015 ニコさんとアルガスさん1
2022/09/08 諸々修正しました。ストーリーに大きな影響はありません。きっと。
「なにこれ美味しいじゃない!全然食べれるわ!てかこれが食べ物よ!!ふざけんじゃないわよ!」
ガヤガヤと賑わう店の一画。ニコさんは目の前に置かれた料理に舌鼓を打っていました。
ニコさんの今の気持ちは感動と憤慨が一緒くたといった具合。先日までの蝙蝠時代を思い出して「芋虫って何よ!」と叫んでしまいました。
ネロさんのところでも焼き魚くらいは食べましたが、文化的料理というのは彼女にとって初めてなのです。
「ッハハ、嬢ちゃんは芋虫喰ったことあるのかい?あれはなんつーか、慣れないとキツいもんがあるよなぁ」
遠い目でそう言うのはテーブルを挟んで正面に座っている男性です。年の頃は二十代前半といったところでしょうか。彼はニコさんが独り野菜スープを啜っているところに声をかけてきた男でした。冒険者っぽい恰好に無精髭、金髪碧眼に精悍な顔つきですが、やや目じりが下がって優男風っぽい雰囲気があります。
「何よアルガス。貴方、芋虫食べたことあるの?」
男――アルガスさんは目の前のジョッキを空けると「まぁね」と呟きます。
「昔、森で迷ったときにな。喰うものに困ってこう、プチッと」
「ふぅん。貴方も苦労してるのねぇ。あ、そこのお姉さん!こっちにエール追加で!」
ニコさんはそう言って煙管に葉を詰め火をつけます。
それを見たアルガスさんも懐からシガレットを取り出し、火をつけました。この卓の喫煙率は100%です。
「珍しいモン吸ってるな。それ、この辺りじゃ見ないが煙管ってもんだろ?昔、東の方から来た行商人が持ってたな。アンタ、着物もそうだがそっち出身かい?」
「あらやだ。女の秘密を詮索するなんて貴方モテないんじゃないの?」
ニコさんは内心の動揺を抑え、少し顔を顰めて煙草の煙を吐き出します。
「ハハ、いやすまん。言いたくないならいいが、こんな大陸の端っこで異国の服着た女が文無しで腹空かしてるなんて、一体何があったのか気にはなるだろう」
ニコさんはそれもそうかと思いましたが、さすがに事が事です。積極的に話したいとは思いません。特に、こんな人の多い場所ではなおさら。
少なくとも今はまだ話すつもりがないニコさんは「そーねー」とだけ返しました。
「にしたって、これから嬢ちゃんはどうするつもりなんだ?何か当てはあるのかい?文無しなんだろう?」
「しばらくはこの街で仕事を受けるわよ」
ニコさんはそう言って首に下げたドッグタグを見せます。
「ああ、なるほどな」
アルガスさんは「ふむ」と思案するように顎に手を当てました。
「嬢ちゃんは今ソロなんだよな?そんで、手持ちも大して無く、組合には登録したばかり。つまり、ズブの素人だ」
「まったく、どんな境遇だよ」と呆れるアルガスさんに「な、何故それを!?」と今度こそ驚きを隠せないニコさん。
「あのなぁ、ここに登録日が書いてあるだろう?」
アルガスさんがやや呆れた顔で自分のドッグタグを取り出すと、記載された日付を指さします。
「理由はどうあれ、アンタがテロスに来たのは最近だろう。んで、食い詰めた挙句、仕事欲しさに組合に登録した。そんなとこか?組合の仕事はなんでもあるが、嬢ちゃんみたいにお綺麗な身なりの女が一人で始めるにゃ、ちと難しいんじゃないのかい?」
ニコさんの着物は一見して上等な品でした。着物はこの大陸ではなく、東の方の島で発達した衣類です。東の国のどこか良いとこのお嬢様が、なんかの理由でここ中央の大陸に落ち延びたか流されたか。恐らくはそんなところだろうとアルガスさんはあたりをつけていたのです。
「というわけで、もし良ければ俺としばらく組まないか?」
「貴方と?」
ニヤリと笑うアルガスさんに訝し気なニコさんでしたが、悪い提案ではありませんでした。
ここまでの流れを考えれば、アルガスさんのこの誘いは怪しさ満点なのですが、正直なところニコさんはこのアルガスさんにどうにかされるという未来はあまり想像できませんでした。
しかし、だからといって即決するほどニコさんは愚かでも迂闊でもありません。むしろ、どちらかというと小心者です。
「何故私を誘うのかしら?」
「ここでこうしているのも何かの縁さ。俺はそういうのを信じるタチなんだよ。それに、新人に手を貸すのは先輩の務め。困ってるレディに手を差し伸べないのは男の名折れさ。俺も今は訳あって一人で活動しているから身軽なもんだ。腕にもそこそこ自信がある。お買い得だぜ?」
「縁、ねぇ」
ニコさんは頬杖ついて目を細め、アルガスさんを見やります。怪しく光る金の瞳にアルガスさんは何かゾクリとしたものを感じましたが、そのタイミングでウェイトレスが追加のエールを「お待たせしましたー」と運んできました。ニコさんはパッと顔を輝かせ、おかわりのエールで喉を鳴らします。
アルガスさんは少しホッとした様子で続けます。
「俺にも一応目的はあるんだが、そっちは割と時間が掛かる。嬢ちゃんに手解きをしながら情報を集めるってのも全然アリだ」
そう言ってアルガスさんは一冊の小さな本を取り出しました。
「嬢ちゃんは東方は東方出身だろ?そっちには無かったかもしれんが――」
「デウスデア・イストリア。神話かしら?」
アルガスさんは頷きます。
「ああ、そうだ。さっき見せた通り、俺は組合所属の冒険者だ。ああ、冒険者ってのは組合のメンバーの中でも積極的に未開地の探索やら危険な仕事をこなす者を言うんだけどな。で、俺はこの神話を追っかけてる筋金入りの冒険者ってことさ。この神話の中に出てくる地を探し、封印された神に拝謁賜る。胸が躍るだろう?」
ニコさんは「ふぅん」とビールを呷ります。
「オカルト話の類かしら?それは確かに気の長い話ね」
ニコさんはそう嘯きますが内心とても驚いています。アルガスさんが言うのはおそらくアビスやセレスティアのことでしょう。思わぬところで欲しい情報が手に入ったので思わず顔がニヤけそうです。
アルガスさんはニコさんに寄って声を潜めます。
「各地で集めた情報を統合すると、どうやらテロスの先にある太古の迷宮に深淵の王デネロス、その現身ネロが封じられているって場所があるらしい」
確かに彼の言う通り、アビスは太古の迷宮から繋がっています。ニコさんはそれを知っています。
「貴方はネロに会ってどうするつもりなの?」
「まぁ、会うこと自体が目的ってのもあるが、ちょっと訊いてみたいこともあってな」
「ふぅん」
ニコさんはもう一度アルガスさんを見ます。
アルガスさんは冒険者然とした恰好ですが、お世辞にも体格に恵まれているとは言えません。しかし、この世界には魔法や魔術と言った力もあります。外見だけで判断することはできません。
ニコさんはアルガスさんのことを知ることができますが、それは集合意識による彼の認識です。つまり、本人の主観と彼を知る者の客観的な情報です。ですが、それは必ずしも正しくはありません。他人はおろか、本人ですら知らないこともあるのです。
しかも、どういうことが誰の知ることで、ということまでは分かりません。あくまで「こういった情報がある」ということが知れるだけ。つまり、全世界からかき集めた口コミです。それでもまぁ反則級の力なのですが、結局何を信じたらいいのかというのは自分で決めるしかありません。
ニコさんはエールを呷るとグラスをテーブルにダンッ!と置き、不敵な笑みでアルガスさんを見ます。
「まぁいいわ。私もそういった話は嫌いじゃないの。付き合ってあげるわよ」
「本当か!?」
アルガスさんは椅子を蹴って立ち上がりました。
予想外に嬉しそう、というか過剰な反応だったので、ニコさんは少し驚きましたが別に悪い気はしません。
「よし、そうと決まれば……、店員さーん?エールじゃんじゃん持ってきて!食べ物も、オススメのもの全部!」
「ちょッ!?」
「いいじゃない、祝い酒よ!二人の出会いに乾杯しましょう?はい、カンパーイ!」
ウェーイみたいなテンションでニコさんは身を乗り出すと、アルガスさんのグラスに自分のグラスを叩きつけます。
結局二人はニコさんが酔いつぶれるまで酒宴に興じることとなりました。
その夜、ニコさんはアルガスさんに背負われて彼の宿まで運び込まれました。
宿に確認すると部屋の空きはありませんでした。なので、アルガスさんは彼が借りていた部屋にニコさんを連れていき、そのままベッドに放り投げました。まさにお持ち帰り状態です。アルガスさんにそんなつもりはありませんでしたが、宿の女将には「うちは逢引き宿じゃねぇよ」とジト目で見られました。
「あー、ったく。よく飲んだなぁ、この嬢ちゃん」
アルガスさんはようやくと言った心地で一息ついて椅子に座ります。
「……智、ねぇ」
アルガスさんは訝し気な顔でベッドの上のニコさんを見ます。無防備な寝顔は頬が少し赤く火照っています。スースーと寝息で上下する胸は、ほどよくはだけた着物のお陰で月光に白く輝いています。
アルガスさんは溜息をつき、なんとも言えない顔でブランケットを持って近づきました。目の毒なのでかけてやろうというのです。
すると、ニコさんの目がうっすらと開きました。
「紳士なのねぇ」
「なんだ、起きてたのかよ」
ニコさんは「寝てたわよ」と億劫そうに上体を起こします。言う通り、ニコさんは本当に眠そうにあくびをしました。そして、乱れた衣服もそのままに煙管を取り出します。
「少し、話がしたいのだけど」
「話?改めてなんだ?」
「あんなところじゃ誰が聞いてるかわからないもの。少し話すのも憚られたのよ」
そう言ってニコさんはアルガスさんに笑みを向けます。
燻る煙。わずかに光を湛えた彼女の瞳。
アルガスさんはどこか妖しい雰囲気に息をのみます。そして、彼の中にあった期待がむくむくと膨れ上がるのを感じました。
「貴方、ネロに会いたいのでしょう?」
「ああ」
ニコさんはギシッとベッドを軋ませ、猫のようにアルガスさんの方へ。そして、彼は無意識に彼女から一歩距離を取ります。今やアルガスさんは突如として変わってしまった雰囲気に完全にのまれてしまったのです。
「じゃあ、貴方はマグマを泳ぐ漆黒のドラゴンに勝てるかしら?大木をへし折り振り回す猛獣には?」
「……何を?」
「私がネロの封印の地、アビスから来たと言ったら信じるかしら?」
ニコさんは笑みを深めました。
「私は深淵の王デネロスの現身、アビスの囚人にして管理者であるネロの使い。ニコ=ウォーカー。彼の者により見出されし始祖の吸血鬼よ」
リンリンと響く虫の声がどこか遠く。
驚きに顔を染めるアルガスさん。したり顔のニコさん。
二人の夜はまだ始まったばかりです。




