047 ニコさんと港町ブリッサ
海鳥の鳴き声に歓迎されながら港町ブリッサに着いたニコさん達一行。
あの後、今度はニコさんとフィズィさんの魔術、"ウォーカーの魔術"についてあーだこーだ言いながら話しながら歩いていました。
今ではすっかり黄昏時で、海に半分沈んだ太陽が真っ赤に燃えています。
「取り合えず俺は船の運航予定を確認してくる、お前らは適当に今晩の宿でも探しといてくれ。連絡は、コレで」
アルガスさんがとてもいい顔でコレで、と持ち上げたのはタブレット端末。
所謂スマホ的な何かでした。
機能的には主にチャット機能と通話機能、あと何故か写真機能がついていますが、コレの実現はアルガスさんたっての希望でした。
何しろ、オークのラゴスさんが無線機を使っているのを見て一番衝撃を受けたのはアルガスさんでしたから、どうにかしてその技術を手に入れたいと思うのは必然です。
丁度ニコさんが危険な魔道具を造って遊んでいたので、アルガスさんが無線機的なモノが造れないのか打診したところ完成したのがこの魔導遠話端末。
アルガスさんは説明を聞くなりかなり興奮した様子で機能を確かめていました。
それからというものアルガスさんはすっかりこの魔導遠話端末、もう面倒なので魔導遠話端末略してマギホと呼びますが、マギホを気に入った様で、ことあるごとに使いたがるのです。
そんなアルガスさんを何となく微笑ましいような鬱陶しいような気持ちで見送った二人は、取り合えず宿よりも飯とばかりに飯屋、特に大衆酒場を探しました。
ブリッサはそこまで大きな町ではないため、二人はすぐに店を決めると早速二人で勝手に飲み始めました。
お金に関してはアルガスさんが管理していますが、二人にもお小遣いがありますし、アルガスさんには一言チャットで連絡しておいたので問題ないでしょう。
「しかしまぁ、海ねぇ」
「海ね!」
二人が座っている席は海辺のオープンテラスです。
冷えたビールが入ったグラスを一気に呷るとテーブルに叩きつけ、二人は夕日に染まった海を眺めました。
「それにしても船ねぇ」
「船ね!」
「…その雑なリアクションどうにかなんねぇかァ?」
ニコさんは何となく、先日の宿の一件からフィズィさんと目を合わせるのを避けていました。
フィズィさんも当然気づいており、今も微妙に目線を逸らされていることに溜息を吐くと揚げた小魚を一口でバリバリ食べました。
何とも気まずい空気で、響く波音もどこか寂し気に聞こえるようです。
ガヤガヤとした他の客の話声も何処か大きく聞こえて、フィズィさんはもう耐えられないとばかりに叫びました。
「だあああ!もう!!ったくよう、何だってんだ!」
「アンタが余計な事聞くから何となく気まずいのよ!」
ニコさんは視線を斜め下の方へ向けるとちびりと一口ビールを口に含みました。
フィズィさんは軽く舌打ちすると「知るかよ!俺はただ…ッ!!」と何かを言いかけましたが、不意に視線を感じると海とは反対側、店内へと視線を向けました。
「おい」
「ええ、でも何かいるかしら?でもこの感じ何処かで…」
ニコさんも気づいたようで、フィズィさんと同じ方向に視線を向けます。
パッと見たところ、店内も沢山の客で賑わっていますが、特別こちらに注意を向けている様なヒト達はいないように見えます。
しかしニコさんが店の奥に違和感を感じ、視線を止めました。
その先にあるのは一つの樽。
「ん?フィズィ、ちょっとあの樽」
「あ?………あぁ?」
一見ただの樽に見えるのですが、その樽の上部からは人の顔が出ていました。
恐らくカモフラージュであろう茶色く塗られた顔の上には、綺麗に切りそろえられた銀色の髪が揺れています。
その人物は明らかにニコさんとフィズィさんを見ていました。
「どうせなら髪も染めれば良かったのにね」
「多分、アレワザとだろ。もしくは本当のアホか。気付かなければ俺たちが唯の間抜けになってたが」
ニコさんと目が合うとその少年はゆっくりと目を逸らし、口笛をヒューヒューを吹いて誤魔化すという古典的な技を使いました。
「おい、あんな玩具見た事ないか?」
「なんか記憶の隅に引っ掛かるものがあるわね」
「確か樽にナイフをぶっ刺して遊ぶんじゃなかったか?中の奴が飛び出すまでな」
そう言うとフィズィさんはカタンと椅子を押して立ち上がり、黒コートの裾を揺らしながら件の樽へと近づいていきました。
左手はポケットに突っ込み、右手はいつの間にか抜いた黒塗りのナイフをクルクルと弄びながら。
そして樽の元まで辿り着くと、一際高くナイフを放り投げてパシッとキャッチしました。
「おい、テメェ。俺達に何か用か?」
フィズィさん、完全に破落戸ですね。
ドスの利いたアルトボイスで樽にイチャモンつける様はいっそシュールですが。
こんなに目立つことを始めたフィズィさんですから、当然ギャラリーも出来上がり始めます。
ウェイトレスさんも何だかオロオロしたり、いったい樽少年とフィズィさんどちらを注意すればいいのかと悩んだり忙しそうです。
流石に誤魔化しきれないと悟った樽少年は、まるで今気づいたかのようにハッっと驚いた表情を造るとすぐさま爽やかな笑顔を作りました。
「やぁ、これは美しいレディ。この樽に何かようですか?」
「こいつ、只モノじゃないわね。フィズィを一発で女だと看破したわ!」
後ろからカランコロンと追ってきたニコさんでしたが、その一言にどよめくギャラリー。
「女だったのかよ…」という呟きがあちこちから聞こえてきます。
「テメェら喧しいぞ!!」
フィズィさんは地団駄踏んでギャラリーに叫ぶと樽の少年にもう一歩と詰め寄り、顔を寄せました。
「おい、お前何のつもりだ」
「僕はただ、こうしていれば店の隅に長年置かれたまま特に意味のない置物になっている樽の気持ちが分かるかと」
分かりやすく表情をヒクつかせるフィズィさん。
人を喰ったかのような態度にかなりイラっとしているみたいです。
「おいニコ、刺していいか?」
「いいんじゃないかしら?」
ニコさんも、「まぁ、大丈夫でしょう」と適当に言うと煙管に火を着けました。
そしてフィズィさんが半目でブスッと樽を一突きすると、「危機一髪!!」と叫びながら上に飛び出す少年。
「はぁ!!」
そして空中でムーンサルトを決めるとギャラリーも「おおお!」と沸きました。
シュタッ!と音がしそうな程華麗に着地を見せた少年はスッと立ち上がると、近くの席のおしぼりを「ああ、ちょっと失礼」と拝借して茶色い顔を拭きました。
そこから現れた顔はマクリアでニコさんに声を掛けた少年、アルム君でした。
ニコさんは「ふぅー」と煙を吐きながらその右目を光らせるのでした。




