043 ニコさんと魔人ベルモスさん
「ベルモス様、こいつらです!」
イントネーション的には「お巡りさん、こっちです!」みたいな感じです。
ニコさん達三人の前に現れた男。
ベルモスという名前の魔人でした。
ベルモスさんは三人を見回すとその表情に少しばかり驚きを滲ませました。
「ほぉ、人間はそこの剣を持った男だけ、か。そこの二人は魔族だな?」
「分かるってか、まぁある程度の目がありゃ一目瞭然だろうがよ」
答えたのはフィズィさんで、目を細めるとベルモスさんを注視しました。
ニコさんはまだ酔いが残っているのか「ヒック」とシャックリをしながら前に出て、神の瞳でベルモスさんを見ます。
「んー、魔王軍大陸方面軍第三特務機関所属、補給部隊副長ベルモス=アイゼンディファ」
バスタードを握り直すアルガスさんは口の中で「魔王軍」と転がすと、詰所側に一歩下がりました。
「私を知っている、軍の者か?ならば所属を明らかにせよ」
そんな中、ベルモスさんは優雅に右手を上げてニコさんを見据えます。
あたかも一種の敬礼のような所作にはどこか気品を感じます。
何となくニコさんも真似してすっと左手を上げました。
「私は魔王軍…」
そしてそこまで答えたニコさんは一人目を閉じ何かを考えています。
数瞬の間、あたりを沈黙が支配しました。
いったい何を言うのかと生唾飲み込むアルガスさんに、ニヤニヤしているフィズィさん。
斧を構えて微動だにしないオークに、ニコさんを好奇の目で見ているベルモスさん。
そして視線を独り占めにしたニコさんはゆっくりと目を開くと両手をわなわな戦慄かせました。
「クッ、思い付かないわ。カッコいい所属…」
「思い付かないのかよ!!てかカッコいい所属って何だよ!?」
もうアルガスさんはどうしたらいいか分かりません。
取り合えず脊髄反射的にツッコむしかありませんでした。
相手はどうやら魔王軍。
しかも、ニコさんの台詞から推察するに、役職があるっぽいお偉いさんです。
ということは当然ここはやはり危険区域、魔王軍が秘密裏に工作を行っていた拠点の一つという事でしょう。
そんなところで何故こんなよく分らないツッコミをしなければならないのか。
そんなことをしている場合なのか。
アルガスさんは困惑します。
しかし、状況はアルガスさんが立ち直るのを待ってはくれません。
「ふむ、どうやら軍の者ではないようだな。ならば、此処を見られたからには生かして帰すわけには行かん」
何だか物騒な気配になってきました。
アルガスさんは無理やり気持ちを切り替え、何とか己の愛剣を構えなおしました。
しかし、そんな真面目な空気を茶化すかのようにニコさんはゆらりと両腕を広げて片足を上げるという奇妙なポーズを取ります。
酔いが残っているせいか何故かとっても強気です。
「ふふ、ならばこちらも全力を出すしかないようね…」
「もう絶対につっこまないからな!?」
「やらせると思うか?」
アルガスさんの切実な叫びを他所に、そう言ってベルモスさんが取り出したのは一丁の銃の様なもの。
見た目は大口径のマグナムの様な、砲身が四角いタイプのものです。
やや黒くくすんだ銀色のボディが通路に設置された橙色の明かりを反射して輝いています。
これには「ほぁー!」とよく分からないポーズを取っていたニコさんも驚きを隠せませんでした。
「銃!?」
即座に理解したのはニコさんとフィズィさん。
コレにはニコさんの酔いも一瞬で醒めるというものです。
砲身の両サイドには何やら文字が彫られており、ベルモスさんが銃に魔素を供給すると紫に淡く輝き始めました。
「ニコ!!」
流石に不味いとフィズィさんが叫んだと同時に、ニコさんは咄嗟に大気中の魔素に干渉して魔法を発動します。
想像したのは、創造したのは何物も通さぬ強固な盾。
変なポーズから一転、左手を突き出すように構え叫びました。
「―――盾よ!!」
ニコさんが魔法を発動したのと同時に独特の破裂音の様な銃声が一発、通路に大きく響くと空中で紫色の光を帯びた弾丸が螺旋状に回転しながら静止しました。
「―――八咫蛟!!」
次いでフィズィさんがニコさんの脇をすり抜けて魔法を発動します。
ニコさんと戦った時に使った魔法、九つ頭の水の大蛇がフィズィさんの周りから吹き出す様に現れると、狭い通路の外壁を削りながらベルモスさんに迫ります。
これにはベルモスさんも予想外だったか、左手でサーベルを抜くと舌打ちを一つ。
「斬魔、五の太刀」
後方に回転する様に剣を薙ぐと、次々と襲い来る水の蛇をまるで踊る様に相手取ります。
薙いで、斬って、撃ってと後方に下がりつつ的確に対処するその姿はまるで一つの演武を見ている様。
全ての蛇を水に還すと、更に二発フィズィさんにお返しとばかりに発砲しましたがニコさんの魔法によって食い止められ、甲高い音を立てて地面に落ちました。
因みにアルガスさんはニコさんの後ろのオークをけん制するという大事なお仕事をしていました。
サボっているわけではありません。
「これは、並みの手合いではないということか。ここで仕留めるのは難しいな」
正に小手調べと言ったところか、ベルモスさんは冷静に戦力を分析しました。
「ラゴス。ここでの任務継続は難しい、地上に戻り次第地下に即時撤退を伝えろ。ここを放棄する」
「ッ!?了解であります!!」
最後まで立っていたオークさん。
ラゴスという名前だったようですね。
ベルモスさんの判断に驚いたようですが、すぐさま従うというのは良く教育されているのでしょう。
「では我々は失礼する」
「逃がすと思うかよ!!」
黒塗りのナイフを抜いてシュルリとベルモスさんに強襲したフィズィさん。
金属がぶつかる派手な音を立てて一合二合と打ち合い、三合目で鍔迫り合いと激しい剣戟でしたが、ベルモスさんが無理やり後方へ飛んで間合を開けるとけたたましく鳴り響いた銃声。
勿論ベルモスさんが放った一発です。
それをわき腹に貰い弾かれた様に飛ばされたフィズィさん。
「チィッ!」と舌打ちを一つ、受け身を取るも片膝をつきました。
「取った」
「―――盾よ!」
パンッ!ともう一発。
追い打ちとばかりに放たれた銃弾は、しかしニコさんが魔法で止めました。
ニコさんとベルモスさんの瞳が交差します。
フィズィさんは思いのほかモロに受けてしまった様で、服がじんわりと黒く血で染まっています。
ベルモスさんは「ふむ」と一つ呟くと、ニコさんから視線を外しフィズィさんを見ました。
「今一歩届かなかったな。…では、さらばだ諸君」
そう言うとベルモスさんと三人のオークは影に溶ける様に消えていきました。
「アイツ、面白れぇじゃねぇか…」
果たして届かなかったのはどちらの事か。
一撃貰ってなお好戦的な笑みでベルモスさんの消えた後を見つめるフィズィさん。
その目は爛々と輝いており、まるで獲物を見つけたとでも言わんばかりです。
そこにアルガスさんが駆け寄りました。
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫に決まってんだろ」
「取りあえず、ここの詰め所で一休みしましょうか。少なくともフィズィの傷が癒えるまで」
どうでも良いですが、ニコさんの酔いはもうすっかり醒めたようですね。
詰所の仮設ベッドに腰かけると、煙管に火を着けました。
「傷なんざもう癒えた。あの程度じゃ大したダメージにもなりゃしねぇよ。それより、周り見てみろよ」
「周り?」
「あら、お宝の山かしら?」
三人があたりを見回すと詰所の壁際には木箱がいくつか置いてあり、その中にはぎっしりと鉱石が詰まっていました。
さっきまではあまり詰所の中をまじまじと見ることも出来なかったので、誰も気づいていませんでしたが、確かにこれはお宝の山です。
「黒銀鉱がこんなに…。魔王軍はここで鉱石の調達を?」
「鉱石そのものの可能性、それから鉱石をどこかに売って資金源にしていた可能性もあるなァ」
「多分その両方ね。アイツの持っていた銃、ほとんど黒銀鉱で作られていたみたいよ」
仮設ベッドかた立ち上がるとカランコロン木箱まで歩いたニコさん。
黒銀鉱を一つ掴み取ってまじまじ観察します。
「ふーん、結構丈夫で魔素伝達率が良いみたいね」
「ああ、黒銀は普通の銀や鉄、他の金属よりも魔力を通しやすい。魔剣にしたり、魔術による強化が楽だからな。割と良い値が付くのさ」
アルガスさんが簡単に説明するとニコさんはポイっと箱に黒鉱石を戻しました。
「取り合えず、持てる分は持って帰るわ」
「そうだな、結局自分たちで採掘はしなかったが。ここの件はさっさと報告した方がいいだろう。一先ずここで仮眠を取ろう」
取り合えず寝るというアルガスさんの意見に二人も賛成すると、その後は各々適当に休みました。
思わぬ戦闘があったせいか、疲れが出たのでしょう。
ニコさんも「折角ベルがピッケルくれたのに使わなかったわ」と小さく溢すと、適当に丸くなって眠るのでした。




