか?」
アルム君がそう言うと、アルガスさんとアルメリアさんは力なく頷きます。
「ああ、そうだな。もう、限界だ。足が。」
「ええ、私も体力に、自信はありましたが、こんなハイペースで登山するとは、思っていませんでした」
息も絶え絶えと言った様子のそんな二人を横目に、アルム君は何やら文字が彫られた石の様な物を取り出すと、辺りを囲むように配置しました。
すると、ひとしきり景色を堪能したのかニコさんとフィズィがやってきました。ニコさんはアルム君の石が気になった様で、配置された石をしゃがみ込んで観察しています。薄紫に濁った様なその石はおそらくクオーツでしょうか。
「これってルーンかしら?」
「おや、ご存知でしたか」
相変わらず表情の読みにくいアルム君は置いておいて、ニコさんは「やっぱりね!」と得意顔です。
「ルーン占いとか、昔ちょっとだけやってたのよ。いつの間にかやらなくなってたけど」
「ヒヒ、お前、昔っから飽きっぽいからな」
一緒に覗き込んだフィズィさんがそう茶々を入れると、不意に山風がニコさんの髪を攫いました。
「……え?今なんて?」
二人はまだお互いが記憶を取り戻したことを知りませんが、ニコさんは今の一言にもしかして、と胸がチクりと痛みました。
フィズィさんはしまったとばかりの顔です。フィズィさんはすぐに「……何でもねェよ」とそっぽ向いてしまいました。
全て知っているアルム君はヤレヤレとばかりに話題を戻します。
「僕の故郷では、ルーン魔術も面白半分に研究され、一つの魔術体系として確立しているんですよ」
「ルーンか。聞いたことないな。そういやアルム、お前の故郷ってどこなんだ?」
「それは秘密です」
にべもなし。訊ねたアルガスさんはその場に倒れ込みました。
「それより私はルーン占いが気になるのだが」
「女子か!いや、女子ね!?」
いつの間にやら微妙なテンションから復帰したニコさんはアルメリアさんから発せられた乙女発言に喰い付きます。表情がコロコロと忙しいですね。アルム君に半分分けてあげればいいのではないでしょうか。
「いや、私は女だが……。イリシオにも占いに特化した一族が居るが、ルーン占いの精度はどの程度か?」
「恋占いレベルよ!」
実に適当な回答ですね。真剣に占いやってる人に怒られそうです。だいたい恋占いレベルって、どのくらいの精度なんでしょうか。基準が分かりません。頭の中では既にガールズトークでも始まっているのでしょうか。
フィズィさんも「意味がわかんねェよ」と嘆息していますし、アルメリアさんも頭の上にクエスチョンマークを乗っけていそうな顔です。
「まぁ、恋占いも出来ますよ。ルーン占いは、ルーン文字を刻んだ枝や石をランダムに取り出してその組み合わせから占ったり、放り投げた時の位置関係から占うものです。適正があればそれなりの精度で占えます」
「別に恋占いはどうでも良いのだが。成程、やり方自体は物凄く簡単なのだな。それだけ聞くと、あまり精度が高いようには思えないが」
「ええ、ですから適正が重要なんです」
そう言ってアルム君はおもむろに手を上げます。そこにはルーンを刻んだ石が三つ、指の間に挟まっていました。
「スリサズ、ケナーツ、ティバーツ。おや、凶兆ですね」
「あら、随分な揃い方ね!アルガス爆発するんじゃない?」
「は!?」
「成程、そっちの解釈ですか。アリですね。ドーン」
「ねぇよ!」
「アハハ!ドーン!」
「うるせぇ!」
占い結果が爆発するとか、とんでもないですね。ガールズトークにはなりませんでしたが、キャッキャと騒ぐ三人。アルメリアさんは何故か置いてけぼりですが。
「ハッハッハ、まぁ、冗談です。そもそも私はこの手のモノに適正が無いですからね」
「当たり前だ!あってたまるか!全く……」
やれやれと煙草を取り出すアルガスさん。するとフィズィさんがそれを見て笑います。
「ヒヒ、アルガス。その火ィ着けてやろうかァ?」
「……勘弁してくれ」
アルメリアさんはこのしょうもないやり取りに溜め息を吐いていましたが、その顔は僅かに緩んでいるような気がします。アルガスさんは自分で煙草に火を着けました。
「全く、殿下をからかうなど、本当にこのヒト達は……」
「ふふ、おかしい。笑ったらお腹空いたわ!」
「それでは取り合えず、夕餉にしましょうか」
何だかキャンプでもしに来たような感じですね。その後は来る途中で拾った枯れ枝などを薪にして火を熾し、五人で車座に火を囲みました。
因みに夕食のメニューは保存食です。それに少しのお酒をニコさん、フィズィさん、アルガスさんが飲んでおり、途中ニコさんがアルガスさんに噛みつこうとしてアルメリアさんに引っ叩かれるアクシデントはありましたが、それなりに賑やかな夕食になりました。
もうすっかり日が落ち、太陽の代わりに大きな月が大地を優しく照らす頃。パチパチと枯れ木の爆ぜる音の中、アルム君が突然顔を上げました。
「どうかしたのかしら?警戒中の兎みたいな顔して」
「いえ、こちらに誰か、二人程近づいてきます」
「こんな時間に?登山かしら?」
ニコさんはおもむろにカラン、と下駄を一つ鳴らすと「どうやら本当みたいね」と呟きました。
「少なくともただの登山ではあるまい、殿下」
「ああ、警戒した方が良さそうだ」
「なんだ?敵か?」
皆一斉になんだなんだと警戒態勢に移行します。
そして、件の二人がボンヤリと視認できるくらいまで近づいてくると、「げっ」とニコさん。
「ああ?ありゃあ……、アルバとベインか?」
「ッ!?」
「なっ!!」
ニコさんとフィズィさんはそのヒト影に覚えがありました。そして、まだ人の目では視認できませんが、アルガスさんとアルメリアさんはフィズィさんの一言で色めき立ちます。
「アルバとベイン……ッ!」
「アルバとベインっていや、人間災害じゃねぇか!?」
特にアルメリアさんはその顔を歪め、憎々し気にその名前を口の中で転がしました。既に魔槍と盾を装備し、戦闘態勢に移行しています。
「何その愉快な二つ名、何したらそんな感じになっちゃうのよ」
「面白くねぇよ!小さい罪から大きい罪まで、人助けから人殺しまで、気の向くまま各地で暴れまわり、大陸中から指名手配されている悪党で、それでもなお、一度だって捕まった事が無い奴らだぞ!とにかく勝手気ままに出来る程の奴らだってこった!ったくメンドクセェ!なんだってそんな奴らがこんなとこに!?」
「ヒヒヒ、何だ、そんな面白い奴らだったのかアイツら」
「私もアビスで出会いがしらに燃やされかけたわ。あら、何だかちょっと懐かしいわね」
ニコさんは遠い目で蝙蝠だったあの頃を思い出します。芋虫に齧りついたり、ゴブリンに齧りついたり、コボルトに齧りついたり……。
「うぇぇ、なんか気持ち悪くなってきたわ。……アイツらセレスティアにもドラゴン殴りに来たのかしら」
「ちょっ!?」
「ドラッ!?」
何気なしに言ったニコさんの台詞に言葉を失うアルガスさんとアルメリアさん。そうこうしているうちに大分距離も縮まりました。向こうもニコさんたちに気付いたようです。
「あ、何かいる」
「カワウィーネー」
「取りあえず、燃やしとくか」
そんな物騒な、何処かで聞いたような台詞と共に、二人のうちフードを被った細身の人物、ベインさんが、右手を上げました。瞬間、その手の平からゴォォッ!と音を立てて巻き上がる炎の渦。夜闇を焼き尽くさんと真っ赤に猛っています。
「ちょっと!やっぱりそう来るのね!?」
「ヒャヒャヒャ!いきなりたァ、ご挨拶だなオイ!出ろよ!――八咫蛟!」
呆気に取られる他の面々を置いて、フィズィさんはすぐさま得意の魔法を発動します。猛り狂う炎に噴出する水の大蛇。双方の魔法がぶつかると、その接触地点で水蒸気爆発が起こり、水しぶきが舞います。
「ヒャヒャヒャヒャ!すげェなァ!どんだけの熱量ぶつけてくんだ!馬鹿じゃねェか!?」
「ちょっと!濡れたじゃない!」
笑うフィズィさんに文句を言うニコさん。アルム君はポンと手を打ちました。
「おや、もしかして占い、当たっちゃいました?」
「ふざっけんな!」
「アルガス燃えなくてよかったわね!」
「ああ!ありがとな!チクショウ!」
アルガスさんは背中からバスタードをゾロリと抜くと、集中を始めました。
「あ、相殺された」
「カワウィーネー」
「……あれ?あの時の蛇かな?ほら、アビスの、いたでしょ?」
「ンー?」
水蒸気の霧が晴れると、ベインさんがフィズィさんに気付いたようです。
「ヤァヤァ、アビスの大蛇。君も素敵な魔法ライフを送っているみたいで何よりだね。さっきの水蛇は実に見ものだったよ。蝙蝠は見つかったのかい?」
「ハッ!言ってろ。蝙蝠は見つけたさ」
「それは良かった、気にはしてたのさ」
「ヒヒ、いきなり燃やそうとしやがった癖によく言う」
「クフフ、まぁそういうなよ。面倒なものは全て焼き払えばいい。僕に焼き払われるなら、その程度の取るに足らないモノだったってことさ」
「確かにコイツは災害だなァ」
フィズィさんがベインさんと旧交を温めていると、アルメリアさんが一歩前に出ます。
「大陸手配犯罪者、アルバとベイン……。ここで逢ったが百年目ッ!」
「おや、其方の麗しい女性は、僕に何か御用かな?デートのお誘いなら、またにしてくれないかい?」
何やら因縁めいたセリフを吐きながら魔槍を展開するアルメリアさん。その瞳は怒りに燃えています。
そんな彼女とは裏腹に、ベインさんはまるで心当たりがない、そもそもアルメリアさんの事など知らないような口ぶりです。
その態度にアルメリアさんは語気も強く、ただ相棒の名を叫びました。
「クッコロス!」
そして燐光を纏う魔槍。
アルメリアさんは雄叫びを上げながら弾丸のように飛び出しました。




