039 ニコさんと廃鉱の迷宮1
翌日、三人は朝からモグラディウスに来ていました。
ニコさんはベルさんを呼ぶと「持ってきたわよ!」と淡い桃色を基調にした優しい色合いの着物と作業用の甚平をベルさんに渡しました。
さらにおまけで小さな鐘がついた髪飾りまで用意したので、ベルさんには大変喜ばれました。
きゃっきゃと言うようにはしゃいでいます。
「凄いですね!こんな立派なモノ!そんなに早く作れるものなんですか?この髪飾りもとっても可愛いです!」
「私は凄いのよ!髪飾りはベルだから鐘にしたのよ!」
それを聞くとベルさんは「ふふふ」と笑いました。
ニコさんもベルさんの笑顔を見てとても嬉しそうです。
「確かに凄いです!でもこんなに素晴らしいもの、本当に頂いてしまって良いんでしょうか?」
「良いのよ!モグ爺さんには世話になったし、八裂丸まで貰ってるから。私たちはこれから廃鉱の迷宮に行くけど、帰りにまた寄るわ。その時、サイズが合わないとか着付けが分からないとか、何かあれば言ってちょうだい」
「はい、ありがとうございます!あっそうだ、ちょっと待っててくださいね」
そう言うとベルさんはパタパタと店の奥へ戻ってしまいました。
そして少しすると、またパタパタと店の奥から出てきました。
「廃鉱山に行くんでしたら是非、これを持って行ってください」
そう言ってベルさんがニコさんに手渡したのは二本のピッケルでした。
「ありがとう!助かるわ!コレで魔物とか変質者の頭をカチ割ればいいのね!?」
「違います」
ニコさんの理解を一瞬で否定したベルさんは、簡単にピッケルの使い方というか用途をニコさんに伝えました。
「成程、確かにそういう形かもしれないわ」とニコさんも納得してくれてベルさんも一安心です。
ピッケルで撲殺とか、魔物だったらまだしも、相手がヒトだった場合ファンタジーから一転して殺人事件的な雰囲気になってしまいますから是非ともそういう用途で使わないで欲しいものです。
「ベル、ありがとう。私たち、コレで億万長者になって見せるわ!」
「こちらこそ、本当にありがとうございます。億万長者は多分無理だと思いますけど、無事に戻ってきてくださいね!お待ちしてます」
笑顔で手を振り別れる二人はとても微笑ましく、会計カウンターの男性も顔が自然と綻んでいました。
こうしてニコさんは無事、モグ爺さんとの約束を果たしたのでした。
モグラディウスを出たニコさんは、外で待っていたアルガスさんとフィズィさんの二人と合流すると街を出て、廃鉱山へ向かいました。
廃鉱山までは街から北の方角に歩いて一時間程度掛かります。
雑木林を通ったりもしましたが、廃鉱山までの道はしっかりと整備されており、途中で何かに襲われるというイベントも特になく、実に平和な道のりでした。
フィズィさんなんかは退屈していた様ですが、ニコさんはカランコロンと下駄を鳴らして番傘をクルクルと、ご機嫌に歩いていました。
日の光ではダメージを受けなくなったニコさんですが、番傘はお気に入りの様ですね。
もしかしたら日焼けを気にしているのかもしれません。
アルガスさんは道案内なので一番前を警戒しながら歩いていました。
廃鉱山の近くまでたどり着くと関所の入り口が見えました。
大きな門に鉄の柵が付いており、今は上がっていますが関所が閉まると柵も降りるのでしょう。
街の入り口なんかと少し似ています。
門の脇には二人の門番が立っていましたが、アルガスさんが何やら書類を渡したりとか色々してすぐに通ることが出来ました。
何から何までアルガスさんです。
まぁ、廃鉱山に行こうと言ったのもアルガスさんですが、流石頼れる男ですね。
関所を通過すると緑生い茂る山の麓に坑道の入り口が見えました。
「あそこが入口だな」
「見ればわかるわね!」
このやり取りがなんとなく面白かったのか、フィズィさんは一人「グフッ」と吹き出していました。
さて、三人が鉱山に入るとニコさんが第一声。
「なんか全体的に茶色いわね」
元々坑道だったため、壁の上の方には照明器具が付けられており、中は割と明るく照らされています。
ニコさんの言う通り、光の加減もあって何だかとっても茶色い感じです。
下には線路が引かれており、昔はトロッコの様なモノを使っていたのかもしれません。
「気を付けろよ、この辺はまだ魔物が出ないが、もう少し奥に行けばそれなりに出てくる」
「出てきたら蹴散らしてやるよ」
フィズィさんはどうやらやる気満々の様です。
端正な顔に好戦的な笑顔を浮かべて辺りに視線を這わせています。
ニコさんはこの坑道を歩いていて、そう言えばと思いました。
蝙蝠の時は良く先を見るのに超音波を使っていました。
というか元々はほぼ超音波と聴覚で空間を把握していたのです。
超音波を使った反響定位ですね。
以前から再現できないかと思っていたのですが、ここで少し試してみることにしたのです。
洞窟っぽい感じなので丁度良かったのです。
「波よ」
ニコさんは蝙蝠だった頃を思い出しながら、目を閉じて音の波を増幅させるイメージをしました。
そして指を鳴らします。
するとパチンという音はせず、アルガスさんには聞こえないような高周波の音の波が洞窟内へ響き、ニコさんはそれを何となく懐かしく思いながら聞きました。
傍から見ればただの指パッチン失敗ですね。
そして反響した音から周囲の状況を細部まで把握したニコさんは満足げに一人頷きました。
蝙蝠的能力は健在のようですね。
「コレなら目が見えなくても問題無さそうね」
「いきなり何の話だ?」
「ヒヒ、流石蝙蝠ってか。逃げるのが得意なわけだ」
フィズィさんの目も魔法使いの目です。
音は聞こえなくとも僅かな魔素の揺らぎとニコさんの呟きから何をしたのか理解したのでしょう。
「ふん、とりあえず暫く先までは何もいないみたいね」
「チッ!つまんねぇな」
「…ああ、なるほど。ほんと頼もしいんだが、一応目的は別に魔物狩りじゃないからな?」
アルガスさんは内心「指パッチン失敗してんじゃん」とか思っていましたが、二人の会話からニコさんのやったことを何となく理解したようです。
少なくとも何かしらの方法でこの辺の状況を検査した。というくらいには。
口では魔物狩りが目的ではないと言ったアルガスさんですが、実のところ二人がどの程度やれるのか、内心ではかなり気になっていました。
アクリ村でのニコさんとフィズィさんの戦いでは二人に置いて行かれてしまったので、結局決着が付いた後しか見ていません。
その前の魔猪戦ではニコさんはちょっと逃げた後に鉄杭で魔猪の頭をメキョっとしただけなので、正直なところ良く分らないのです。
何も出ないまま30分が過ぎた頃、三人は既に七層に辿り着いていました。
まぁ元が坑道なので、脇道にそれずに降りていくだけなら割と早いのです。
「なんだよ、何も出ねぇじゃねぇか」
ただただ歩くだけで何もしないのはフィズィさんにとってはとても退屈な様子です。
しかし、アルガスさんとニコさんは違いました。
「さて、この辺からか」
「そうみたいね。突き当り右、なんか動いてるのがいるわよ。何かでっかいトカゲみたい」
ニコさんはどうやら下駄の足音で反響定位することを覚えたらしく、しばらく前から目を閉じて歩いたようです。
それで分かったのでしょう。
ニコさんの言う通り、アルガスさんが耳を澄ませると何か物音が聞えました。
岩を引き摺るような、そんな音です。
フィズィさんも「ようやくか」と口を歪めます。
「…この辺りだと多分、石トカゲってとこか?」
「美味しくなさそうな名前ね。固そう」
「そうだな」
「いや、食うなよ!想像通り固いよ!?」
ニコさんとフィズィさんにとって、魔物とは喰うか喰われるかといった関係です。
アルガスさんはもう意味が分からない!という顔でツッコんでいましたが、最初にそこを気にするのはある意味当然なのかもしれません。
「まぁ、とりあえずは俺が様子を見ようか」
珍しくアルガスさんがやる気の様で、二人よりも一歩前を進みました。
そして背中のバスタードをゾロリと抜いて通路の奥を睨みました。




