012 ニコさんと太古の森
2022/08/29 諸々修正しました。全体のストーリーには大きな影響はありません。ないはずです多分。
ネロさんに地上まで転送してもらったニコさん。送られた先は青々と生い茂る森でした。
どうやら迷宮の入り口すぐそばのようで、後ろを振り向けば巨大な鉄の扉がありました。
「ふーん、太古の迷宮?ああ、アビスってここの下にあるのねぇ」
鉄の扉に触れながらニコさんは呟きました。
「それにしても、ここってあそこみたいな感じじゃないわよね」
辺りをキョロキョロ見回すニコさん。景色は少し異なりますが、緑深い森というのはついついアビス五層の凶悪な空間を思い出してしまいます。
しかし、どれだけ耳を澄ませても五層でよく聞いた暴力的で破壊的な音は聞こえません。ひとまずは安心しても良いかもと、ニコさんは一つ溜息をつきました。
さて、ニコさんの目的はフラウさんの解放です。ニコさんは顎に手を当てしたり顔で頷きました。
「ひとまずはセレスティアの情報を集めないといけないかしら」
まずは人間の町を探してみよう。そう思ったニコさんは迷宮の入り口から伸びている道を歩き始めます。そして、冒険への第一歩を踏み出し、日向に出た瞬間――。
「熱ッ!?」
燦々と降り注ぐ太陽の光がニコさんを焼きました。
「ほわぁぁぁッ!!なんじゃこりゃあ!?」
ブスブスと煙を上げる右腕を涙目でフーフーするニコさん。そして彼女は思い出します。そうだ、私吸血鬼じゃんって。
「うあぁぁ、マジかぁぁぁ。私これ、外歩けないじゃないのぉ」
ニコさんは頭を抱えて考えました。
彼女が取り得る選択肢は二つ。日向を避けて移動するか、日が落ちてから移動するか。日光がダメなら、恐らく後者が妥当でしょう。急ぐ旅でもないので、無理矢理進むこともありません。しかし、ニコさん的にはそんな夜だけ生活は嬉しくありません。昼間に動けなければ情報収集も難しくなります。
ニコさんは日光に晒された腕を見やります。焼けてしまった腕は真っ赤な火傷のようにはなっていますが、端の方からジワジワと治っているようにも見えます。
太陽でいきなり灰になるということはなさそうですし、燃えてしまったら回復できないという最悪の自体でもないようです。
「んー、肌を隠せれば大丈夫なのかしら。紫外線的な何かがダメってことで、何かに隠れてればオーケー?」
ニコさんは日の光を避けるため一度迷宮の中に入ると、適当な安全地帯を目指しました。
見つけたのは袋小路になっている小さなフロアで、ニコさんはそこで魔法を使います。今の姿はベアトップにカリプソパンツ。外を歩くには肌が出すぎています。
しかし、ニコさんは魔法初心者。ネロさんの手伝いがあってようやく小さな爆発を起こせただけなので、物体を作るというのは中々に難易度が高いように思えます。
しばらくの間、ニコさんは魔法に没頭しました。
はじめのうちは魔力を塩や水など単純な物質に変質させ、それに慣れてきたらもう少し複雑なものを。そうして色々な壁を乗り越え、ニコさんはとうとう限定的にはですが自分のイメージしたものを生み出せるようになりました。
迷宮の中でひたすらに作業をしていたので、どのくらい時間が経過したのかは判然としませんが、ニコさんのお腹はすっかりペコペコです。ずっと魔法で生み出した水と塩で凌いでいたので、それはもうペッコペコです。
そんな空腹状態でしたが、ニコさんは達成感のある笑顔を浮かべて目の前の制作物を眺めます。
「さて、これでどうかしら」
露天商宜しく並べられたのは、梅の花を散らした紫色の番傘、夜闇に咲く桜が描かれた和服、伴って下着やら足袋やら羽織やら。それから下駄、喧嘩煙管、刀、背負い鞄。なにやら大量に作っていました。魔法超便利です。
早速新しい服に着替えたニコさんは何故か馴染み深い感触に顔を緩め、ネロさんからもらった服を鞄に入れて迷宮の外へと向かいました。
迷宮の外は夜でした。リンリンと鳴く虫の声や、蛍のような虫の光が夜の森を賑やかしています。
空は晴れ渡っており、月や他の星々の光が空に輝いています。元々夜目が効くというのもありますが、なんとなくこの世界の夜は明るいなぁとニコさんは思いました。
そんなことを思っていると、ニコさんは胸にぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じました。
「この、なんか変な寂寥感というか郷愁というか、なんなのかしら。私ってなに?」
ニコさんが何だか哲学的なことを考えはじめ、センチメンタルな気分に浸っていると、遠くで「ウォォォォォォン」と狼の遠吠えが聞こえました。
それも、一匹ではなく二匹、三匹と増えていきます。
ニコさんは増える遠吠えにいちいち肩を震わせて辺りを警戒します。
「結構遠くの方みたいだけど、ここは狼がいる森なのね?」
そう思っていると、ニコさんの横からガサガサと草を掻き分ける音と、狼の唸り声が複数聞こえてきました。
「うおっふ!で、出たわね!?」
ニコさんは慌てて上空に飛び上がると、そのまま木の上に退避します。
実際のところ、吸血鬼がただの狼に噛みつかれたところで大したことはないのですが、そんなことは知ったことはありません。自分の体の頑丈さもよく分かっていないので全力で逃げるのです。つい先日まで蝙蝠だったニコさんは、その頃の慎重さを簡単には捨てません。
「クッ、いきなり出てくるなんていい度胸じゃない!ああ、エコーロケーションがないと不便ね!この姿でもできるのかしら!?確か人間でも訓練すればできるんだっけ?後で試してみようかしら。でも今は狼をどうにかしないとかしら」
三匹の狼がニコさんのいる木の下で唸り声を上げています。このままでは降りることができません。
幸いにもニコさんには翼があるので空を飛んで森を抜けることはできます。できるのですが、小心者のニコさんは吸血鬼の評判というものが気にかかって実行に移せません。
「吸血鬼ってバレたら人間に殺されるかもしれないわ。鼻の穴にニンニクを詰められて、心臓に杭ブッ刺されるのよ」
想像するだに恐ろしい。少なくとも吸血鬼の社会的地位が分かるまではやたらと正体を明かす危険は冒すまい。ニコさんはそう思いました。
しかし、地面に降りるにしても、眼下で待ち受ける狼トライアングルをなんとかしないといけません。さぁ、どうしたものか。
少し悩んだ結果、ニコさんはそういえばと手を叩きました。
魔法を使うことも考えましたが、もっと簡単に、そう、自分が蝙蝠のときに使ってたアレが使えればいいのよ。
ニコさんは一度上空へ飛び上がり、狼たちに向けて口を開きます。そう、衝撃波です。最終的にはレーザー砲のようになっていた衝撃波(?)を狼にぶつけてやればよいのです。
ニコさんは思いっきり衝撃波をぶっ放しました。
「――――ッ!!!」
吸血鬼になった今、それはまるで雷のような轟音と夜の森を昼間にしてしまう程の光を撒き散らし、直撃地点半径数メートルを消し飛ばしていました。もちろん、狼など跡形もありません。
はっきり言って予想外の威力です。ここまでの威力があるとは当の本人も思っていませんでした。
破壊の爪痕を上空から眺めたニコさん。ちゃんと用心して距離を取った自分を褒め称えつつ、冷や汗を流しています。
「これはそうね、究極奥義ということでしばらく封印かしら、なんて。うふふ」
ニコさんはそこから少し離れたところまで逃げると、素知らぬ顔で夜の森を歩きはじめました。超速足で。




