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吸血蝙蝠ニコさんのダンジョン攻略記(仮)  作者: こぺっと
第三章 ニコさんと神々の遊び
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055 彼女たちの悔恨

 両手で顔を覆い、滂沱の涙を流すニコさん。止め処なく溢れる涙は手で押さえても止まるものではありません。逆に手首を伝い肘から雫となって落ちる涙は、体に掛かる布団に冷たく痕を残します。

 涙と共に零れる声はまるで絞めた喉を無理やり出てくるような慟哭の叫び。感情そのものを絞り出すようなその声は、聞く者の心まで絞めつけるかのようで全く聞くに堪えません。


 そんな様子でどうにも泣き止まないニコさんに、ダンケルさんの奥さんはオロオロと戸惑い、ダンケルさんもどうしたものかと困り顔です。

 唯一アルム君だけはトコトコとニコさんの傍まで歩いて行くと、何事か耳元で呟きました。するとニコさんは目元を手で拭いながら何度も頷きます。


「すみません、ダンケルさん。そこの女性、奥さんですか?彼女を連れて一旦外へ出ていただけませんか?少し二人で話したいことがあります」


 その言葉に一瞬迷ったようにダンケルさんの瞳が揺れましたが、やがてはぁ、とどこか諦めたように嘆息しました。


「わかったよ。メヴィル、出るぞ」

「ええ、分かったわ」


 アルム君は二人が部屋の外へ出て扉が閉まるのを確認すると、未だしゃくり上げながら嗚咽を漏らすニコさんに「大丈夫ですか?」と声を掛けました。


「大丈夫、よ。少し、混乱、しただけ、だから」


 ヒックヒックと途切れ途切れになる言葉。それでも何とかそれだけ絞り出すと、ニコさんは未だ涙の止まらない瞳をアルム君に向けました。


「……突然思い出した、というヒトには良くあることです。一先ず落ち着いたら教えてください」

「もう、いいわ。大丈夫よ」


 「気丈なヒトですね」とアルム君。

 ニコさんはグシグシと目元を拭うと深呼吸を一つ。「私は、ニコ=ウォーカーよ」と自分に言い聞かせるように呟くと、ベッドから降りてアルム君を見据えました。


「少年。私は、ニコ。ニコ=ウォーカーよ。それに変わりはないわ。今は少し混乱したけど、例えそれ以外の記憶を持っていようが、私は私を間違えないわ」

「……その記憶、話してくれますか?」

「構わないわ。でも、その前に」


 アルム君に好奇の視線を向けられる中、ニコさんは少しばかりシナを作りました。真っ赤に泣き腫れた目で少し恰好はつきませんが、それでも割と様になっています。

 まぁそれはどうでもいいのですが。


「服、着るからちょっと待っててちょうだい」


 片腕で胸を隠し、少し上目遣いとちょっとあざとく頬を染めたニコさん。未だ服を着ていなかったのです。

 アルム君は慌てて後ろを向き「これは失礼」と帽子を深くかぶりなおすのでした。




 一方、その頃フィズィさんとアルガスさんは、イリシオの港町ベンタロンにいました。あの後、船は何とか沈まず港まで辿り着くことが出来たのです。

 意外にもベンタロンは平和なもので、地獄鳥の襲来など全く関知しておらず、あちこちボロボロの定期船が到着したときは何事かと大騒ぎになったものです。

 その日から一晩が明け、アルガスさんとフィズィさんの二人は、宿の一室でお互いに背を向けるようにベッドに腰掛けていました。


「落ち着いたのかよ」

「ああ、悪かった」


 先日ブラックワイバーンを退けたアルガスさんでしたが、その後は錯乱したフィズィさんを宥めるのに大変な労力を強いられました。

 船長室を強襲して「船を戻せ!」と涙を浮かべながら喰いつくフィズィさん。彼女を強化した体で無理やりに引きずり出すだけでも大変な作業だったにも関わらず、その後は支離滅裂な事を喚くフィズィさんをひたすら宥め続けたのです。ベンタロンに着く頃には誰に何を謝っているのか、ずっとごめんなさい、と繰り返していました。

 そんな見ていて痛々しい彼女を引き摺るように宿へと連れ込むと、宿屋の女将には当然白い目で見られました。しかもこんな状態のフィズィさんを放っておくことは出来ず、当然部屋を分けずに借りると更に冷たい視線を浴びせられたのです。背後から「……ケダモノ」と聞こえた時には若干心が折れかけました。

 そんなこともあり、その翌朝。つまり今ですが、ようやく落ち着いたフィズィにアルガスさんは安堵の息を吐き出すのでした。

 アルガスさんは煙草に火を着けるとフィズィさんに問います。


「んで、どうしたってんだ」


 それに対し、フィズィさんは憔悴した顔で呟きます。


「思い出したんだよ」


 思い出した。それはアルガスさんにとっては良く分からない単語でした。しかし、元々良く分からない事を言うニコさんとフィズィさんです。何も言わず、続きを促すようにフゥーッと煙を吐き出しました。


「この世界にそういう考え方があるかどうかは知らんが、ようするに前世の記憶ってやつさ」

「……前世か、つまりは転生したってことだな。転生や魂の輪廻については割と一般的にある話だ。実物というか、体験した奴は見たことないけどな」

「それなら話は早いが、俺の。いや、恐らく俺達の、ということになるが。そう、俺たちの前世はこの世界とは違う」

「違う?どういう事だ?」


 思わず振り返るアルガスさんに、フィズィさんは「見んじゃねぇよ」と肩越しに一言言いました。少し調子が戻ってきたのか、その声はいつものように少し意地の悪そうな響きを含んでいました。

 チラリと見えたフィズィさんは、上半身を外気に晒していたのです。アルガスさんは慌てて背を向けると溜息を一つ吐きました。


「違うってのはそのままさ。前世の世界とこの世界は生き物から文化から違いすぎる。完全に異世界だよ、ここは」

「つまり、全然違う世界からの転生ってことか?そいつはまた……」

「まぁ、そうなるんだろうよ。そして恐らく、いや確実に、ニコ=ウォーカーも同じさ。アイツはな」


 そう言うと一度瞑目したフィズィさん。

 アルガスさんも次の言葉を静かに待ちます。


「アイツは俺の姉貴だ」


 その言葉を受けて、アルガスさんは何を思っているのでしょうか。

 真剣な顔で静かに吐かれた煙草の煙は窓から入った風に流され瞬く間に消えました。

 フィズィさんも目を閉じたまま、何かを堪えるように額を押さえました。そして息を吸い込み言いました。


「アイツは、……俺のせいで殺された俺の姉貴だ」


 それは悔恨と懺悔入り混じるように震えた声でした。その叫びはアルガスさんの耳朶を叩き、彼の心に重たく余韻を残すと空しく空へと消えました。

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