044 ニコさんとレゾンデートル
廃鉱の迷宮、魔王軍の詰所だった場所で一休みした三人はその後持てるだけの黒銀鉱を持つと廃鉱の迷宮を後にしました。
三人はマクリアの街まで戻ると、アルガスさんは一人今回の一件を報告しに組合の支部へ行きました。
残った二人は取り合えず前回と同じ宿で部屋を確保すると、部屋で一休み。
暫くニコさんがベッドでゴロゴロ転がっていると、フィズィさんが何やら真剣な面持ちで話しかけて来ました。
「おい、ニコ」
「何よ」
何やら少し思いつめたようなフィズィさん。
苛立ちとも困惑とも取れる表情をしています。
「俺とお前、何かおかしくはねぇか?」
「…何がよ」
ニコさんの答えが気に障ったのか、苛立たし気に舌打ちをしたフィズィさんは当たる様に怒鳴ります。
「何がもクソもあるか!」
その表情は鬼気迫るものでニコさんも一瞬息を飲みましたが、それを気にする様子もなくフィズィさんは堰を切ったように捲し立てました。
「俺とお前は揃ってアビスに生まれ、ネロの所まで辿り着いた!ここまでは良い、運良く俺もお前も偶然が重なったのかもしれねぇ!だが、ネロは俺とニコの魂がそもそもただの魔物に生まれたこと自体おかしいと言っていた!そして、極めつけは――」
「何処から得たのか、得体の知れない知識。不可思議な記憶、ね」
「分かってんじゃねぇか!」
フィズィさんが鋭く睨みつけるとニコさんはベッドから起き上がって座りなおしました。
その目は炎のように赤く輝いており、ニコさんを視線で焼き尽くさんという程です。
そしてその視線が僅かに揺れました。
「…なぁ、俺たちは何だ?」
ニコさんは僅かに目を伏せました。
「ただの蝙蝠と蛇の化け物。それでは不満かしら」
「ああ不満だね。自分の事なのにモヤモヤと思い出せねぇ、苛々する。歯の間に何か詰まってるような気持ち悪さだ」
フィズィさんはゆっくりとニコさんへと歩み寄ります。
そしてニコさんの腕を掴み、言いました。
「今まではそれでもいいと思っていた、だがベルモスだ。アイツの銃を見てから何故だか無性にハッキリさせないといけないと思った。…おいニコ、その目で俺を見ろ。その金の目だ。なぁ、何が見える?」
「…嫌よ」
「ニコ!!」
ニコさんは怒鳴りつけるフィズィさんからフイッと視線を外しました。
口元はまるで何かに耐えるようにきゅっと引き結ばれています。
しかし、一息溜息を吐くとまるで諭すように、懇願するように言いました。
「…私はニコ=ウォーカー。貴女はフィズィ=ウォーカー。ソレでいいじゃない」
「…ッ!!んだよソレ!!」
フィズィさんは全く納得がいかないというように、そんなニコさんをベッドに押し倒しました。
そして噛みつくように叫びます。
「お前は良くても俺は良くねぇんだよ!教えてくれよ、俺は誰なんだよ!?」
「貴女はフィズィ。フィズィ=ウォーカーよ」
「そうじゃねぇんだよ!!」
「…そうじゃねぇんだよ」ともう一度。
その声は僅かに震えていました。
そのままニコさんの胸に顔を埋めると、フィズィさんの肩も震えました。
そんなフィズィさんの背中をニコさんは優しく撫でました。
口遊むのは口を突いて出た歌。
一体どこで聞いたというのか、どこか懐かしいその歌はフィズィさんの心を少しだけ宥めました。
優し気な旋律を奏でるニコさんの声はいつもと少しだけ違うように聞こえます。
慈しむような瞳で、しかし寂し気な表情で奏でられるそのメロディは静かに染みわたる様に響き、窓に掛かったカーテンが風に揺れました。
「―――」
さて、嗚咽交じりにフィズィさんが呟いたのは何という言葉だったでしょうか。
ニコさんの歌が終わり、そのまましばらくすると二人は微睡に落ちていき、やがて二人分の安らかな寝息が歌の代わりに部屋に響くのでした。
「…お姉ちゃん」
それは誰の言葉だったでしょうか。
そんな声に目を覚ますと、アルガスさんが「おう、起きたか」と呟きました。
「あら、いつ戻ってきたのかしら。起こしてくれても良かったのよ?」
「いやぁ、仲良さそうに寝てたもんだからな」
むくりと起き上がって隣を見れば、フィズィさんがまだ「スースー」と寝息を立てて眠っていました。
何となくそんなフィズィさんの髪を撫でると、ニコさんはアルガスさんに向き直りました。
「どうだったのかしら」
「ああ、三箱丸々担いできたからな。報告も込みでかなり良い儲け話になった。これなら船に乗っても痛くも痒くもないぜ」
「それは重畳ね、じゃあ?」
「ああ、明日は港町ブリッサへ向かう」
翌日、三人はモグラディウスへ向かうとニコさんはベルさんに挨拶してから街を出ました。
ベルさんにあげた着物のサイズは特に問題なかったようで、直しの必要もなかったのです。
ブリッサへの道は草原が広がるような街道で、マクリアよりも西へ向かいます。
ふと少し強めの風が吹くとニコさんの髪を攫いました。
番傘を傾け空を見上げたニコさんは青く広がった空を見て「少し高くなったかしら」と漏らしました。
「秋高しってか?」
フィズィさんも少し目を細めると僅かに口元を歪めました。
もうすっかり機嫌は直っているようですね。
さて、ニコさんが初めて外の世界に出た時よりも大分涼しくなってきたと言えます。
澄んだ空気は秋の様で、僅かに香る草の香が季節の変わり目を知らせるようです。
きっとこれから寒くなってくるのでしょう。
まだしばらく先でしょうが、そのうち雪でも降るかもしれませんね。
「さて、向かうはブリッサ。潮の香りが俺を呼ぶってな」
アルガスさんは若干テンション高めです。
予想外の収入で浮かれているのでしょうか。
「それはそうと、俺たちはもう少しお互いの事を知り、連携とかも考えるべきだと思うんだよな」
「あん?」
突然の話題に怪訝な顔をする他の二人は置いておいて話を続けるアルガスさん。
確かに連携は大事だと思います。
「こないだみたいな不慮の事態ってのも、長旅には付き物だ。正直俺はお前らの力を測りかねてて出るに出られん時がある。ある程度固定のパターンってのも必要だろ」
「まぁそうかもしれねぇな」
「いいわね、主に私が楽する方向で決めましょう」
そうして三人はあーだこーだと言いながらブリッサへの道を進むのでした。




