059 ノビリスの夜
メルヴィルさんの一撃を受けたダンケルさんは危うくニコさんの胸に飛び込みそうになり、今度は別の意味で慌てた彼は「す、すまない!」とニコさんの肩から手を離して背を向けました。
すると当然背後にいたメルヴィルさんと目が合います。メルヴィルさんは気まずげに顔を歪めるダンケルさんに小さく溜め息を吐きました。
「アナタ、いくら焦っているからと、川で水浴びしている女性のところに飛び出していくなんて。しかも裸の女性の肩を掴んで……。私は恥ずかしいです」
「メ、メルヴィル。だが!」
「アナタが慌てる理由も分かります。しかし、もう少し考えて下さい。本当に、主人がごめんなさい」
ニコさんは木に引っ掛けてあった羽織を取ると、濡れた体もそのままに肩から引っ掛けそれとなく裸体を隠しました。
「別に構わないわ、それより急ぎの用事があるのでしょう?殿下がどうのと言っていたけれど」
「そうだ!殿下、アルガストロ殿下と話をさせてくれ!」
「それって、アルガストロ=A=イリシオ第三王子殿下の事でいいのかしら?」
再びニコさんの方を向き、真剣な表情で頷くダンケルさん。
「まさか貴女がアルガストロ殿下の旅の供とは思いもよらなかった。早く、早く殿下に知らせなくてはッ!」
再び焦りだすダンケルさんに「ちょっと待って」とニコさんは、未だ木にかけてある着物をごそごそと漁りました。そして取り出したマギホを操作すると耳に当てました。
川の水と秋風で冷えきった体に「くしゅん」とくしゃみをしつつ、アルガスさんに繋がったことを確認すると、ダンケルさんが用がある旨を伝えました。
そして横でそわそわしているダンケルさんに「はい」とマギホを渡せば、ダンケルさんもニコさんがやっていたように端末を耳に当てました。
「こうでいいのか?……おお、殿下!殿下の声が聞こえます!これは凄い!あ、失礼いたしました!……ハッ!この度は火急の要件にて、突然の拝謁大変恐縮にございます、殿下に置かれましては本日も大変ご機嫌麗しく!」
「ねぇ、急いでるんじゃないの?」
ニコさんは若干テンションがおかしくなったダンケルさんの前口上の長さに若干呆れながら、「まぁいいわ」とその辺に落ちている木の枝を集め始めました。それを見てメルヴィルさんも手伝ってくれます。
あまり拾っていく人もいないのか、川沿いにもそれなりに落ちていたので、二人で集めれば大して時間も掛からずそれなりに集まりました。ほとんどは細く短いものでしたが、中にはほど良い大きさのものもあり、中々よく集まった方ではないでしょうか。
「ハハッ!申し訳ございません、そうでありました!恐れながら、まだ真偽の程は確認できておりませんが、取り急ぎご報告申し上げます!」
ダンケルさんは何だか長々と挨拶していたようで、ようやく本題に入るようです。
ニコさんとメルヴィルさんは集めた木の枝を井ゲタに組んでいきました。どうやら焚き火を熾すようですね。冷えた体を温めたいのでしょう。
「実は、数日前にイリシオの首都が魔王軍の手に落ちたという情報が入っております」
ダンケルさんがようやく事を告げると同時に、ニコさんの「ふぁいやー!」という掛け声が間抜けに響きました。
ダンケルさんとアルガスさんが会話をした翌日の夜。その日は夕方ごろから雨が降っていました。すっかり夜も更けた今となってもシトシトと細かな雨が降り続いています。
アルガスさんとフィズィさんはそんな霧雨の降る夜の森を適当に徴発した馬車で急いでいました。フィズィさんは屋根つきの荷台に座っているので濡れませんが、アルガスさんはべったりと体に張り付く雨を鬱陶しげに御者台で馬に鞭を入れています。
「おい、アルガス」
「なんだ」
「何をそんなに焦ってんだ。首都が魔王軍に占拠されたってなら、今更急いでも仕方ねぇだろう。ニコとの合流を急ぐにしても、向こうの状況も良く分かってねぇ。馬車までかっぱらってこんな雨の夜に飛ばすかよ。しかも連日ほとんど休まずだ。馬も潰れちまうんじゃねぇか?」
「……お前には言ってなかったか。俺はこの国が出身でな、ある理由から国を離れて大陸中を旅していた。その理由ってのはニコと合流した時に話すが、ちょっと重要なものなんだよ。それに、首都には家族も知り合いも大勢いる。正直な話、居ても立ってもいられねぇんだ」
気温も低く纏わりつく様な雨に体温と体力が奪われる中、それでもアルガスさんが強行したのは彼の中の焦りの気持ちが抑えられないからでしょう。
ベンタロンが常と変わらず一先ず安心していたアルガスさんですが、ダンケルさんから凶報を受けた時は思わず耳に当てていた端末が手からすり抜けてしまう程衝撃を受けたのです。
「……なら仕方ねぇ」
フィズィさんはそう言ったきり、腕を組んで目を閉じました。理性で分かっていても感情がどうしようもないということがあるというのはフィズィさんも身に染みてよく分かっています。
それから何時間か馬車を走らせているとノビリスの街の外壁が見えてきたので、ようやくこの強行軍もひとまず終わりかと思われました。
しかし、アルガスさんの目には街の外壁と共に、平時では考えられない光景が入り込んできたのです。
「ふざけろッ!!」
思わず悪態をつくアルガスさん。
真夜中だというのに橙色の明かりが街の方角で煌々と灯っているのです。それは街を燃やして出来た明かりでした。
遠目からでも街のどこかで火の手が上がっているのが分かります。まるで街の中に小さな夕日が落ちているかのような光景で、その明りはもうもうとした黒煙を不吉に照らしていました。
アルガスさんは馬を使い潰すつもりで鞭を入れ、とにかく街へと急ぎました。
「フィズィ!起きろ!!」
「起きてる。アレはヤベェな、街が燃えてやがる。どうする?」
「突っ込む!」
「ヒヒ、そう来なくっちゃなぁ」
フィズィさんはそう言って舌なめずりすると、獰猛な笑みを浮かべました。右手には何故か鉄パイプのようなモノがいつの間にか握られています。持ち手には滑り止めでしょうか、包帯が巻いてありますね。
二人が街につくと、そこはまさに修羅場といった様相で、あちこちから火の手が上がりっています。警鐘と鉄がぶつかり合うような音、それに何か得体の知れない叫び声などが延々と鳴り響いており、それだけでも今がこの街の非日常であることは明白です。
何か街の中を疾駆している狼のようなモノも見えますが、恐らくそれは魔物なのでしょう。明らかに普通の狼よりも大きく、人間くらいペロリといけそうです。
「祭りはもっと奥かァ!?取りあえず魔物は全部ぶん殴って良いんだよなァ!?」
「ああ、行くぞ!」
馬車から飛び降りた二人は戦闘の気配がする場所目掛けて街を疾走しました。すると見えてきたのはどうやら騎士らしき集団と魔物が今まさに激しい攻防を繰り広げている大きな広場。
魔物の群れは二足歩行のヒト型を中心としたニ十匹ほどの群れのようで、騎士たちの方が数で劣っているように見えます。
「―――集魔練気、至鬼邪滅ッ!!」
アルガスさんはバスタードを抜き、早々に己の肉体を強化しました。魔術で強化された肉体は彼の走りを更に加速し、アルガスさんはそのままの勢いで騎士たちを飛び越えると群れの中心に飛び込んで行きました。
「うおおおおおおおおおおお!!」
着地と同時。雄たけびと共に一閃。
袈裟斬りに振り下ろされたバスタードは二メートル程の高さにあった一つ目の魔物の頭をカチ割りました。続けて一歩ダンッ!と一歩踏み込むと横薙ぎに一閃。二足歩行の豚、オーク的な魔物の銅を切り裂きました。
フィズィさんは口笛を一つ、「やるじゃねぇか!」と自身も魔物の群れに飛び込みます。シュルシュルと魔物の合間を縫う様はやはり蛇を彷彿とさせ、すれ違いざまに「オラァ!!」と楽しそうに鉄パイプのようなものを魔物の顔面に叩き込んでいくその姿は何だかとても場違いなようにも思えます。
まるで群れの中に突如として生まれた暴風のように暴れ回る二人。あっと言う間に魔物の群れを掻き乱し、蹂躙していきました。
その光景は魔物と対峙していた騎士たちのも影響を与えます。突然の闖入者に一瞬戸惑っていた騎士たちも、ひとまず二人が敵ではないことを悟り士気を上げたのです。
「誰だか知らんが礼を言う!皆、怯むな!これを機に一気に畳み掛けるぞ!我らピオニー騎士団の意地を見せろ!」
「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」
驚くことに、この騎士たちは皆女性のようです。彼女たちは芯の強い鬨の声を上げると、目の前の
そうして数分と経たず魔物の群れを見事叩きのめした騎士の皆さんとアルガスさんたち。二人が参戦してからはまさに一方的な展開で、今は魔物の残骸が地に転がるのみでした。
「ふん、肩慣らしにもならねぇ」
「そういうな、次に行くぞ!」
そうして次の戦場へ向かおうとした二人でしたが、それを一人の騎士が胸に手を当てる敬礼でしょうか。そんなポーズを取りながら呼び止めました。銀の鎧に女性らしいピンクゴールドの装飾があしらわれ、若草色の外套が夜風に靡いています。
「すまん、君達。助かった。我らはこのまま街の人々の救援と街に入り込んでいる魔物どもの殲滅を行うが、貴兄らはどうするつもりか?」
どうするつもりか、と問われれば行き当たりばったりに魔物をぶちのめす程度のプランしかない二人です。アルガスさんは答えに戸惑いました。
「今は少しでも戦力が欲しい、特に北側の入口から攻められているようだ。そちらで戦っている同胞に手を貸してほしい。……やってくれるか?」
「副長!どこの馬とも知れぬ輩など、団長の邪魔になります!」
「セシリア、黙っていろ!今は非常時だ、悔しいがあの量の魔物、今この街にいる騎士団だけではかなり厳しいことは分かっているだろう!……ここまで戦えるもの達であれば是が非でも協力を仰ぎたい!で、どうか!?」
セシリアと呼ばれた女性騎士は副長と呼ばれた人に怒鳴られるとビクリと肩を跳ねさせましたが、何やら恨めし気に「うぅぅ」とフィズィさんを睨んでいます。一体何故でしょうか。
そんな彼女は歯牙にも掛けないフィズィさん。二つ返事で了承しました。
「いいぜ、どうせまだ暴れるつもりだったからな。街を襲ってきた来た馬鹿共は全部俺が蹴散らしてやる。……俺はな、日常を奪う理不尽ってのが大嫌いなんだよ」
爛々と輝くフィズィさんの瞳には一体何が見えているのでしょうか。憎々し気な呟きに歪な笑顔で「ヒヒヒ」と嗤っています。
「ならすぐにでも向かうぞ!フィズィ、北門はあっちだ!急ぐぞ!」
「おう」
そう言って二人は炎の明りに照らされる真夜中の街を再び駆けていきました。




