056 ベッドに滲む蛇の記憶
それは俺の、二条 涙としての最期の記憶。
双子の姉、瞳は裸同然の姿で冷たいコンクリートの上に転がされており、全身痣だらけで真っ黒になった痛々しい体をクソみたいな野郎どもに踏みつけられていた。
目の焦点は合っておらず、だらんとした体。散々暴行を加えられたであろうその陰惨な光景は、俺の心臓を鷲掴みにするようで意図せず体が震えた。
そして、俺の耳に届いたのは絶望的な一言。
「おい、やべぇ!こいつ息してねぇぞ!?」
それは正に呪文だった。俺の体はすっかり動けなくなり、その場に膝をついた。
その日、俺はいつものように大学の講義が終わるとサークルに参加して帰宅した。
しかしその日常は呆気なく非日常へと変わった。帰宅の途中、突然友人から凶報を告げる電話が掛かってきたのだ。その内容は、姉である瞳が良く分からない男たちに攫われたという内容。既に警察には連絡してあるということであったが、俺には一つ心当たりがあった。
俺は叫ぶように友人にも伝えると電話を切り、夜道を一人走った。
この時俺は気付いていた。恐らく瞳は俺の代わりに攫われたのだということに。
姉は昨日髪を切った。髪を切ったその顔は流石に双子で俺とそっくりだった。そして何を考えたのか、あいつは今日、俺の服を着て大学に来ていたらしい。恐らく他愛ない悪戯のつもりだったのだろう。昔から姉はそういった悪戯の類が好きな奴だった。
しかし、それが故に俺と勘違いされ、攫われたのだろう。
俺は姉と違い、昔から男勝りだった。小学校に上がることには総合武術の道場を営む親戚の叔父さんから色々教えてもらった。
それ故に喧嘩が強く、下らない奴らは散々のしてきたし、今でもその気の強さから恨みを買われることもあった。例えばあまりにしつこい男に絡まれた時とかはそのプライドを圧し折ったりもした。
全く、姉とは見かけ以外は全く違うとよく言われたものだ。
目的の場所に着いた俺は扉を全力でけ破ると、そこにあったのは陰惨たる光景に絶句した。つまりは冒頭に戻るわけだ。
何もかも遅かった。
そんな言葉が頭を占拠すると一気に血の気が引き、俺の目の前が真っ暗になった。
膝から崩れ落ちた俺は当然男たちに見つかっていた。
「おい、誰か来やがったぞ!?」
「鍵閉めてなかったのかよ!!クソが、やべぇぞソイツ捕まえろ!」
当然こんな犯行現場の目撃者は口止めしないといけない。力の抜けきった俺はそいつ等に捕まると、自分たちが今しがた殺した女にそっくりな俺に驚いたようだったが、テンパってた男の一人が俺に向かって銃を向け、引き金を引いた。
そうして俺、二条 涙はその生涯を終えた。
「最期に残ったのは後悔と懺悔、それに悔しさと虚しさだけだったよ。俺の力じゃ、どうにもなんなかった。間に合わなかった」
そう言って項垂れるフィズィさんはまるで灰になったかのようです。
「俺はよ、ワイバーンに真っ黒にされたニコを見て思い出したんだよ。瞳の、姉の最期の姿と被っちまってよぉ。あそこまで黒くはなかったけどよ、そりゃあもうボコボコだったよ。自慢じゃねぇが、俺と姉貴はそれなりに美人だった。それが見るに堪えねぇ真っ黒な肉の塊だった」
アルガスさんはその悲惨な二人の最期に何も言葉が出ませんでした。
「俺はな、結局慢心してたんだよ。あんな腰抜け共、俺にとっては敵じゃなかった。襲ってきても返り討ちにする自身があった。だから、日頃から付けられてるのも気にしなかったし、襲ってきた時がテメェの最期だ、くらいに思ってた」
フィズィさんはそこで言葉を切ると、大きく息を吐き出しました。
「それが、姉貴を、殺したん、だ」
フィズィさんの目から涙が零れ落ちます。感情が溢れだしたのか、その裸の肩は小刻みに震えています。
「俺が!姉貴を殺したんだ!!」
「それはちげぇだろ!!」
「違くねぇよ!!」
フィズィさんの懺悔の叫びに間髪入れず否定の叫びを上げたのは当然アルガスさんでした。
アルガスさんも憤っていました。ハッキリ言って、とても冷静に聞いていられる話ではありませんから、アルガスさんも頭に血が上っていたのです。
次いで出た叫びにはまるで彼も泣き出しそうな程の感情が込められていました。
「ちげぇだろう!そのヒトミって奴とルイって奴を殺したのは、ルイでもなければフィズィ=ウォーカーでもないだろう!!そのクソっ垂れた男共だ!お前が傷つくんじゃねぇよ!」
「分かってんだよそんなこと!!」
「分かってんのかよ!!」
「それでも割り切れねぇんだよ!!」
背を向けあってお互いに叫ぶ。何か新しいタイプの言い争い方式かもしれません。しかし、お互いの感情は真っ向からぶつかり合っています。
フィズィさんは頭を振って叫びます。涙も左右に飛び散りました。
「それに!今回も姉貴を!ニコを!守れなかった!!」
その一言はアルガスさんの胸にも鋭く突き刺さりました。思い出して苦しくなったのか、フィズィさんは小さくお姉ちゃん、と溢します。
ニコさんの事に関しては、アルガスさんも同じく悔しい気持ちですし、アルガスさんとしてもニコさんは必要な人物です。とにかくニコさんの安否と行方を確認するのが二人にとって急務なのです。
アルガスさんは自分を落ち着かせるように息を吐くと、フィズィさんに言いました。
「……なら、とにかく探そう。嬢ちゃんがそう簡単にくたばるとも思えねぇし、あのオレンジ少年が嬢ちゃんを追っただろう。とにかく―――」
しかし、そうして何か言いかけたアルガスさんと、呆然としていたフィズィさんの耳に、突如として場違いな、軽快な音楽が入ってきました。その発信源は部屋のテーブルに置かれたアルガスさんのマギホです。
アルガスさんは慌ててすぐに立ち上がってマギホの通話機能を有効にしました。すると聞こえてきたのは能天気な声。
『あ、アルガス?あんた今どこにいるのよ。』
ニコさんの声でした。




