第二話 おばけっているんですか?
道也の幼馴染であり、一度、道也に拒絶された滝は迷っていた。知らぬ存ぜぬを決めて帰ってきたものの、少し心配になってしまっていた。
そして、悩んだ末、もう日も沈みかけ、暗くなる手前であったが、滝は無意識に河川敷に向けて歩き出していた。
「ちょちょ、私何してるんだろ、そうよ! 私! 道也の事なんかもういいじゃない!! たまに顔合わせるだけの幼馴染を助けるなんて馬鹿みたいなことしないよいけないのよ! 逆にあいつが少年院にでも入ったら私は自由よ!!」
という言葉を羅列しながらも、河川敷に着いてしまった滝は己のアホさ加減を呪った。そして、来なければ良かったと思った。クマのような男ををつま先蹴りでノックアウトしていたのだ。
「いやー! 私もう疲れてるんだわ!! 帰って風呂入って寝よ寝よ!」
滝はすでに現実逃避を始め、河川敷から立ち去ろうとしたが、こちらに向かってきた人物によって現実に引き戻されてしまった。その人物は足を止めると、ワンピースの裾を持ち上げ、会釈した。
「お嬢さん、ごきげんよう」
「え、えっと、私の事ですか?」
「あら、他に誰が居るかしら? もしかして幽霊とか見えてしまうのかしら?」
目の前で優雅に笑ったのは小学生くらいの少女だった。綺麗な黒いワンピースを着用し、顔立ちも子どもながら気品に溢れていた。滝はその雰囲気に押され、敬語にになってしまう。
「い、いえ!私しかいません!むしろ私以外いません!!」
少女の上品すぎるオーラに押され、滝は慌てて言葉を紡ごうとするが少しヘンテコな答えになってしまう。滝はあわてて次の言葉を発しようとしたが、少女は間髪入れずに笑い出した。
「うふふふ、お嬢さん、あなたポジティブね、この世に私しか居ないなんて余程のポジティブな人か、変人よ?あら、もしかしてお嬢さん変人?」
「いや、世界に私だけってそこまでは言ってないかな!?・・・・・・でもある意味変人なのかも」
こんなところに疎遠になって何年も経つ不良の幼馴染を心配してわざわざ来るなんて頭がおかしいとしか思えない。そんな所を加味すると自分は十分変人なのかもしれないと思った。少女は思い悩む滝においでおいでというように手を扇いだ。滝は考えるのを止め、キョトンとしながら近づいた。
「悩める子羊には正しき道を授けましょう」
何もかも包み込むかのような優しい声で滝にそう言うと、不意に掌を開けた。乗っていたのは飴玉が三つ。黒い透明な包み紙に入っており、中身が丸状以外何もわからなかった。
「関西のおばちゃん…………?」
「私の姿を見て、おばさんと呼ぶとはあなた、やはりどこか病院に行くべきだと思うわ、うふふ」
「あ、ごめんなさい、うちにおばさんが関西に住んでで、よく飴をくれるもので・・・」
謝ってはみたが失言だったと思った滝だが、少女は相も変わらず上品な笑みで意にも介してないかのように滝の眼前に行くように掌を上に突き出した。
「あら、そうなのね、じゃあ私もその〈かんさいのおばちゃん〉だと思って受け取ってはもらえないかしら?」
「あなたより私の方がおばさんだと思うけど…………」
自虐をしながらも滝は少女の手の平から飴玉を受け取ると、しゃがんで少女に「ありがとうね」と言った。少女ははにかみながら何かを言おうとしたが、どこかのバカの大声で少女の声はかき消された。
「滝ちゃん! そんなところで何してるの!」
後方から大きな声が聞こえた。道也たちが気づいて話しかけてきたのだ。後ろを見ると道也たちは謎のアタッシュケースを持って帰ろうとこちらに歩いてきていた。
「み、道也くん! ひ、久しぶり! いやぁ、奇遇ね!」
「そんなところで一人で居てどうしたの? さんぽ?」
「へ? 一人じゃないよ? ここに……あれ?」
道也に一人と指摘され、何を言ってるんだと思った滝が振り向くとそこには誰も居なかった。周りを見渡しても誰もおらず、滝はちょっとした恐怖感に鳥肌を立てた。だが、飴玉は確かにあった。滝は握りしめた飴玉をジャージのポケットに突っ込んだ。
「もしかして、滝ちゃん、幽霊でも見たんじゃない?」
「こ、怖いこと言わないでよ!!」
道也の軽口に顔を真っ青にしながら文句を垂れると、道也はニシシと口を三日月にして笑った。滝は相変わらず道也の笑った顔が可愛いいと思ってしまい真っ青な顔が赤面してしまう。
「な、なによ! 幽霊なんかいないんだから!」
「いや、滝ちゃんの必死な姿なんて見るの幼稚園以来だなって思ってさ」
「まともに喋るのもよ……」
滝は思い出したかのように苦渋の表情を浮かべる。急に話しかけられ、先程まで話していた少女が消えたせいで道也に対する警戒心を解いてしまったのである。いつもなら、素っ気なくして帰るところだ。
「おいおい、道也に女が居るなんて初耳だぜ? 黙ってたなんてひでえやつだな」
後ろで静観してた大吾が、ニヤニヤしながら道也に絡む。道也は迷惑そうに大吾の肩を小突いた。
「ちがうよ、幼馴染だよ、俺の事シカトしてる幼馴染居るって言ったでしょ」
「あぁ、あの胸が発達したっていう……なかなかだな」
「ば、ばっかじゃないの!! この変態!!」
大吾の目線がジャージを膨らませている部分に移行する。滝は赤面をさらに真っ赤に表情を変えると罵声を浴びせた。
「ははっ、わりいわりい、でも話と違って仲良さげじゃねーの?」
「そうだよ? 元々仲良かったよね? 俺、よくいじめられててそっちの組まで遊びに行ってたし…………」
「そうね、そしてあんたは勝手な事言って遊ぶのを止めたわ・・・あのね、この際だから言うわ、私、あなたのことで悩んでるの…………」
「え? 俺の事今でも好きなの?」
「そういうことじゃない!!!!」
滝はこの無神経男には昔からいらいらしていた。
幼稚園でのこいつの拒絶のせいでトラウマを植え付けられ、なのに平然と話しかけ、昔と変わらない笑顔で居るこいつにむかっ腹が立つわ。
「ごめん、なんでもない、帰るね」
「え? ちょっと待ってよ!」
滝は逃げるように走り去った。背後からの呼びとめにも耳を貸さずに今は必死に走ってこの場を立ち去った。
私のバカ。こんなところ来るんじゃなかった。滝は後悔していた。自分がこんなところに来なければ、こんな恥ずかしい思いも焦らなくても済んだのだから。滝そう後悔の念を唱えながら歩いていると、気づいたら自分の家の前だった。
ふと家の横を見ると、道也の家だ。後悔の気持ちが溢れだす。早く家に入ろう。
滝はそそくさと鍵を取り出し、家の扉を開けようと手を伸ばそうとした瞬間、滝に突然悪寒が走った。背後に誰かいる。背後を取られてしまい、焦った滝は急いで家に入ろうとした。
だが、それも叶わなかった。背後の何者かにより、口を手で押さえられてしまったのだ。
「ん!? んんん!! あ!!」
なんとか解こうと後ろの人物の手をどかそうとすると滝は驚いた。
その手に触れないのだ。どころか、目にも手は映っていなかった。そう、何かに抑えられてる感触や力は分かるのに自分から触れられず、目にもただ自分の口が移るだけであった。
(なによこれ!? もしかして幽霊!?)
先程の上品な少女を頭に思い浮かべる。ほんとに幽霊で、先程の飴をもらった人を殺すと言った感じの都市伝説付きの本物の幽霊だったのではないかと考えるが、原因はともかく手をどかさなければならない。だが、触れないものにどうしろと言うのだ。滝は脳をフル活用したがいい手段は浮かばなかった。どころか意識が朦朧としてきたのである。
(こ、このままじゃ・・・)
「滝ちゃん! 大丈夫!?」
手足をジタバタするのさえ止め、意識が落ちかけたその時、滝の身体が揺さぶられた。途端に口に酸素が送り込まれる。見えない何かが消え去ったのだ。
滝は、意識が回復し切らずバランスを崩し倒れこもうとしたが、道也の身体に遮られる。自然と抱きしめられる形になってしまった滝は普段なら照れただろうが、今はそんな余裕もなくむせ返った。
「げほげほっ! げほっ! はぁはぁ」
「だ、大丈夫? 滝ちゃん? よし、しっかり捕まってね?」
道也は右手を背中に回したまま、器用に滝の膝裏に左手を入れるとお姫様抱っこのような形に持って行った。
背がほとんど同じだったが、鍛えていた道也に滝は軽かった。
「ちょっ!? え!? なにしてんの!?」
滝は少し落ち着いてきたのかお姫様抱っこされている状況に顔をリンゴのように赤くした。
「お姫様が突然倒れこむから、サービスだよ」
道也が滝に向かって、ウインクしながらそう言うと、滝は観念したかのように目を伏せる。
「変な所触ったら怒るからね?」
「触らないよ、人をなんだと思ってるのさ」
「優しくしたり突き離したりする意味不明な男」
「それ誉め言葉?」
「そんなわけないでしょ! もうさっさと家入りなさいよ!」
皮肉も道也には通じなかったが、滝はもういいと言わんばかりに道也に全体重を掛け、早く入るように促した。
「はいはい、でも追いかけてきてよかったよ、事態はよくわからないけど、滝ちゃんが昏倒するのは防げた」
「そうね、あんたに助けられるなんて思わなかった、それに追いかけてきたのも意外…………」
道也の言葉に滝は俯きながら答える。
「あ! そういえば大吾にアタッシュケース押し付けて放って来ちゃった・・・滝ちゃんが走りだして、すぐに追いかけたから……」
まずいという顔をしながら悩みだした。
「あれ、馬鹿だから連絡で謝れば許してくれるわよきっと」
滝が呆れたように言うと、道也はそれもそうだねと言うと、家の扉を開けた。