027 ニコさんとフィズィさん2
ニコさんは全くフィズィさんに心当たりがありませんでした。
ネロのところにあんな奴居たかしら。と相変わらず真顔で固まっています。
神の瞳を使えば何か分かるのではないか、という気がしなくもないですがあまりヒトに対して行使するということ経験が少なく、すぐには思い至らなかったのです。
ぶっちゃけ最初にアルガスさんをちょっと見ただけです。
結局最初に答えに思い至ったのはニコさんではなくアルガスさんでした。
「アンタ、まさか嬢ちゃん、ニコと同じ…。」
「何だお前、知っているのか?なら話は早い。俺はソイツ、ニコ=ウォーカーと同じって訳だ」
フィズィさんは「ヒヒヒ」と嗤うと近くにあった猪肉の骨付き肉を掴み、ブチブチ豪快に噛み千切りました。
そしてモギュモギュと口いっぱいに頬張り咀嚼します。
モッギュモッギュ、もっぎゅもっぎゅ…。
すると、何故か段々真顔になっていくフィズィさん。
肉を嚥下すると、すっかり驚いたのか肉をマジマジと見ながら固まってしまいました。
「…うめぇなコレ」
どうやら真顔になるほど美味しかったようです。
フィズィさんはバリバリモシャモシャと猪肉のスペアリブに夢中になりました。
アルガスさんはニコさんと初めて一緒にご飯を食べた時を思い出しました。
あの時ニコさんも初めて調理されたモノを「美味しいじゃない!」とガツガツ食べながら怒っていたなぁ。とそんな記憶です。
一本目を勢いよく食べきってしまうと、二本、三本と次々に食べて行くフィズィさん。
両手に肉を持ってガツガツと食べています。
今まで何だか良く分からない空気を醸し出していた人物が突然肉に夢中になったので、周囲は呆気に取られていましたが、既に出来上がっている人間ばかりの空間です。
とりあえず、フィズィさんはニコさん達の知り合いみたいな感じのお腹を空かした兄ちゃんという認識になりました。
ならば村長の言った通り食べ物が残るのは良くないと、食べ物やら飲み物をフィズィさんに進め始めました。
「何か良く分からねぇが、良い喰いっぷりだな!にぃちゃん、こっちも喰え!」
「スープも持ってきたわよ。ささ、座りなさいな」
「酒を注いでやろう、じゃんじゃん飲め飲め」
フィズィさんは進められるままにその場に座ると直ぐに村人(酔っ払い)たちに囲まれてしまいました。
注いでもらった酒を飲むと、これまた目を輝かせて「うめぇな!」と感嘆の声を上げました。
ソレを聞いた酒屋の親父も嬉しそうに輪に入ります。
「おう、この酒は俺が造った。不味いわけがねぇだろが!」
「何ィ?テメェが造ったってのか?ソイツはすげぇ!」
「ったりめぇだ、ソレは俺の曾爺さんの代から造ってきた酒だ。俺の代まで付け注がれてきたこの酒は俺の自慢よ」
既に緊張した空気はどこへやら、すっかり宴会が再開してしまいました。
そして緩み始めた空気に自分から外れた視線、ニコさんがこの好機を逃すはずもありません。
「私は空気、私は空気…」
ボソボソと呟きながらゆっくりと後ずさり、遂には勢いで霧化の魔法まで発動させたニコさんは、これ幸いとばかりにそのまま人知れず逃走するのでした。
「…結局なんだったんだよ。ってか嬢ちゃん、逃げやがったな」
それに気づいたのはアルガスさんだけでした。
アルガスさんはすっかり村人達と打ち解けて飲み食いするフィズィに阿保らしくなり、頭をガシガシ「寝るか」と呟いくと、今夜泊めてくれると言っていた村人の家に向かいました。
そこには布団の上で既に丸くなって寝ているニコさんがスースーと寝息を立てていました。
「普通逃げるんだったらここじゃないだろう。まぁ、あの様子なら寝込みを襲ってくることも無いだろうが」
アルガスさんは溜め息を吐くと、とりあえず壁際に座り込んで目を閉じました。
その後酔い潰れたフィズィさんを、気を利かせた村人達がニコさん達が泊まる家に運んだのに誰が文句を言えるでしょうか。
翌朝、目を覚ましたニコさんは同じ部屋で眠っているフィズィさんを見るなり「ひぃ」と小さく悲鳴を上げて部屋を飛び出しました。
そこで、既に朝ご飯をモリモリ頂いているアルガスさんを見ると、「私にも頂けないかしら?!」と反射的に叫んでしまうあたり、何とも言えない残念さを感じます。
しかも、「まだ寝てたし、ご飯くらい大丈夫よね!」と危機感は食欲に負けてしまうあたり、蝙蝠時代の野生の気持ちは多少なりとも薄れてしまったのでしょうか。
食事中に起きてきたフィズィさんを見て、「ぶふぅ」とスープを吹き出す所までがお約束ですよね。
「よぉ、クソ蝙蝠。昨日ぶりじゃないか」
「私は空気、私は空気」
ニコさんは早速昨日覚えた霧化の魔法を再現しようとしました。
逃げることに関しては非常に行動が速いです。
しかしそれを見逃すフィズィさんでもありません。
昨日は気づきもしませんでしたが、今日はすぐさま止めました。
「早速逃げようとしてんじゃねぇよ!!」
「ちょっと、今集中してるから話しかけないで」
「うるせぇよ!!…何ならここで暴れても良いんだぜ?」
その言葉にニコさんは苦い顔をしました。
フィズィさんが何処の馬の骨とも知りませんが、ニコさんはこの村が好きになっていたのです。
お世話になった村人にも申し訳ないので、ここで騒ぎを起こされるのは困ります。
村人も「えー…」という顔をしています。
「…卑怯な奴ね、良いわ。村人Aに迷惑をかけるのは本意ではないわ。場所を移しましょう」
「やっと話を聞く気になりやがったか」
「村人Aってなんだよ!エウロだよ!!」
そういえばこの村人の名前、初めて出てきましたね。
ニコさんの言い様にいたくご立腹です。
フィズィさんは「ヒヒヒ」と嗤うと、「だがその前に」とテーブルを囲むようにどっかりと腰を下ろしました。
「おい、村人A。俺にも飯だ」
「だからエウロだっつってんだろ!!」
朝ご飯をしっかり食べた後、ニコさんとフィズィさんは村の外に来ていました。
保護者の方も一緒です。
「で、結局お前さん。この嬢ちゃんにに何の用なんだ?」
今のアルガスさんの心境は、娘が怪しい男に話しかけられるという事案に遭遇した父親と言ったところでしょうか。
フィズィさんの台詞の中に気になる所は色々ありましたが、まずは自分たちの関係を整理したいという気持ちがアルガスさんにはありました。
まぁあまり友好的という感じでもありませんが、敵対関係という訳でもないような、そんな微妙な関係性だとアルガスさんは思っていました。
フィズィさんは余程気に入ったのか、朝ご飯を食べて尚持ってきた猪肉のスペアリブをブチブチ噛み千切るとゆっくり咀嚼しました。
そしてモグモグしながら喋り出します。
「やっぱうめぇな(モグモグ)。…本当はな(モグモグ)、その蝙蝠女を(モグモグ)こうやって喰って(モグモグ)やろうと(ゴックン)思っていたのさ」
「ちょっと!食べながら喋らないでよ!!」
流石に見かねたニコさんが注意すると、フィズィさんは「ちょっと待ってろ」と言っての残りを骨ごと一飲みにしました。
ちゃんとニコさんのお母さんみたいな指摘にも律義に対応する当たり、意外と真面目なのかもしれません。
フィズィさんが口の周りを舌でペロリと舐めていると、アルガスさんが「蝙蝠女…」と呟きました。
アルガスさんはそれが比喩でもなんでもないことを知っているのです。
ニコさんが蝙蝠であったことを知っているということはアビスで吸血鬼になる前のニコを知っているという事です。
それが何を意味するかは分かりませんでしたが、アルガスさんは二人に因縁がある。少なくともフィズィさんがニコさんに因縁を感じているのは間違いないと思いました。
そしてアルガスさんに緊張が走りました。
フィズィさんの気配が徐々に膨らんできたのです。
そこでアルガスさんは一つ、嫌な想像に辿り着きました。
もし、フィズィさんがニコさんと同じ様に何らかの魔物からかなり高位の魔族、例えばニコさんの様に吸血鬼の始祖などという本物の化け物になったモノだとしたら。
そしてそんなモノがこんな場所で暴れ始めたなら…。
アルガスさんの血の気が一気に引きました。
まさにサァァァァっと…という表現が似合うでしょう。
そんなアルガスを他所に、フィズィさんはとても嬉しそうに言いました。
「俺はお前と決着を着けに来たんだぜ?」
「私は貴方なんか知らないわよ?」
「オイオイ、そりゃあ無いだろう。本当に察しの悪い。俺たちはお互いにお互いを喰おうとした仲じゃねぇか、思い出してみろよ。深淵をよぉ」
嬉しそうなフィズィさんを見てニコさんは改めて記憶を探りましたがこんな人間見た事ありませんでした。
そこでようやく、ふと思い出したようにニコさんは右目(金の瞳)を強く意識してフィズィさんを見ました。
そして、そこから見えた知識に「まさかッ!」と慄きました。
「貴女、まさかあの大蛇?」
「ヒャハハハハァッ!!!ご明察だ。随分思い出すのに時間が掛ったじぇねぇかクソ蝙蝠!!」
そう、皆さんとっくにお気づきだったでしょうが、フィズィさんはアビスでニコさんのコロニー襲撃したり、ニコさんに衝撃波を叩き付けられたりしたあの蛇だったのです。
しかもその蛇はニコさんを頑張って追いかけて、そしてやはり蛇ですらなくなった果てに追いつくことが出来たのです。
それは確かに因縁を感じなくもなりません。
散々間抜けなやり取りをした後でしたが、こうして蝙蝠と大蛇の因縁の戦いが始まったのでした。




