023 ニコさんと魔猪
最果ての街テロスから出発して二日目。
ニコさんとアルガスさんは巨大猪を相手に立ち回りを演じていました。
その大猪は真っ黒に輝く大きな牙を持つ猪の魔物、魔猪でした。
「そっち行ったぞ!」
どうやら手負いの魔猪が街道まで迷い込んでしまったみたいです。
猪はかなり気が立っているのか、二人を見るなりすぐさま突進してきたので、二人も応戦したのです。
応戦したのですが…。
「ギャー!!」
ニコさんは早速悲鳴を上げながら上空へ退避していました。
「何逃げてんだよ!?」
「ッさいわね!!こんなおっきいのが突っ込んできたら怖いでしょうに!」
アルガスさんの抗議に全力で逆ギレするニコさん。
それはそうです、突進してくる猪なんて怖くて堪りません。
蝙蝠時代のニコさんであれば、一目散に逃げてます。
見つかってなければ不意打ちで噛みついてたかもしれませんが。
とにかくニコさんの行動パターンが蝙蝠の頃から変わっていないようですね。
攻撃対象を見失った猪はノソノソとアルガスさんの方へと向き直したが、そのタイミングを逃さずアルガスさんは持っていた鉄串を猪に投擲しました。
魚を焼くときに使ってるヤツです。
「ピギィィ!!?」
目を狙って投げられた鉄串は狙いを外れて鼻に突き刺さり、猪は悲鳴を上げました。
そして血走った眼でアルガスさんを睨みつけると、全力でアルガスさんに突進します。
「ッチ!余計怒らせちまったか!?」
アルガスさんは体勢を低く左右どちらにでも飛べるように構えました。
その様子をニコさんは木ノ上から他人事のように眺めています。
既に傍観モードに入っています。
今のニコさんには武器と呼べるものがありませんでした。
ニコさんとしては武器がなければ戦えないのです。
まぁ厳密には本人が無いと思っているだけで、あのような魔緒であっても力負けしない怪力、と言う武器を持っているのですが。
「んー、あんなおっきいの煙管で殴ってもしょうがないし、NCキャノンは自然破壊だし、魔法はまともに制御できないし。やっぱり何か武器!って感じのものが欲しいわよねぇ」
ニコさんが物思いに耽っている間にも、アルガスさんは懸命に魔猪との攻防を繰り広げています。
突進を避けてはバスタードで体を斬り、振り向きざまに串を投げて急所を狙う。
とても神経を使う繊細な攻防です。
その動きはそれなりに洗練されていて、ニコさんにはまるで踊っているようにも見えてちょっと凄いな。と思いました。
「おい、見てないで手伝ってくれ!!俺より強いんだろ!?」
「そんな事言われても丁度いい武器が何もないのよ!森を焼いちゃっても困るでしょう!?」
そう言いつつもニコさんはとりあえず魔法で鉄の杭を造りました。
自分で着物を作るくらいです。
まともに制御できないと言ってはいても、ある程度魔法に慣れてきたニコさんは杭くらい単純な構造の物なら造作もなく造れます。
そして、それを片手で掴むとバサッと飛び上がり、猪の頭目掛けて急降下アタックを仕掛けました。
「そおい!!」
掛け声一つ、ニコさんが鉄杭でブッスリと猪の頭を貫くと顎の方まで貫通しました。
ちょっとグロテスクでスプラッタな感じになってしまったので、細かい描写は自粛しますが。
悲鳴をあげる間もなく絶命した猪はそのままドシーンと地面に倒れたのです。
「んー、こんな杭じゃ恰好付かないわよね」
猪からひょいっと飛び降りたニコさんは、引き抜いた鉄杭を地面にぶっすり突き刺しました。
その瞬間、猪の頭部からは鮮血がバシャっと吹き出しました。
やっぱりスプラッタです。
「恰好の問題か?ってか魔猪の頭蓋ごと鉄の杭振り回して貫くなんざ、やっぱり吸血鬼ってのは馬鹿力だな。てか掴んでたとこに指の痕ついてんじゃねぇか!!どんな力だ馬鹿力!!」
「誰が馬鹿よ!!」
良くみると、確かに杭にはニコさんが掴んだ痕がはっきり残っています。
鉄を変形させる握力ってどれくらいなんでしょうね。
とりあえずニコさんの苦情はさておき、アルガスさんは猪の側に腰を下ろしました。
「さて、猪ならいい食料だ。血抜きして捌いちまうか。いや、もうすぐ村だったか。血抜きだけして村で捌いた方が良さそうだな」
「無視は良くないと思うわよ!?」
余りのガン無視にニコさんは再度抗議しました。
しかしそんなものどこ吹く風と、アルガスさんは聞きません。
アルガスは憤慨するニコを尻目に、アルガスさんはバスタードを振るうと猪の頭を落としました。
そして牙を2本ともへし折ると、腰に括り付けました。
魔物のには討伐証明部位があり、魔猪の場合はこの黒い牙なのです。
「嬢ちゃん、この猪持てるか?」
そういわれたニコさんは、不満げな顔をしつつもさっき作った鉄の杭を棒状に伸ばして、ついでに縄を作ると四本の足を鉄の棒に括りつけました。
それをよいしょ。と片手で持ち上げると「意外に軽いわね」と言いました。
普通の猪でも50kgから90kgあるのに、この猪は更に大きいので首を落とされていても100kg以上は有にあるでしょう。
それを片手で持ち上げて軽いとは、流石人外です。
因みにもう片手で持ったのは、もう片方が番傘持つのに忙しいです。
「やっぱり馬鹿力だな」
「うるさいわよ!!」
猪担いだニコさんはアルガスさんとえっちらおっちら歩きます。
ニコさんの歩いた後にはまるで血の川が流れているように猪の血が線を引いていました。
こんなことをすれば他の獣や魔物が寄ってきそうな気もしますが、そんなことも特になくその後は森を抜けました。
森を抜けて暫く歩けばすぐに集落も見えて来て、二人は無事に次の村へとたどり着きました。
「はい、確かに。確認終わりましたので入村して構いませんよ。次に、お連れの方どうぞ」
村の入り口も検問があるようで、テロスと同じく入村希望者の確認を行っていました。
そこまで大きくない村だけど意外に管理されているものだな。とニコさんは感心しきりです。
ニコさんが得意気に鉄のドッグタグを掲げて見せると憲兵さんは「はい、確かに」と応えました。
しかしどうやら肩に担いだ猪が気に成るようで、「それはなんですか?」とニコさんに尋ねます。
「猪よ!!」
「いえ、それは分かるのですが。…その、随分と大きいですね」
「森で襲われたから狩った。魔猪だな」
ニコさんの代わりにアルガスさんが雑じゃない答えを返しました。
そして魔猪と聞いて憲兵さんは顔色を変えました。
「魔猪ですか!?」
訊き返す憲兵さんに、これが証拠だとばかりにアルガスさんは腰の黒い牙をみせました。
それを見た憲兵さんはどこか緊張した面持ちに変わりました。
「確かに、これは魔猪の牙ですね。出没地点はどのあたりですか?」
ニコさんは適当に倒してしまいましたが、本来魔緒とは結構危険な存在です。
狂暴でいて、何しろ生命力が強いため、普通の猪を相手にする気分でいるとアッサリ死人が出てしまうようなモンスターです。
通常は発見次第討伐の依頼が組合に提出されるくらい、特に小さな村では脅威的な存在であり、迅速な対応が必要なのでした。
「ここから一時間って所か?」
「そうですか。そんなに近いなら、一度調査を出した方がいいかもしれませんね。他にもいると厄介ですので。報告ありがとうございました」
魔猪のことはありましたが、とりあえず検問を通ることが出来た二人は村の中へと進みました。
アルガスさんは村に入ると、ニコさんが持っている猪付きの鉄棒の端を片方引っ手繰ります。
「迂闊だった。こんなに重いモンを軽そうに担ぐ女なんざ目立って仕方ない。さっきはちょっとヒヤヒヤしたぜ。あんまり猪を持ってる嬢ちゃんがナチュラルだったからさっきまで忘れてたわ」
「それもそうね、なんなら貴方が担ぎなさいよ。薬草入った軽い籠は持ってくれたでしょう?」
「そうしたいのは山々なんだが重いから無理だな。生憎俺は嬢ちゃんほど馬鹿力じゃない。このまま適当な場所に運んで解体しちまおう」
「誰が馬鹿よ!!」
二人はえっちらおっちら、村の端まで猪を運びました。
二人で猪を運ぶ姿はまるで二枚肩の様です。
運んでるのは駕籠ではなくて首無し猪ですが。
すれ違った村人なんかは好奇の目を向けたり驚いたりしていましたが、中には「重いだろう」と手伝ってくれたりと何だか皆物怖じしていませんでした。
手伝ってくれた一人はガタイの良い若い男でニコさんと代わってくれました。
代わったときに予想以上の重量だったのか、一瞬面白い顔になっていました男にニコさんは何だか勝ち誇った顔を向けていました。
最終的にはもう一人手伝いを申し出た人とアルガスさんの三人で運ぶことになり、ニコさんはその隣をカランコロン歩きました。
「解体すんなら、モグ爺んとこ行くか!猪捌くの上手いから、手伝って貰え!」
どうやらモグ爺という猪捌くのが得意なお爺さんがいるようですね。
「モグ爺魔猪も捌けんのか?」ともう一人が問えば、「猪も魔猪も、捌くだけなら大して変わらんだろ」と最初の村人が応えます。
すると、もう一人は「そりゃそうか!」と笑いました。
村人たちが笑い歩く姿に、ニコさんは何となくほっこりしたのでした。
一行の目的地はモグ爺さんのお家となりました。
モグ爺さんとは一体どんなお爺さんなのでしょうか。
とにかくニコさんは上機嫌でカランコロンと歩くのでした。




