066 ボーガン山へ
中々思うようには行かないですね。
ノビリス貴族街、ベルゴール邸でのお話です。一階の客間では、イリシオの状況確認や今後を決めるための話し合いが行われていました。
「そうか、やはり父上は……。兄上達と、ベルメルはどうなった」
「グロックス第一王子殿下は戦死、マグリス第二王子殿下は行方不明。ベルメル姫殿下は……」
アルガスさんとアルメリアさんが沈痛な面持ちで話していたそのとき、ズバーンと音がする勢いで扉が開けられ、金髪碧眼の女性が入ってきました。
「アル兄様が居るというのは本当か?!」
突如として現れた彼女は、ちょっとサディスティックにキツめな美貌の持ち主でした。ザックリと開かれた胸元は暴力的なまでに豊満な双丘が窮屈そうに圧し合って、見事な谷間を作っています。
黒を基調としたマーメードラインのドレスは、その抜群なスタイルが強調して、大き目のスリットからは水を弾きそうなおみ足がチラリと覗いてます。
そんな歩くセクシーを体現する女性を認めると、沈んだ顔が一転、アルガスさんは驚き、次いで笑顔を見せました。別に彼女が露出の高いセクシー美人だから、という訳ではありません。
「ベルメル、無事だったか!」
「ああ、アル兄様!ベルメルは無事で御座います!」
そうです、彼女こそ、イリシオの姫君でアルガスさんの妹、ベルメルさんだったのです。
ベルメルさんはアルガスさんに駆け寄ると、ヒシっと彼に縋りました。その目には薄っすら涙が滲んでいます。
「アル兄様、お父様とグロックス兄様が!」
「ああ、今その話を聞いていた所だ。ベルメル、良く無事でいてくれた。これでお前までと思ったら、俺もきっと耐えられなかっただろう。……マグリス兄様の行方は、心当りないか?」
「妾も同じ気持ちです!マグリス兄様は、……いいえ、妾にも分かりませぬ。もしかしたらと思うと、妾はもう居ても立ってもいられませぬ!」
「そうか。一人にして済まない」
そうして二人は暫く抱き合って、再開の感動を噛み締めました。
そんな二人を眺めてボンヤリ呟くニコさん。
「フィズィ、アンタちょっと分けて貰えば?エストロゲンって奴をさ」
「その口、熱した針金で有刺鉄線状に縫い付けるぞ?」
「中々面白い拷問を思い付きますね」
王族の生き残りの会話の間に、ニコさん達のしょうもない会話が小さく響きますが、他の皆さんは取り合えずスルーすることにしたらしいです。賢明ですね。
「それで、アル兄様は。兄様はこれからどう為さるおつもりか?」
「俺はまだ、旅を続けなくちゃならない。また一人にしてしまうが……」
「気にしないで下さいませ。兄様の旅が、ヒト種にとって重要なことは妾も承知しております。むしろ、兄様が国の状況を知って、今王族として立ち上がると言ったなら、妾は其れを止めようと思っていた所です。ビンタで」
「そうか、ビンタか」
アルガスさんが何故か青褪めています。それほどまでに強烈なビンタなのでしょうか。対してベルメルさんは涙を目尻に浮かべながらも笑顔でした。
「……行ってくださいまし、アル兄様。今、イリシオの魔王軍は、近隣諸国からの一斉攻撃によって身動きが取れない状態です。先日は妾や落ち延びた貴族を排除せんと、ノビリスまで追ってきた彼奴らでしたが、今はそこまで我らに割く余力もないはずです。それに我らはこれより、ミラノベルグに保護を求めます。イリシオは、もう……」
瞳には身の内に潜む激情を全て燃き、決してそれが溢れ出る事無いようにと、烈火の如く激しい炎が燃えています。やがて流れた涙は、燃やし切れなかった感情の残滓でしょうか。
アルガスさんもまた、震えます。悔しくて、悔しくて、震えます。ベルメルさんの名を呼び、再びギュッと抱きしめました。
「もういい、分かった、ベルメル。お前の気持ちは、良く分かった。お前はイリシオの再興だけを考えろ。俺は、俺の旅を終わらせ、魔王を討つことだけを考える。……国の事は、お前に任せた」
「はい、兄様。民達の解放、イリシオの再興。必ずや、必ずやこのベルメル=B=イリシオが為し遂げます故、兄様は、兄様の為すべきことを為して下さいまし」
「ベルメル!」
「兄様!」
もう一度、ヒシッと抱き合う二人。「ベルメル様……」と感動に涙を流す使用人とアルメリアさん。
とても感動的なシーンですね。ニコさんも何だか蚊帳の外なりに、ドラマでも見ている気持になったのでしょうか。「兄妹愛ね」と涙ぐんでいます。
「……ああ、待たせたな。皆、済まない」
「いえ、アルガストロ殿下。それにベルメル殿下。御両方の国を、民を想って余りある気持ち、このアルメリア=K=ベルゴール、感銘致しました。ベルメル様、アルガストロ様の事はお任せ下さい。この命に代えても、お守り致します!」
「アルメリア。その忠義の心、妾が確と見届けた。全く、父娘揃って天晴な忠誠心よ。其方の忠誠、信頼に答える事、約束しよう。……友としても、必ずや果たすと誓います」
感動したアルメリアさんが二人の王族に敬礼し、再び誓いを立てました。ベルメルさんも涙を拭い、王族として尊大に、そして一人の人間として、誠実に答えました。
「勿体なきお言葉!……父も、黄泉にて喜んでいる事と存じます」
「うむ。……アルメリア、ベルゴール公爵の件、誠済まなかった」
「……国の、イリシオの為です。父も本望で御座います」
「公爵の、ダンブル叔父様の命を無駄にしない為にも、必ず、必ずだ」
アルメリアさんの父、ベルゴール公爵は、イリシオからノビリスにベルメルさんを逃がす途中、彼女を守るためにその命を落としていたのです。
ベルゴール家は公爵家。その爵位は王に次ぐ物です。そんな彼が、その身を呈してベルメルさんを守ったのです。ベルゴール家と王家は懇意だったこともあり、公爵の死は、二人の少女の心に大きな影を落としていました。
「ごめんなさい、アルメリア、姉様」
「ベルメル殿下、姉様は止めて下さいと言った筈です。貴女はもう、子供ではないのですから」
ベルメルさんはアルメリアさんの胸に飛び込むと、その肩を震わせました。アルメリアさんは、そっとその肩を抱き、密かに決意を新たにしたのでした。
少しの沈黙の後、真っ赤に目を腫らしたベルメルさんが、「見苦しい所を見せた、済まない」と謝りました。そこで、こんな空気はもうお仕舞いとばかりに、アルガスさんが明るく声を発しました。
「よし、じゃあこれからの予定だが、目的地はボーゴン山だ。セレスティアの入り口はボーゴン山の山頂にあると言われている。……ボーゴン山への道は、ノルビスから南、少なくともイリシオの横を通過しなければならない。それに、状況によっては物資の補給が困難になる」
少し無理をして明るく話し始めたアルガスさんでしたが、状況の難易度から、直ぐに気が滅入った様で、語気は尻すぼみです。首都、イリシオは魔王軍によって占領されていますし。
「……ボーゴンまでの道のりも、ボーゴンでの道のりもかなり険しいことが予想できる」
しかし、アルガスさんは自らの拳を握りしめると、部屋にいる皆を見回しました。その瞳には固い決意の色が点っています。
「過酷な旅になるだろう。しかし、最早やるしかない!皆、付いて来てくれるだろうか!?いや、俺に付いてきてくれ!」
「勿論です、殿下!再度誓います、我が身に代えても殿下を守ると!」
アルガスさんも完全にリーダーモードですね。テンションがちょっといつもと違うみたいです。アルメリアさんも胸に手を当てて声を張り上げました。ベルメルさんもそんな二人を真剣な面持ちで見ています。
ニコさんは何だかそんな空気に対し、凄く優しい目になっていました。フィズィさんは、何処か顔色が優れません。
「途中、魔族や魔物の襲撃も考えられる。物資も少ない中、危険な旅だが、俺はきっとやり遂げて見せるさ」
アルガスさんの演説だか、決意表明高が行われている最中、アルム君だけは一人、何か考える様に顎に手を当てていました。そのうち突然「ああ、思い出しました」と、ポンと手を打ちました。
「ボーゴンってアレですよね?昔バムバルジロフ鳥の掃討作戦で、その緑の大部分を失った……」
アルガスさんは「ああ、そうだな」と頷きます。
「ああ、それがどうかしたか?」
不思議そうにアルム君を見るアルガスさん。皆アルム君に注目しています。
「いえ、盛り上がってるところ申し訳ないですが、そこなら転移術式で跳べますよ。昔、中腹辺りにマーカー打ち込んでるので」
アルガスさん、アルメリアさんは目をパチクリしています。
ニコさんは急に真面目な顔になって呟きました。
「……過酷な旅になるだろう。皆、付いてきてくれるだろうか」
「ニコ、やめてやれ」
さっきまでスイッチが入って熱くなっていたアルガスさんですが、突然に冷や水を被せられて顔を赤くしました。
しかしそこは流石というべきか、直ぐに立ち直り、「それなら、楽で良かった」と言いました。恥ずかしそうに頭をガシガシやってます。
「な、なら、アルムの転移術式でボーガンまで飛んで行こうか」
「ちょっと待ってください!転移術式!?馬鹿な!そんなものを何故こんな少年が!?」
「何故と言われましてもね」
「一応、この少年は組合のゴールドだ。確かに転移術式なんざ非常識の体現みたいなもんだが、こいつもまぁ、このナリでゴールドってなぁ、何か事情でもあるんだろうが。手を貸してくれるなら有難い」
「う、まぁ、そうですが」
アルガスさんがそう言うと、アルメリアさんもいまいち釈然としないながらも引き下がりました。
その後、直ぐに準備お整えると、ベルメルさんや屋敷の使用人に見送られてボーゴン山に転移したニコさん一行です。まだ、太陽が中天差し掛かった辺りで山の中腹の小屋へと辿り着いたのでした。
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