057 ニコさんは逃げ蝙蝠
ニコさんはマギホを仕舞うと煙管を取り出して火を着けました。部屋は二階だったようで、窓の外からは庭に生えた大きな木が見えます。常緑樹なのでしょう、緑の葉を付ける枝にはドングリのような茶色い木の実が成っていました。
「いやぁ、助かったわ少年!まさか海に落としたモノまで拾ってくれてたとは思わなかったわ!」
「いえ、幸いそこまで深いところでもなかったので。それよりもソレ、通信機の類ですか?」
どうやらアルム君、海に落ちたニコさんだけに留まらず、落としたモノまで拾っていたようです。
無事だった品は、ネロさんから貰った石二つ。それから八裂丸と腰に隠していたピッケル二本。場所が悪かった煙管とマギホは熱で変形して使える状態ではなかったので魔法で新調しました。
以前は黒に桜の花をあしらった振袖でしたが、今は薄紫色に白い花弁が散っており、振袖ではなく少しゆったりした感じではありますが普通の着物です。ローズマリーのような淡い紫は何処か知的な雰囲気を醸しており、帯は濃い紫。その上にはやっぱり赤い羽織をかけています。
ニコさんは煙を吐き出すと、アルム君の質問に「そうよ」と答えました。そのあっさりした答えにアルム君も「ふむ」と頷きます。
「取り合えずアルガス達と合流したいのだけれど。場所はノビリスになったわ」
「ノビリスと言うと、ここから南西の街ですね。飛んでいけばそこまで時間は掛からないでしょう」
さて、随分と落ち着きを取り戻したニコさんですが、アルガスさんに連絡を取るまではアルム君と話をすることで記憶と感情の整理をしていたのです。
良くも悪くもニコさんは考えても仕方のないことは考えないのです。過去は変える事が出来ません。蘇ってしまった記憶も削除ボタンで消せるというモノでもありません。これはどうしようもない問題なのです。アルム君は気丈だと評しましたが、ニコさん自身は自嘲せざるを得ませんでした。何故なら彼女にとってそれは、ただ単に逃げているだけだったのですから。
ニコさんが丁度煙管を吸い終わった頃、部屋の扉が控えめに叩かれました。
アルム君が扉を開けると、そこにはダンケルさんが立っており、部屋の様子を見ると少し安堵したような顔をしています。
「よう、落ち着いたかよ。飯が出来た、まぁ食いながら話をしよう」
そう言ってダンケルさんが案内したのは一階のリビングでした。階段を下りる途中から漂ってきた何とも言えないホッコリとするような香りはニコさんの食欲を刺激し、腹の虫が自己主張を始めます。
時刻は丁度昼過ぎ。木製のテーブルにはシチューとパン、それに水の入ったコップが家族の分とは余計に二人分用意されていました。勿論ニコさんとアルム君の分でしょう。
「まぁ、座りな」
促されるまま座る二人。ニコさんの目は既に美味しそうな料理に釘付けで、ついさっきまで嗚咽を漏らしていた女性とは思えません。まるで子供のような現金さに、ダンケルさんも苦笑いです。
テーブルには奥さんのメヴィルさんに、釣り兄妹も座っていました。ダンケルさん一家が食事の前のお祈りでしょうか、そんなようなものを済ませると、ダンケルさんは二人に家族を紹介しました。
「そっちのお嬢さんにはまだ名乗ってなかったな。俺はここ、クレルのダンケルって者さ。こっちは妻のメヴィル。そんで息子のカミュと娘のセナだ」
「これはご丁寧にどうも、私はニコ。ニコ=ウォーカーよ。カミュ君にセナちゃんね!アルム少年に聞いたわ、助けてくれてありがとう!礼を言うわ、ダンケルもメヴィルさんもね!」
カミュ君はニコさんのオッドアイと目が合うと、何故か顔を赤くしてそっぽを向きました。セナちゃんは少しおっかなびっくりといった様子で体を縮めました。
ニコさんは「いただきます!」と両手を合わせると、早速とばかりに食事を始めました。
「僕からもお礼を言います。Thank you」
アルム君のお礼の言葉にダンケルさんは「どこの言葉だよ」と呆れ顔です。
「まぁ、それは良いんだがよ。結局アルムとは話の途中だったな」
「ええ、そうでした。確か、……いえ。これは後の方が良いですね」
アルム君は二人の子供を見ると言葉を飲み込み、代わりにスープを一口木匙で口に運びました。
「それもそうか。気を使わせたな」
「いえ。先にそこのレディ、ニコ=ウォーカーの話をしましょうか」
「私!?」
いきなり矛先を向けられたニコさんはビックリです。何の話をするのかと咽る胸をトントンと叩きました。
「貴女の羽、見られてるんですよ」
「そう……」
ニコさんは神妙な面持ちで目を閉じ、食事の手を止めました。
ダンケルさん一家の視線が集まる中、ニコさんは一度深呼吸しました。
カミュ君とセナちゃんもどこか緊張したような顔でニコさんを伺っています。二人としてもこれは気になることなのでしょう。
「これは、この羽はアレよ。そう、蝙蝠人間コンテストの―――」
「それはもうそこのガキがやったわ!なんでその下らねぇ冗談が被るんだよ!」
カッ!と目を開いて一世一代の大嘘を吐こうとしたニコさんですが、残念ながら既にアルム君がやったネタでした。アルム君も「ハッハ」と笑っています。
「クッ!私としたことが!」
「本当にこいつらなんなんだよ……」
悔しがるニコさんに頭を抱えるダンケルさん。子供二人とメヴィルさんは何の事かと首を傾げています。
「はぁ、なんかもういいわ。恩人に嘘を吐くのもどうかと思うしね!」
「思いっきり嘘つこうとしたくせに」
しれっとアルム君が言います。同罪の癖にどの口が言うのでしょうか。
結局ニコさんは正直に告白することにしたようで、コップに入った水を一口飲むと、タンッ!とテーブルに置きました。
「私はね、こう見えて吸血鬼なのよ!」
そう言うと、ニコさんの金の右目が怪し気に光ったのでした。




