022 ニコさんとセンチメンタル・キャンプファイヤー
テロスを出て暫く歩き、もうすぐ夕方といった時間帯に差し掛かると、ニコさん達の目の前には、またまた森が広がっていました。
「テロスは大陸の端っこでな。太古の森を切り拓いて作った街なんだよ。だから森に囲まれてる」
「何でわざわざこんな森の中って、迷宮があるからよね」
アルガスさんはニコさんの自問自答に頷きました。
「太古の森は広いからな。森全部開拓するわけにはいかないし、街を作るための土地と、街と森を離すだけの距離切り拓いたんだと。まぁ、それでも大規模な開拓だったんだけどな」
街道は森の方から街まで伸びる川沿いに敷かれています。
この川はテロス川と言って、街の水源となっている大きな川です。
それなりに生き物も沢山住んでいる川なので、河川敷で釣りをする人達も見られました。
「今日は森の入り口辺りの川沿いで野営するかね。この季節、氾濫することはまず無いだろうし、火の始末もしやすい」
アルガスさんの言葉に「キャンプね!?」と目を輝かせるニコさん。
頭の中では既に三角のテントが張られていたり、寝袋に包まれたりしているのでしょうか。
まぁアルガスさんの手持ちの荷物袋を見る限り、間違ってもそんなもの入ってそうには見えませんが。
「いきなり野宿で悪いが、日が暮れる前に薪になるもん集めてくるか。嬢ちゃんは場所決めて、石をどけといてくれ」
「任せるといいわ!私は元よりダンジョンで生きてたのよ?」
ニコさんは何故か得意気です。
アルガスさんは「それもそうか」と笑いました。
アルガスさんが薪を拾いに森へ入っていくと、ニコさんは「このへんで良いわよね!」と適当に場所を決め、石をザッザと足で退かし始めました。
しかし、当然ですが石はなかなか無くなりません。
「以外に手間ね。そうだわ!」
次第に面倒になったニコさんは、思いついたとばかりにいい笑顔になりました。
そして静かに地面を見つめて集中を始めました。
「小さな竜巻を起こせば、纏めて石をどかせるわよね!」
どうやら魔法を使うようですね。
ニコさんが回転、上昇する風のイメージを持って魔法を行使すれば、クルンと風が起きました。
しかし、ニコさんの加減が効きすぎて、小石が少し転がるに留まりました。
「風はイメージが難しいわね、見えないし」
「もう少し強い方がいいかしら」と、強い風をイメージすれば、今度は旋風ではなく単なる突風となりました。
その後も試行錯誤を繰り返しましたが、結局なかなか上手くいかず、ついついカッ!となってしまったニコさん。
とうとう加減を完全に間違えて、旋風ではなく竜巻を作ってしまいました。
「あっ!ちょっ!?うにゃああああああああああああ!?!」
ニコさんは逃げる間もなく竜巻に巻き込まれ、どんどん高く巻き上げられて行きました。
その後、竜巻が消えて解放されるまでの間、ニコさん同様巻き上げられた水やら何やらにもみくちゃにされ、挙句川にドボンと落ちました。
近くに人がおらず、ニコさんの他には川の魚くらいしか巻き込まれなかったのは不幸中の幸いでしょう。
日がとっぷり暮れた頃、アルガスさんが河川敷に戻ってくると、ニコさんは川辺で体育座りをしていました。
すっかり泥塗れ水浸しになって川面に浮かんだ月を眺める姿はどこか哀愁を誘います。
「おう、遅くなっちまったな。薪拾ってきたんだが、…どうした?」
「いえ、自然って偉大だなって思いまして」
「良く分からねぇが、何もそんなに泥まみれになるまでやらんでも良かったんだがな」
アルガスさんは何やら若干調子のおかしいニコさんは放っておいて、とりあえず火を起こして集めてきた薪を火にくべました。
パチパチと薪が爆ぜる音が耳に心地よいです。
ニコさんは立ち上がらずに焚き火の方へ向き直ると、串打ちした魚を四尾、何処からともなく取り出し火に掛けました。
それは竜巻でニコさんと共に巻き上げられた川の魚たち、言わば同士でした。
「ドウゾ」
「お、魚まで取ってたのか。保存食に手を付けずに済むな、流石ダンジョン育ちってか」
「イエ、ソレホドデモ」
アルガスさんは塩を取り出すと、魚にパッパと振り掛けました。
そしてシガレットを取り出し火を着けると、ニコさんの方を向きました。
「そういや、ここまで成り行きと勢いだけで来ちまったけど、これから暫く旅を共にするんだ。ちゃんと自己紹介をしようか」
アルガスさんは紫煙を一つ吐きました。
確かにニコさん劇場以来、お互いの話はろくにしていませんでした。
改めて話をするには丁度いいタイミングかもしれません。
ニコさんもモソモソと煙管を取り出し火を着けました。
「まずは俺からにするか。出身はまぁ、知らんと思うがこっから北西にある人間主体の王国、イリシオってとこだ。まぁ他の種族も結構いるけどな。まぁ目的地から考えても通過地点にある。余裕が在れば美味い店でも連れてってやるさ」
アルガスさんとニコさんはお互い手近な魚をひっくり返しました。
魚が焼けるいい匂いが二人の鼻孔をくすぐり、ニコさんのお腹がくるると鳴りました。
「こないだ話した通り、この辺りへはアビスを探しに来ていた。そのために組合に所属して、国元から離れて旅に出た。まぁ、どうせなら人生色んなものを見たいからな」
「へー、随分酔狂なのね」
「浪漫と言え。まぁ、自称始祖の吸血鬼の戯言信じて一緒に旅をしようってんだから、酔狂と言われても致し方ねぇのかもな」
「自称じゃないわよ!」
アルガスさんは焚き火に照らされたニコさんの仏頂面をチラリと見やると面白そうに笑いました。
そうすると、益々背中を丸めて顔の半分が膝の後ろに収納されてしまいました。
「俺はな、昔っから面白い物語が好きなんだよ。お前に付いて行こうと思ったのは、何も神話の登場人物に会うだけが目的じゃない。お前の事も知りたいと思ったんだよ」
アルガスさんは手近な薪をポイっと焚き火に追加しました。
ついでに吸い殻も焚き火にポイしました。
因みにこちらの煙草はフィルターなんて付いていませんので、エコです。
ニコさんも雁首をトントンと叩き灰を落としました。
「ふん、なら聞かせてあげるわ」
ニコさんはかつて、深淵王のネロさんに語ったように自分の生まれからアビスの旅について語りました。
蝙蝠での生活に、蛇の話。
ゴブリンやオイテケコボルト。
知恵の身に矛盾の実。
一番力説したのは何故かさっさと通過したはずの第五層。
特にバイオレンスゴリラのバイオレンスぶりは身振り手振りを交えて説明しました。
アルガスさんはその話を聞いてまず思ったのは「お前蝙蝠だったんかい!」という事でした。
「アンタでも瞬コロの吸血蝙蝠様よ!寧ろこれを聞いてもまだ瞬コロとか言うのかしら!?」
「いや、嬢ちゃんはなんかもう特別だろ!」
丁度ニコさんの話が終わった頃には魚も焼けて、二人は一緒に齧り付きました。
少し焦げていましたが、良く焼けていてとても美味しそうです。
「しかし、聞けば聞くほど神話にも負けない不思議な話だな。やっぱ戻ってアビスに俺も連れてってくれないか?」
アルガスさんが言いますが、ニコさんは難しい顔をしました。
それは中々に難しいお話だからです。
「それは難しいと言ったはずよ。アビスは多分太古の迷宮の下にあるんだろうけど、私は太古の迷宮をすっ飛ばして地上へ飛ばされたからアビスの入り口を知らないのよ」
「それって、結局フラウを解放してもアビスに帰れないんじゃないか?」
確かにアルガスさんの疑問はもっともです。
しかし、ニコさんはどうでもいいといった具合に、煙管に火を着けました。
「多分だけどフラウが何とかするんじゃないかしら。これがほんとの神頼みね」
「雑だなオイ!」
魚も食べ終わり、アルガスさんも何本目かの煙草に火を着けると、「あー、酒飲みてぇ」と完全にダメなおっさんになっていました。
「まぁ、月見酒ってのも乙なモノよね」
「何だそりゃ」
「あら、浪漫を口にする割に風情を解さないとは無粋ね。…月を見ながらお酒飲むのよ、多分」
「多分ってなんだよ多分って」
何だかちょっとアンニュイな雰囲気を醸し出しているニコさん。
まだ失敗を引き摺っているのでしょうか。
それとも何処かの子供に大人気なヒーローの様に、服が汚れて力が出ないのでしょうか。
「…知らないわよ、私が聞きたいわ」と、ニコさんは膝に顔を埋めて呟きました。
「まぁそれは良いんだがよ。さっき話に出てきた神の瞳だっけか?そいつは何が見えるんだ?」
「…そうね、良く分からないけど見たモノが何か分かるのよ。あと、この辺にどのくらい魔素があるか分かるわね。例えばそう、この辺の魔素の濃度は割と普通ね。あと、この石」
ニコさんは石を一つ拾い上げました。
「この白っぽい石は方解石って石ね。銅や金よりは若干固いか同じみたいね」
「ほぉん、それが本当なら学者要らずって奴だな。因みに人を見たときはどうなんだ」
「…なんとなく種族とかは分かるわ」
「いきなり微妙になったな!いや、それでも凄いが!」
まぁ種族に関しては、余程身体的特徴が他種族と似ているとか、隠しやすいとかでなければ見れば分かるモノも多いですから、微妙と思われても仕方ありません。
まぁもしこの能力をテロスの人が持っていたら、ニコさんは今頃組合の支部で事情聴取だったかもしれませんが。
「あと、なんとなくどの程度強いのか分かるわね」
「成程なぁ。因みに俺を見ると何か分かるのか?」
ニコさんは金の瞳を輝かせると、「うーん」と唸ります。
そしてニヤリと口元を歪め、アルガスさんにいたずらっぽく笑いかけます。
「私より弱い人間」
「はぁ!?」
「うふふ、仮にも私は始祖の吸血鬼様なのよ」
「元は吸血蝙蝠だろが!」
最後の言葉にニコさんは憤慨しました。
「吸血蝙蝠を悪口みたいに使わないで!!」
そう言うと、すっぽり顔を膝で隠してしまいます。
アルガスさんは「ハハハ」と笑いましたが、そのうちリアクションのないニコさんに不安を覚えました。
もしかしてマジで拗ねてるの!?という気持ちと共にニコさんへと近づいたアルガス。
そこで聞こえてきたのは何のことは無い、寝息でした。
元気がなかったのはきっと眠かったからですかね。
アルガスさんは「はぁぁぁ」とため息を吐くと、煙草に火を着けました。
「さて、嬢ちゃんが起きるまで見張りはやっておきますかね」
肺一杯に吸い込んだ煙を「ふぅーっ」を吐き出すと、アルガスさんは夜空を見上げました。
そこには満点の星空が広がっています。
そして、アルガスさんは暇潰しとばかりに一等星の数を数え初めたのでした。




