第三話 幼馴染て大切ですか?
滝をお姫様だっこしたまま器用に右手を伸ばし、少し開かせ足を挟むと一気に開いた。
「ちょっと! 雑にあけないでよ!!」
「じゃあ降ろしていい?」
「なんかもったいないから嫌…………」
「よくわかんないけど、じゃあ降ろさないよ、にしても細かい事気にしすぎだと思うよ」
はにかみながら注意を受ける滝は図星だったのだろう、手で顔を隠した。そんな滝の様子に、追及はせずに、滝の両親に挨拶しようと周囲を見渡すが人気がなかった。
「あれ? まだ帰ってないのかな……?」
「きっと、帰り途中とかじゃないか?」
「それか、たぶん残業かも」
色々憶測したが、軽く考えるようにし、道也は滝の部屋であろう場所に向かった。玄関からすぐの階段を上り、右に曲がった奥の部屋が滝の部屋だったはず、道也は特に確かめもせずにそのドアの扉を開いた。
10年前に入ったきりだった道也は不安だったが当たっていたらしい。
実に女の子らしい部屋とは言い難いが、うさぎの人形などが置いてあったりしてガサツとも言えない部屋だった。
「よくわかったわね、もう何年も来てなかったのに」
「俺、記憶力は良いんだ、結構昔の事覚えてるよ、さすがに赤ちゃんの頃は覚えてないけどね」
「そう、てゆうか部屋に着いたんだから降ろしてよ!」
思い出したかのようにわめく滝にはいはいと言うと、道也はベッドに降ろした。
滝はベッドにすぐさま横になると、毛布を頭まで掛けた。
「感謝くらいしろよな、まったく」
「あり…………」
ため息を着いて出ていこうとした道也の耳に滝にしては珍しいしおらしい小さい声が入ってきた。
だが、この状況だ。大体道也には何が言いたいかは分かった。だが、素直に受け止めるのもつまらないと思い、意地悪く聞き返してみた。
「え? 聞こえないなぁ? もう一度頼むよ! ほらこんな風に大きな声で!!」
「うるさい!! ありがとうって言ったのよ!!」
やっぱり当たった。わざとらしく大きな声で聞くと、滝もさらに大きな声に返す。道也はそれで満足すると、ニコニコしながら滝のベッドの端に座った。
「何勝手に座ってるのよ」
「え? だめ? さっき何があったんだろうって思ってさ」
道也の言葉に滝は恐怖が蘇ったのか手が震えだした。
「あぁ、ごめん、悪気は無かったんだ、手つないであげるから」
「良い、握らないで、大丈夫だから」
「そんなこと言うなよ」
滝の制止も聞かずに滝の手を握った。滝の手は冷たくひどく震えていた。少し強めに握ると落ち着いたのか、震えが少し止まった。
「大丈夫って言ってるのに…………大胆だね、女の子とかにいつもこんな事してるの?」
「え!? しししたことない! ほんとだよ!?」
冷静にそして大胆に接していた道也に綻びが見えた。少し顔を赤らめながら否定する道也に滝はクスッと声を出して笑った。
「意地悪な事聞いてごめん、あんたみたいなちっさい不良、誰も相手なんかしないわよね」
クスクスと笑いながら指摘した滝にムッとした。
「そんなことないよ!? 俺にだって女の子の一人や二人寄ってくるよ!」
道也の必死ぶりに滝はニヤニヤした。先程までの冷たい態度は成りを潜め、とても楽しそうだった。
「それ絶対、あの銀髪バカと一緒に居る時でしょ」
「な、なんでわかったの!?」
「あんたより馬鹿だけど、あの体格であの顔ならどんだけ馬鹿でも女の子は付き合ってみたくなるのよ」
大吾は180の大柄で体つきもガッチリして、顔も目が怖いだけで全体的に見ればイケメンだった。道也も体はガッチリしているが大吾よりは見劣りしてしまうだろう。なので、必然的に一緒でつるんで声を掛けられるのは全部大吾だった。
「知ってたけどさぁ、俺もあれくらい身長欲しいよ・・・」
非常な現実に打ちのめされた道也は項垂れてしまった。
「でも、私は…………」
「え?」
項垂れている道也の耳に小さい声が入り込んでくる。だが小さすぎて聞こえなかった。声の元である人物を見ると毛布を頭から被ってもぞもぞとしていた。
「大丈夫? 滝ちゃん? 具合悪いの?」
「う、うるさい!!! これでも食べてなさい!!」
滝は、毛布から真っ赤な顔を出すと、一つの小さい紙袋に包まれた物を投げた。道也は器用に片手で受け取ると、訝し気に眺めた。
「なにこれ? 黒飴?」
「さぁ? わたしもさっき河川敷で貰ったのよ」
ぶっきらぼうに言う滝に道也は一つ疑問を覚えた。
「そういえば、滝ちゃんてどうしてあんなとこ居たの?」
「え!? べべべべつに深い意味なんてないわよ! 散歩よ! 散歩!」
焦り方が尋常ではないが、道也はこれ以上聞くとまた怒られそうだなと思い、「そ、そうなんだ! 健康的だね!」と適当に返した。滝はわかればいいのよと言うと、自身のポケットからもう先程道也に投げた物を二つ取り出し、開けようとした。
「いいの? 知らない人から貰ったものほいほい開けて」
「良いの良いの、くれたのは可愛い女の子なんだから、さっき金縛りにあった時はあの女の子のせいかと思ったけど、今、落ち着いて考えてみたら触られたし、飴玉だって貰ったんだから幽霊なわけないよね」
「え!? さっき止まってたの金縛りなの!? それに幽霊!? 滝ちゃん寝てたの!?」
道也はさらっと出された非日常な単語に驚愕した。
「寝てたわけないでしょ……それ以外に言えなかったから言っただけ、たぶん、猛ダッシュしたから疲れてたのと日ごろの疲れで息苦しくなってそういう症状が出たんだと思う」
「にしても幽霊か……うん、病院行こうか? 着いてくよ?」
「なんか別の意味に聞こえるのよね、その言い方……、本当に幽霊にあったわけじゃないわよ、ただ、さっきのこともあるし、その女の子、妙に大人びてて、格好もお嬢様って感じだったからもしかして幽霊だったんじゃないかなって思っただけよ」
滝の説明を聞いて道也は心配したが、その前に聞かなければならない本題があった。その話にもリンクするし、空気が和んでいたせいで聞けなかったことだ。
「そういえば、どうしてそんな症状が出ちゃうくらい猛ダッシュして俺から逃げたの?」
すると、さっきまでの赤くなっていた顔が一瞬で強張った。だが、それもすぐに元の表情に戻る。
「いや、わたしも昔の事にこだわりすぎてたのかも、あんたと喋ってるとどうでもよくなってきたわ」
「なにそれ、つまり教えてくれないってこと?」
「いつか教えてあげるわよ」
道也は不満だったが、滝はもうこれでおしまいといった雰囲気を漂わせていたので道也も諦め、飴玉に目を移した。
「ねえ、これ、すっごいきれいじゃない?」
感嘆した声を出した滝の方を見ると、滝の手には先程まで紙袋に包まれていた飴玉が現れていた。
滝の手に持たれていた飴玉はとても飴玉には見えなかった。まるで青い真珠のようだった。表面はスベスベとしていて下手に触れたら壊れそうだなと道也は思った。
「それ本当は飴玉じゃないんじゃ……」
「私もそんな気がしてきた……」
道也は飴を見ながら逡巡すると、いい考えが思い浮かんだ。そして、滝を見据え、ニコッと微笑んだ。いかにも胡散臭かったんだろう滝は眉毛を逆八にして見てくる。
「おい、あああああて言って見てよ」
「は? なんで?」
「いいから早く」
「? ああああああああんぐっ!?」
道也の言うとおりに間の抜けた声を出すと、突然口に何かが放り込まれたのだ。
一瞬鳩が豆鉄砲食らったような顔をした滝だったがすぐさまジタバタしながら口を押さえると道也を睨んだ。
「ちょっほ! なにするろよ!!」
「え? なんだって??」
「んがああああああ!!!」
憤怒の顔に変化させた滝は上半身だけで道也に飛びかかった。だが、道也は悠々と滝のおでこにビンタした。多少強かったのだろう、滝は思いっきりおでこを押えた。
「いった! ゲホゲホ! ん!? あっ!? 思わず飲みこんじゃったじゃない!」
「え? まさか飲み込むなんて思わなかったよ、吐ける?」
「吐けたとしてもあんたの前で吐くわけないでしょ!!」
悪びれない様子にイラッとしたのだろう滝は道也を睨んで枕を振り下ろした。一心不乱にまるで悪霊退治をしてるかの如く、枕で道也の顔を叩いた。
「んがっ! 痛いよ!! 滝ちゃん!!」
「自業自得よ! 少しは反省しなさい!!」
まるで鈍器のように枕を叩きつけられた道也は、罪滅ぼしとして多少の痛みがあるものの所詮は枕だったため、避けずにそれを食らっていた。
すると、気が済んだのか、滝は枕を息を吐きながら膝の上に置いた。
「ぜえ、ぜえ、はぁはぁ」
「さすがに疲れた? 滝ちゃん? あんなに暴れるからだよ、俺も食べるから許してよ」
そんな息が切れるくらい振ってたのかと道也は苦笑いし、飴玉を口に放り込む。
「良かった、本当に飴だよ、これ、しかも結構おいしいけど、何味なんだろ?」
飴玉はすべすべして、噛むと何かがはじけて口の中を幸せにしていった。
「え、ほんとにおいしいよこれ! 滝ちゃん、もうひとつたべてみ……滝ちゃん?」
頬を緩ませながら滝ちゃんを見ると、様子が変だった。未だに息切れをしていたのだ。
そんな様子にふと道也は変に思った。滝はバスケをしているし、人一倍の体力バカだ。この程度で疲れるはずがない。それに様子も変だった。
「滝ちゃん? ねえ! 滝ちゃん!?」
「はぁはぁ、ぜえぜえ、げほっげほっ!!!」
道也の心配も束の間、滝は大きい咳を発しだし、ついには止まらなくなっていた。
そん様子に道也は、言葉も発せずに慌てて滝の部屋を出てすぐの固定電話に向かった。
「もしもし! 救急車ですか!? 友達が急に喘息を! 止まらないんです!」
だが、何度呼びかけても、救急車は出ず、受話器からは何の音も発しなかった。
「くそっ!! なんでだよ!!」
道也は救急車に電話するのを諦めると、急いで滝のそばに戻ろうとし、自然に駆け足になる。幼馴染の事をこんなに心配したのは初めてだった道也は足元の注意を怠り、階段の上で転げそうになったりもしたが、何事もなく滝の部屋のドアを開いた。
道也は現実その扉の先が道也の日常を壊す始まりであるということをまだ道也は知らなかった……。