032 アルガスさんの呟き
閑話です。
次から新しい章に入ります。
晴れた日の昼下がり。
アクリから出立してもう何日か経つわけだが、俺達は今ナルガと言う小さな村に来ていた。
ここでまた少し食料を補充して、直ぐに次に進む予定だ。
次はテロス以来の街、マクリアだ。
マクリアはテロスよりも大きな街で、俺はここに何日か滞在して旅の疲れを癒そうと考えている。
今は買い物の途中で、店の前で注文した品が出てくるのを待っているわけだ。
「はぁ!?おいテメェ!何だこりゃ!んなもん着れるかよ!」
「何でよ!!可愛いじゃない!」
マクリアまでは歩くと少し掛かるが、幸いマクリアまで行く商人の馬車がいたのでそこに乗せてもらえることになった。
実に幸運な話だ。
俺は煙草の煙を「ふーっ」と吐き出すと、ゆっくりと流れる雲を見上げた。
「うるせぇ!もっとビシッと格好が付くモン作れや!」
「アンタこそうるさいわよ!文句言うなら別に着なけりゃ良いでしょうが!」
あ、あそこの雲ちょっとゴリラみたいだな。とそんなことを考えていると、「賑やかだねぇ」と手提げを持ったおばちゃんがカウンター越しに声を掛けてきた。
俺が干し肉を売ってくれと頼んだ店のおばちゃんだ。
「はい、これ。干し肉ね。随分いっぱいだけど、よく食べるのね」
「ああ、どうも。連れが良く喰うもんで」
「そうなの、モテる男は大変ね」
俺がお金を渡すと「はい、丁度ね」と明るい声が返ってきた。
もうすぐ街に着くと言うのに大量の肉を買う。
これには当然だが理由がある。
おばちゃんにも言ったが、それはニコとフィズィが大食いだと言うことで、特にフィズィが大食いだった。
と言うか保存食の肉をほとんど常時クチャクチャ噛んでる。
お陰でこの村に着く頃には殆ど食いつくしていたのだ。
まぁ本物の蛇宜しく丸のみでガンガン消費されるのよりは幾分マシだが、それでも先が思いやられる。
「あぁ?!ゴチャゴチャうるせぇぞ!この俺が着てやるって言ってんだよ!!」
「はぁぁぁぁ!?アンタマジで何様なのかしら!?」
奴らはもしかしたら我慢と言う事を知らないのかもしれないな。
まぁどっちも元は野生の魔物だって話だし、喰えるときに喰うと言うのは彼らにとって当然のことなのかもしれない。
「俺様だ!!」
「言うと思ったわ!ばぁぁぁかぁぁっ!!」
今回こんなタイミングでこんなに肉を買えたのはニコが浴衣とかいうテロスで一回だけ着た水色の服を商人に売ったからだ。
どうやらかなり質の良いものだったらしく、珍しいものと言うこともあってそこそこの値で売れた。
「テメェクソ蝙蝠!舐めてんのか!?」
「アンタなんか舐めないわよ!着ないならこれもう売っちゃうわよ!?」
こないだアイツが髪飾りを売るって言った時に男の矜持がどうこう言ったが、こうして結局ニコに助けられている様じゃ情けないにも程があるな。
どうにかして金策を考えたほうが良いのかもしれない。
マクリアに行ったら少し真面目に考えるか。
楽して儲けるのも、女に金を稼がせるのも、どちらも俺の信条に反する。
俺がぼんやり煙草を吹かしていると、俺たちを馬車に乗せてくれるって商人の男が「お連れさん達、元気ですね」とにこやかに話しかけてきた。
何というか、実に商人らしい笑顔だ。
「いや、うるさくてすんません」
「いや、一人静かな道も良いですが、賑やかな旅も嫌いではないですよ」
商人の見た目を端的に表すのなら、恰幅の良い壮年の男性といったところか。
立派に口髭を蓄えており、流石商人といったところか多少見映えのする清潔な身なりをしている。
「売るんじゃねぇ!わぁったよ!着てやるよ!!」
「ふふん、最初から素直にそういえば良いのよ!」
「っておい!こんなとこで着替えんじゃねぇ!!」
あぶねぇ、ぼんやりしてたらフィズィの奴が村のど真中でストリップ始めるところだった…。
それは流石に無視できなかったぜ…。
本当に目を離すとろくなことをしないな、あいつら。
「あんだよ、うるせぇな」
「はぁ、おばちゃん。済まないが、ちょっとアイツ着替えるのに部屋かしてくんないかな」
「あらあら、大変ねぇ」
俺は肉を売ってくれたおばちゃんに「済まないね」と軽く謝った。
ニコは「どうせ着付けなんか分かんないでしょ!」とフィズィと連れだっておばちゃんの店兼家に入っていった。
そう、俺はつい昨日気づいたんだが、フィズィの野郎アレで女だったのだ。
川で水浴びすんのにニコと別れてフィズィ連れてった時、ニコが変な顔をしてたんだが、知ってたんなら言えよ、と。
おもいっきり見ちまったじゃねぇか…。
俺は脳内のフィズィの裸体を首振って追い出すと、煙草の煙をを肺一杯に吸い込んだ。
しかし、ニコもしなやかな体つきだが、フィズィは輪をかけてもはや鋭い。
アレはアレで魅力的だが…、と違う違う。
俺は煙を「はぁぁぁぁ」と吐き出すと二人の裸体を脳内から追い出した。
「もしかして、あの背の高い方は女性でしたか?」
「ああ、そうなんですよ」
「いやはや、とても中性的なお顔だちだとは思いましたが。声もハスキーですし口調が、何と言いますか勇ましいですから。私はてっきり男性かと思っていましたよ」
「ハッハッハ」と楽しそうに笑う商人のおっさん。
「女性二人に男性一人とは、中々羨ましい旅ですな。特徴的な方々ですし、どういったご関係か聞いても?」
化け物二匹に人間一匹だと訂正してやりたかったが、そう言うわけにもいかないから、俺は適当に誤魔化すことにした。
「いえ、ホントに旅先で知り合ってたまたま道を同じくしただけですよ。ホント」
誤魔化すと言ってもまぁ、殆ど真実だろう。
むしろこれ以上何と言ったらいいか分からない。
「ほぉ、それはまた。今度は男としてそのテクニックを教えてもらいたいものですなぁ」
「ハハ、ご冗談を」
「それにしてもあの赤い髪お嬢さん、随分珍しい服をお召しで。一着譲ってもらいましたが、いやぁ、実に良い買い物をさせていただきました」
「ありがとうございます」と男が言うが、目があまり笑っていない。
まぁ当然だが、ニコの出身や経歴なんかを知りたがってんだな。
「いや、こっちこそ助かりましたよ。連れが中々大食いなものでね。貴方がいなけりゃ肉も買えずに腹を空かせてマクリアまで歩かにゃなりませんでした。馬車にも乗せてもらえるってんだから本当に有難い」
「いえいえ、此方も独り身。見たところ貴方は腕が立ちそうだ。街道には殆ど出ないとはいえ、盗賊やら魔物やらに出会わないとも限りません」
このおっさん、やはり場馴れしている商人だろう。
場の空気には聡いようで、無駄に自分の欲求を相手に悟られないようにしてる。
まぁ、こっちは商人じゃないからそんな商人同士の腹の探り合いみたいなことしなくてもいいんじゃねぇか、とは思うが。
「そんなんじゃないですが、まぁ俺も一人ふらふら諸国を巡ってる身でね。その辺の荒くれ者位ならまぁなんとか。もし何かあれば乗車賃分は働きますよ」
「それは頼もしい。まぁ、そうでなくては見目麗しい女性二人など連れることは出来ないでしょうけど」
良くもまぁ、こんなにポンポンお世辞が言えるものだと感心する。
俺も少しは見習った方が良いかもしれないな。
出来る気はしないが。
「ところでお兄さん、マクリアまでは何をしに?」
「んー、まぁ野暮用だな」
「見たところイリシオの方のように見受けましたが、もしかしたら帰郷とかで?」
「まぁ、そんなようなもんさ」
「だったらお兄さん、少し気を付けたら良いかもしれませんよ?」
「何かあったのか?」
特にイリシオで何かあったって話は聞いていないが…。
確かに最近はあまり向こうの情報を集めてなかったが、それでもつい数か月前まではキナ臭い話は聞かなかったと思う。
「いえね?最近イリシオで魔族が増えてきているって噂があるんですよ」
「…それは初耳だな」
「しかもですね、それを警戒するどころか迎合する貴族が増えてきてましてね。いえ、今のご時世魔族だからと一括りにするわけではありませんが。今年は特にどこの国でも警戒してる中、おかしくはありませんか?ほら、今年は…」
「魔王か…。それは確かに少しキナ臭いかもしれんな」
貴族連中か、確かに何か嫌な感じがする。
元々ウチは他種族に対して寛容な面があるが…。
俺が思考に没頭しかけてると、男はにこやかに俺を観察していた。
俺の反応から俺がどの程度のモノか伺ってやがったな。
しかも俺がそれに気づけば。
「おや、これはまた!」
と急に目を見開いて俺の肩越しに目をやった。
振り向いてみればニコとフィズィが家から出てきたところだった。
こんな辺境にいる商人の癖にやたらと上手い奴だ。
「こうみると、確かに綺麗なお嬢さんだ」
男は俺に囁いた。
フィズィはニコとは逆で、赤の服、着物って言ったか?それに黒の帯と上着、確か羽織ってやつを身に纏っていた。
赤い着物と黒い羽織には、良くわからないが白い花がまるで流れるように咲いている。
しかもフィズィの目尻と唇にはに薄っすらと赤い紅かさされており、この姿なら男と間違えられることも無いだろう。
「やぁやぁ、実にお美しい。やはり女性は着飾るものですな。さてと、お嬢さん方もいらっしゃいましたし、そろそろ出発と致しましょうか」
そうフィズィを褒めそやすと、男は村の出口へと歩き出した。
確かにこう見ると綺麗な女だ。
着飾って喋らないフィズィってのはかなり魅力的かもしれない。
「確かに、役得かも知れねぇが」
俺は口の中でそう呟くと、再び過った二人の裸体を脳内から追い出して俺も男の後を追った。




