010 ニコさんと魔法
2017/08/20 天空の王を天海の王に変更しました。物語に影響はありません。
2022/08/29 諸々修正しました。全体のストーリーには大きな影響はありません。ないはずです多分。
ニコさんとネロさんは、ニコさんが最後に辿り着いた南国っぽい島にいました。
ネロさんはリゾート感溢れるアロハシャツとハーフパンツ。ニコさんも全裸ではなく、黒いベアトップに赤いカリプソパンツ的なものを身に着けています。
二人がここで何をしているかというと、ニコさんは魔法の練習、ネロさんはそれのコーチングでしょうか。ネロさんがニコさんにとあるお願いをする代わり、ネロさんはニコさんの願いを一つ叶えることになったのです。
はじめ、ニコさんはネロさんのとある指輪を所望したのですが、それはすげなく却下されたため、魔法を教えてもらうことにしました。
ちなみに、この世界には魔術と魔法が明確に分かれています。
魔術は人間などの種族により体系化された魔法です。魔力と呪文や魔道具、魔法陣などを使い、特定の現象を特定の手順で発生させるための技術のことを指します。つまり、魔術とは世界に認められた公式の魔法ということになります。
このことから、魔術も魔法の一部であると言えますが、一般的に魔法というと魔力と強固なイメージを使った原始的な方法で物体や現象を生み出す神の力に等しいものです。
魔法は魔術よりも自由度が高いですが、難易度が桁違い上がります。なので、使い手はほとんどいません。魔法を扱うには事象や物体に対する理解やイメージ力が必要ですし、魔力のコントロール技術も必要です。
「あー、全ッ然上手くいかないわ!私物理とか化学とか結構苦手だったのよ多分!脳が、脳がァァ!」
ニコさんはニャナの木の実とマヤの木の実を食べ、あらゆる知識を得るための力と魔素や魔力を見る力を手に入れています。彼女の金色の右目はそれらの力を宿した神の瞳です。そのお陰で、ニコさんは魔法使うのにかなりのアドバンテージを持っていると言えます。
しかし、かといって一朝一夕でできるわけもありません。ネロさんに何度か手本を見せてもらい、ニコさんはそれを元に訓練しているのですが、訓練を始めてから数日、芳しい成果はありませんでした。
「其方、変に難しく考えておらんか?事物を理解することは大切じゃが、何よりも魔力の操作とイメージが重要でおじゃる。望み、願い、祈れ。イメージしろ、魔力がソレとなるように。魔力の制御さえできれば余程複雑な物体を作ろうとせん限り、自然現象を誘発するくらいは簡単にできるでおじゃろう。其方のその目はなんのためにある」
ネロさんはビーチにパラソルをさしてビーチチェアに寝そべり、暢気にカクテルを啜っています。これらは全部ネロさんが魔法で生み出したものです。まさに何でもありの魔法です。
ニコさんはそんな優雅なネロさんを妬ましそうに一瞥すると「ムキー!」と頭を掻き毟りました。
「まぁ落ち着け」
ネロさんが何でもないように手を振ると、テーブルとビールの注がれたジョッキが、まるで元々そこにあったと言わんばかりに現れました。
ニコさんは砂浜からバッと立ち上がると、ネロさん――もといビールの元へ。ジョッキをひったくるとゴッキュゴッキュと喉を鳴らします。
「ぷわーッ!美味い、もう一杯!」
「良い飲みっぷりでおじゃるなぁ」
ネロさんは呆れながらも指先からビールを注ぐ。
「人間ビールサーバーね。なんて羨ましい!」
「褒め称えるが良いぞ」
「ハハー!素晴らしき御業にございますネロ様ー!」
「調子の良い奴でおじゃる。まぁ、魔法を極めればこの程度造作もない」
二杯目のビールをこれまた豪快に飲んでいると、ネロさんは「ちと見ていろ」と人差し指を立てる。
「良いか?例えば、物体が燃えるというのは燃焼という現象が発生していると言える。燃焼というのは酸化反応、つまり、酸素という空気中に漂う原子――まぁ目に見えぬほど細かな粒子が他の物質と結びつく現象を指すのじゃが、その酸化反応が起こる際に生み出されるのが光と熱、つまり火なのでおじゃる。魔法で火を起こすときは、周囲にある酸素と他の可燃性のガスや物体を強制的に結合させ、この燃焼という現象を起こすのじゃが、このとき、可燃性のガスは魔力に代替させる。つまり、魔力を可燃性ガスに変換するのじゃ。実際に行うのは魔力を構成する魔素をにその可燃性ガスの原子の役割を担わせるということじゃが、正直に言ってそこまで細かにコントロールする必要はない。そんなもの、創生神が世界を生み出すときに使う原初の魔法でおじゃる。量子レベルから物体の構成をプログラムなど、いちいちやってられぬわ。面倒くさくて適わんでおじゃろう。故に、もう少し荒い物質や現象のレベルでイメージいても十分通用するようになっておる。つまり、こうして指先から魔力を流し、ガスに変換。静電気などで発火させれば――」
ネロさんの指先に火が点ります。
「……よくわからない」
「例えばほれ、ここに魔力を集めてみよ。其方は神の目で魔素と魔力が見えるのじゃ。魔素は大気中の万能原子。魔力己が掌握した魔素じゃ。通常、生物は大気中の魔素を取り込んだり、自身で魔素を生み出す。これらの魔素が己の魔力となるでおじゃる。しかし、お主は魔素が見える。己の魔力で周辺の魔素に干渉し、それをそのまま己の魔力として使うことができるわけじゃ。ほれ、其方の意志で魔力を動かし、その辺の魔素を掌握し、集めてみぃ。すべてはイメージじゃ」
ニコさんは「ぐぬぬぬぬ」と額に汗を滲ませながら集中しました。かなりの集中が必要ですが、ゆっくりと、しかし確実にニコさんは魔力を動かすことができています。
「良いぞ、魔力を集めたなら、今度はそれが可燃性のガスであると信じよ。火をつければ燃える気体、それがそこにある。心のそこから信じ、イメージするのでおじゃる。魔力が変質し、それを成すぞよ。其方の望んだとおりに現実を書き換えよ」
「ガス、ガスガス、メタン?ブタン?」
ブツブツと呟きながらニコさんはイメージを強固にしていきます。若干ぶれている気もしますが。
「良いぞ。では、そこの魔力の一部がスパークするのをイメージするのじゃ。小さな雷でも、火が起こるさまでも。そして、それを事実として認識せよ」
ニコさんのイメージの中でパチリと静電気が起こった瞬間、ニコさんの魔力はそのイメージに感応し、ほとんどの誤差なくそれを現実としてガスに引火。ボッ!と音を立てて空気が爆発すると、オレンジ色の焔が咲いて、黒煙があがりました。
「うわぁ、びっくりした!」
「魔法の肝はイメージと意志の力でおじゃる。今の感覚を覚えておくがよい。あとは組み合わせにしか過ぎぬ。うむ、免許皆伝、免許皆伝」
ネロさんは「ようやくでおじゃるなぁ」と感慨深げに頷くと、残っていたカクテルを飲み干しました。まぁ、飲んだそばから魔法で湧き出るエンドレスカクテルなのでグラスを置いた瞬間即補充されてるのですが。
「さて、では今度は麿の願いを聞いてもらおうかの」
ネロさんがそう言うと、ニコさんははしゃぐのをやめて彼の方を向きました。
ネロさんは咳払いを一つすると話始めます。
「麿の願いというのはじゃな、麿と同じく迷宮に閉じ込められたフラウを解放し、ここに連れてくることでおじゃる」
「ん?迷宮ってアビスのどこかってことかしら?ネロは管理者なのでしょう?自分で解放すればいいじゃない」
「残念ながらフラウはここに居らぬ。セレスティアなる迷宮に居るわ。其方の言う通りここであれば何とかなったやもしれぬが、そうでない以上それは適わぬということ。麿はここから出れぬ」
そう言ってネロさんは首のチョーカーに触れます。
「コイツがちと特別製でな。コレのお陰で、我はこの迷宮より外に出れぬのでおじゃる。そしてコレは我より他の神にしか外せん。故に、まずはフラウを解放せねばならぬ」
「神?」
「ああ、言うてなかったか。麿は神ぞ?畏れ奉れ」
「いや、今更神と言われてもねぇ。感謝はしているわよ」
ニコさんはやや顔を引きつらせていますが、ネロさんは特に気にした様子もなく鷹揚に頷きました。
「フラウにも同じく封印が施されておる。が、蝙蝠よ。其方には麿がその肉体を授けた際、麿の因子を埋め込んだ」
「え、何それ!何してくれちゃってんの!?」
「埋め込んであるからして、其方がフラウと出会いさえすれば、麿が彼奴の封印を解けるという寸法よ」
ネロさんはニコさんの抗議をあっさりと無視して「ホッホッホ」と上品に笑いました。
「とにかくじゃ、これを持ってセレスティアに向かえ」
ネロさんが渡したのは二つの石です。
「これは迷宮を開く鍵となる。こちらの方は、其方の様な歪な在り方をした魔物を適当な器に昇華させるためのものでおじゃる。其方のような存在が他におらんとも限らん。其方の目に適うモノがいたならそいつをくれてやるがよい。餞別でおじゃる」
「分かったわそれで、セレスティアってどこにあるの?私、外のことは全然分からないけれど」
ニコさんはその二つの石を預かると、「ふぅん」と言って疑似太陽の光に透かせてみました。迷宮の鍵に関しては鍵としかわかりませんが、もう一つの方はどうやら特殊な魔石のようです。
「セレスティアについては麿も詳しい場所は知らん。外の者たちに尋ねるが良かろ」
「そう、仕方ないわね」
ニコさんはググーっと伸びをすると、青く広がる海の方を眺めました。
「外までは麿が送ろう」
「ありがとう。世話になったわね」
寄せては返す波の音が耳にニコさんは少しばかり寂しさを感じながら外の世界に思いを馳せます。
「蝙蝠よ。其方にはウォーカーの名を与えよう。この世界を歩むモノに祝福を」
「じゃあ、私はニコ=ウォーカーね」
「フラウを頼んだぞよ?」
ネロさんがそう言うと、ニコさんは笑顔で振り返ります。
「ええ、神様のお願いなのでしょう?この私に任せておきなさい!」
ネロさんも口の端を少しだけ持ち上げ鷹揚に頷くと、ニコさんを外へ運ぶための魔法を発動しました。ニコさんの体が光に包まれていきます。
「ではな。達者であれよ」
ネロさんは消えていったニコさんの方をしばらく眺めていましたが、一息つくと少し疲れたようにビーチチェアに沈みました。残っていたカクテルを飲み干すと、そのグラスにはもうカクテルは補充されませんでした。
「さて、どうなることやらな」
ネロさんは腰を上げてその場を去ろうとしましたが、何かに気付いたようにふと海の方へ目を向けます。彼の視線の先には海を泳ぐ二人の人間。それと、一匹の蛇がいました。
「これは……」
長い間誰も来なかったこの空間に、この短い期間で複数の来客があるなど、ネロさんにとっては信じられないことです。彼はわずかに口角を上げると「やれやれ、千客万来じゃの」とビーチチェアを軋ませました。




