020 ニコさんと出発
コチ、コチ、コチ、コチ。
時計の音が部屋に響く音が聞こえるの。
ふと目が覚めた私は宿の天井を眺めたわ。
別に眺める意味など無いのだけれど、仰向けに寝転がっているのだから仕方ないじゃない。
どうやら少し眠ってしまったみたいだけれど、何だかとても変な夢を見た気がするわ。
曖昧に残る微かな疑問。
「私は、私よ。ニコ=ウォーカー」
ボンヤリした頭で呟いてみるけど、別にこれは当たり前のこと。
そう、当たり前のこと。
そうして私はもう一度目を閉じたわ。
「うぉ。なんだ、寝てんのか?」
規則正しく上下する胸と、わずかに聞こえる「スー、スー」という寝息。
アルガスさんが宿の部屋に戻るとニコさんは絶賛お昼寝中でした。
「まぁ、吸血鬼っていや夜行性だろうしな。昼間に活動すんのは無理してんのかね?日光で火傷するくらいだし、起きたら聞いてみるか?」
アルガスさんは「うん」と一つ頷くと、どっかり椅子に腰かけます。
「魔族っても人間とあんまり見た目の変わらん種族も多いよなぁ」
アルガスさんは眠っているニコさんを改めてよく観察します。
眠っている女子をまじまじ観察、と言うのは何ともまぁダメな感じがしますが、そこは今気にするところじゃないので大丈夫です。
事案は発生しません。
「魔族は神の嘆きによって生まれた存在。人類はその哀れなる魔族の王を討ち、神の憂いを絶たねばならぬ、か」
「神々の物語かしら?」
アルガスさんの独り言には返事がありました。
「なんだ、起きてたのか」
「今起きたのよ!」
ガバっとベッドから起き上がったニコさんは大きく伸びをすると、ピョンとベッドから降りました。
「下で女将さんには会ったわよね?」
「それがどうかしたか?」
「じゃあ、ご飯食べに下に行くわよ!!キノコ祭りが始まるの!」
ニコさんはアルガスさんがいるのも気にせずに、バタバタといつもの着物に着替えました。
流石にアルガスさんに背を向けた格好だったので、色々とアルガスさんに見えないものはありましたが、男心的には中途半端に見える方がドキドキしたりしますよね。
アルガスさんの気も知らず、着替え終わったニコさんは「さぁ!お祭り会場は一階よ!」とアルガスさんの腕を引っ掴んでグイグイ進んでいきました。
「んー、いい匂い!」
「嬢ちゃん!降りて来たかい、もうすぐ出来上がるから適当に座って待ってな!」
ニコさんは元気よく返事をすると、カウンター席にアルガスさんと並んで座りました。
暫くすると、女将さんによく似た可愛らしい娘さんがバックスペースからシチューを二皿運んできました。
歳の頃は10台前半でしょうか、気の強そうなしっかりしたお嬢さんという印象を受けます。
「おまちどー様です!キノコのシチューです!パンは今持ってきますので、ちょっと待っててください!」
「あらありがとう!お手伝い偉いわね!」
娘さんはニコさんに褒められてちょっと恥ずかしかったのか、顔を赤らめて小走りに逃げていきました。
ニコさんはというと、そんなことはお構いなし。
もう待ちきれないとばかりに目を輝かせ、木匙を握りしめています。
間もなくパンが運ばれてくれば、ニコさんはそれはもう凄い勢いで食べ始めました。
凄い喰いっぷりで、シチューはお代わり三杯平らげました。
女将さんも呆れ顔で「そんなに美味かったかい」と笑っていました。
「それじゃ、今日で部屋は引き払ってくれ。世話になったな」
「あいよ、また来た時に寄っとくれ」
「ああ、また来る」
ご飯をたらふく食べた後、アルガスさんが女将に挨拶すると、ニコさんも「また来るわ!」と宿を出て行きました。
ニコさんは次にテロスに来た時もここの宿に泊まりたい、そう思うくらいには素敵な宿でした。
さて、二人はすぐにでもこの街を出ていくつもりです。
食料はアルガスさんが既に確保しているので、この街を出ていく理由はあれど、留まる理由はもうありません。
吸血鬼騒動のこともありますし、さっさと街を出ていった方が厄介ごとに巻き込まれないはずです。
宿屋を出たニコさんはバサリと番傘を開くと、肩に軽く置きました。
空は晴れ渡り、実に旅立ち日和といった具合です。
ニコさんはまだ見ぬ景色に思いを馳せて、良く晴れた青空を睨みました。
「さぁ、行くわよ!」
ニコさんはそう叫ぶと、アルガスさんを引っ張り、旅立ちの一歩を踏み出しましたのでした。




