026 ニコさんとフィズィさん1
切れ長の一重の目に真っ赤な瞳。
男とも女とも取れるような中性的な面立ちに、痩せぎすの長身。
短く刈られた髪は茶に近いくすんだ金髪で、黄土色とでも言えば丁度いいでしょうか。
黒のフード付きコートに黒のスキニーパンツ、黒のブーツと全身真っ黒です。
フードを被って後ろを向かれたら遠目では見えなくなっちゃうのではないでしょうか。
さて、突然の闖入者でアクリ村の皆はニコさんアルガスさんを含めて皆困惑しきりです。
そもそも、そろそろお開きで流れ解散かな。くらいのタイミングで登場したものですから、全くもって空気が読めていないと言わざるを得ないでしょう。
そんなタイミングで来るのなら、少なくとももっと申し訳なさそうに来て欲しいものです。
特に女衆からは「お前誰だよ、もうそろそろ片付けも始めたいんだけど。ちょっと空気読めよ」みたいなオーラがそこはかとなく漂っている気がします。
そしてこの様子から見るに、どうやらこの闖入者は村の人ではなさそうです。
憲兵さんは何をしているのでしょうか。
「宴もたけなわと言ったところで、そろそろお開きにしようと思っていたところだが、料理も酒もまだ残っている。どなたかは知らないが折角だ。余り物で良ければ、食べて行ってくれ。その方が無駄にならなくて済む」
「おお、話が分かるじゃねぇか。そんじゃ、遠慮なく貰うぜ」
村長さんが来てしまったものは仕方ないと許可を出すと、彼は本当に遠慮なく輪の中に入ってきました。
怪しい人物ではありますが、一人ですしここで追い出すよりもこの衆人環視の中に置いておいた方が安全と判断したのでしょうか。
彼は周りを物色し始めると、ふとニコさんの位置で視線を止めました。
「赤い髪に青と金のオッドアイ…」
口の中で転がす様な呟きは誰の耳にも届きませんでしたが、徐々につり上がる口角と一緒に膨らんだ気配は普通のヒトでも分かる程の圧力を持っていました。
特にニコさんは彼を見た瞬間から何故か(・・・)急に逃げたい衝動に駆られていたのです。
そんな気配を感じたらまるで金縛りに遭ったように体が竦んでしまいました。
「見ィつけたァ」
ニタリという表現が良く似合う表情で見つめられれば誰だって逃げたくもなるかもしれませんが、ニコさんはもうお空の彼方に飛んでいきたい気持ちで一杯です。
ですがニコさんは金と青のオッドアイで何とか彼の真っ赤な瞳を見返すと、毅然として言いました。
「人違いじゃないかしら!」
今は蝙蝠じゃないのだから、まずは言語を使ったコミュニケーションが理性的よね!と、ニコさんはとりあえず人違いを主張してみました。
因みにニコさんは中腰に半身と、もう逃げ出す体制を整えています。
しかし彼は「ヒヒヒ」と嗤うと笑うとそれを否定します。
「人違いなんかじゃないさ、ニコ=ウォーカー」
あ、これ駄目な奴だわ。そう思ったニコさんの思考は既にどう逃げようかということに集中していますが、決して逃がすまいと彼の瞳がニコさんを捉えて離しません。
「ああ、会いたかった、とても会いたかったぜ?クソ蝙蝠ィ」
「クソ蝙蝠!?私は何だかとっても会いたくなかったって気持ちよ!そもそもアンタのなんかに心当たりが無いのだけれど!?」
「そいつぁそうさ。なんせ、この姿で会うのは初めてだからなァ」
彼が近づく度にニコさんは一歩後ずさります。
ふふ、これで永遠に近づけまい。とか思っているのでしょうか。
そしてさり気無く近くにあった盾を前面に押し出しました。
抜け目ないですね。
村人たちはこの異様な雰囲気に既に三人から距離を取って遠巻きに眺めています。
まぁ酔い潰れてその辺に転がってるままの人や、モグ爺さんやネヴマさんの様に完全に酒の肴にしようとしている豪の者もいるようですが。
「間抜けなテメェに自己紹介をしてやろう」
そう言うと彼の気配が更に膨れ上がりました。
まるで俺を見ろ!と言っている様です。
村人たちは増々距離をとりました。
「おい、アレ止めた方がいいんじゃないか?」と言っている人もいますが、あまりの圧力に誰も口をはさめません。
因みに酔い潰れていた人の一部は彼の強烈な気配に当てられて「オロロロロ」と胃の中のモノをぶちまけています。
居ないと思っていた憲兵さんはも「オロロロロ」と盛大にぶちまけていました。
こんな所にいたのですね。
ニコさんはもうこれ以上関わりたくない気持ちと、ちょっと貰いゲロしそうな気分で「別にしなくていいわよ」と言ったのですが、彼は全くお構いなしで聞く耳持ちません。
勝手に自己紹介を始めました。
「俺はフィズィ、フィズィ=ウォーカー。深淵王ネロの使徒にして、アビスより出し大蛇の化身。ニコ=ウォーカー、テメェに借りを返しに来たぜ」
フィズィ=ウォーカー。
ニコさんと似た名前を持っていますが、いったい誰なのでしょうか。
彼の自己紹介に戦慄が走りました。
ニコさんは真剣な表情で彼を睨み、アルガスさんも驚きの表情で彼とニコさんの間で視線を彷徨わせています。
村人たちも固唾を飲んでこの状況を見守りました。
様々な思惑が駆け巡る中たっぷり十数秒、まるで時が止まったのではないかと言うような時間が経過しました。
そしてとうとうニコさんが口を開いたのです。
「ゴメンなさい!全く心当たりが無いわ!!」
「…いや無いんかい!!!」
間髪入れないアルガスさんのツッコミが夜のアクリ村に響いたと言います。
後のモグ爺さんの証言では、完璧な間で差し込んだ気持ちのいいツッコミだったそうです。




