第二十一話 操られているんですか?
木彫りの猿の置物はよくできており、艶が入った綺麗な光沢。猿の表情もまるで本物のような迫力だ。
そんな置物が五野目の周りに五つ円になって浮かんでいた。
面積がとても広い食卓では、今も自我が無い超能力に目覚めたヤクザ達が目的もなく能力を振り回し、時たまに、味方のヤクザを攻撃し、血が飛び交い、重症の達史をしづるが目立たぬように部屋の隅で介抱していた。
そしてそんな中、食卓の壁を背に道也は五野目に連なる猿の置物達に驚いた。
「一つだけじゃなかったんだね」
「ええ、それに一つ一つ同じようで違うのよ、私が丹精込めて作り上げたかわいいかわいい作品よ」
五野目は愛おしい物を見る目で浮かんでいる猿の置物を眺め、再度道也を見つめる。
「あなたには愛おしい物はあるかしら?」
「……さあ、でも守りたいものならあるよ」
「うふふ、あら、そんな年で守るものがあるなんて大変ね」
「そうでもないよ、なんせ、今日までその役割を放棄してたから」
「良いんじゃないかしら。誰でも、自分の役割というものは分かる方が稀なのだから、あなたは分かっただけでも幸せ者よ」
五野目はしおらしい笑みを浮かべるが、すぐにいつもの妖艶な笑みに戻した。
「さて、雑談はおしまい。私と一緒に遊びましょう」
五野目はそう言うと、手を叩いた。すると、二つの猿の置物が円を離れ、五野目の斜め前に着地した。
「陸聖さん、落音さん、お願いします」
「陸聖と落音? その二人ってまさか……」
「正解よ、彼らはここにやってきた私たちを追ってきた哀れな羊たち。ミイラ取りがミイラになってしまった可哀想な子たち。でも、安心して? 彼らはこうして生きてるんだから」
五野目が言い終わると、猿の置物が小さい光を放った。そして、光が消え、二人の人物が現れた。
推の先輩達。優男風だが、背中の大剣が目立つ男と褐色の肌に鋭い眼光を持つ女性。陸聖と落音だ。
「木人形……?」
「ふふ、違うわよ、木人形はあなたたちをかく乱するためだけに作った出来損ないよ。これは本物」
「人まで操れるとは恐れ入るよ、いや、あの刑事さんを操っていた影……なるほど、そいつか」
「ええ、そうよ、影の人がやったわ、よく知っているわね」
自慢するように笑う五野目を後目に、道也は召喚された二人を観察していた。二人は特にどこを見ているわけでもなく、ただ立ち尽くしており、映画などで見る亡霊の様だった。そう。井伊とまるっきり同じだった。
「本当に生きているの?」
「ええ、生きているわ。私、無駄な殺生嫌いなの」
「三人くらい殺されたって聞いたけどね……」
「それは私じゃないわ、他の人よ、私は確かにその場に居たけど彼らを確保しただけよ」
「結局、あんたの仲間がしたなら一緒だ」
やれやれと言った雰囲気を醸す五野目を道也は睨むが、相変わらず五野目の口は笑みに包まれている。
「あなたの相手は彼らがするわ、そしたらこの猿の置物を上げるわ」
「要らないよ」
「本当に? 幼馴染ちゃんが入ってるて言っても……かしら?」
卑劣な笑みと言葉だった。道也は一瞬で頭に血が上った。五野目の方に向かって足を踏み込んでいく。
「まるで猛牛ね、でも、私には彼らが付いて居ることを忘れちゃ駄目よ」
道也は思い出し、左側を振り向くと既に陸聖が大剣を抜いて走ってきていた。陸聖の力がどこから湧いているのか不明だったが、軽々と大剣を振り回し、道也の横っ腹目がけて振り払う。
「ふんっ!!!つう!」
道也は痛みを堪え、左腕に力を溜め、左腕をⅬ字にし大剣をガードする。
「がぁ!!」
ガードをしたものの、とてつもない衝撃が道也を襲い、道也は右方向に吹き飛ばされる。
「だから、言ってるじゃない。この子達を倒したら私を倒さなくても返してあげるわ。倒せたらだけどね……」
五野目の負けることは無いという絶対的な自信が清々しい程に露わになる。
「無理かどうかは、やってみないと、くっ!!」
「もう限界の様ね、楽しかったとは言えないけど、なかなか根性が座ってて良かったわよ」
腕を押える道也を見つめ、勝手に評価をし出す五野目。だが、道也に皮肉や文句を言う余力は残されていなかった。
先ほどの大剣を受け止めるという動作をしただけでも、道也の腕は限界に達していた。
「情けないわね、あなた、何しに来たのよ」
幼い女の子の声。だが、口調はお嬢様。そんなイメージで受け止められる声が道也の耳に入り込む。
「ニーナか……今までどこ行ってたのさ」
「ずっとここよ」
道也はその言葉を聞いてすぐ、辺りを見回すが、やはり誰も居ない。
「な!? 私の木彫りが!! 返しなさい!! あなた誰よ!!」
道也が周りを見渡していると、突然、五野目が叫びだした。前方を見ると、ゴスロリで身を包んだ少女が堂々たる姿勢で道也を庇うように前に立っており、片手には木彫りの猿の置物があった。
「私は東の超女。仮名はニーナ。よろしくお願いするわ、五野目 明さん?」
「超女!? 東の超女など居るものですか!! ハッタリはやめなさい!! どうせ、九魔島の回し者なのでしょう!?」
ニーナが現れてから、五野目は今まで見せなかった焦りを突然見せ始めた。五野目の批判にニーナは鼻で笑って答えた。
「そう思いたいならそれでもいいわ、でも回し者だろうと、本物であろうと、私からこれを奪い返せないなら一緒よ」
ニーナは挑発するように、猿の置物を手を使って投げては掴みと煽りだす。
「良いわ。すぐ取り返せるわよ、陸聖さん! 落音さん! 目標はあのゴスロリ女よ!!」
五野目がそう言うと、陸聖と落音はニーナに駆けてくる。だが、ニーナは気にもしないという風に道也の元にやってくる。
「おい! 後ろ!」
「分かってるわよ」
だが、尚、後ろを振り返らないニーナ。遂には、道也の手を握りだす。
「ふざけてる場合じゃない!! もう近くまで来て……!!」
すると、道也の身体に異変が起きる。腕の痛みが消え去ったのだ。道也はまたあの回復技を使ったと思い、怒ろうとしたがニーナの人差し指が道也の唇を押さえつける。
「大丈夫よ、あなたの思っているものとは違うわよ、大体、あなたが起こしたのは気力切れでケガじゃないじゃない」
「なら、何をしたんだい」
「私の気力を分けただけよ、ちなみにあなたの少ない残量に分け与えるくらい屁でもないわ」
「女の子が屁とかいうな、でもありがとうな」
道也はニーナの頭に手を乗せ、さするとニーナは少し嬉しそうな顔をし、続けたいという気持ちが生まれたが、迫ってくる二人を対処しなければならない。道也はニーナの頭から手を離し、後ろに迫っていた陸聖を目で捉え、姿勢を低くした。
「下ががら空きだぜ!!」
大剣はその大きさゆえ、いくら軽々と扱えても小回りはどうしても効かない。下に刃を持っていこうとする陸聖だったが、道也の低姿勢からのタックルには対処できなかった。
陸生の身体に腕を回し、陸聖の身体を捕らえると、そのまま力を入れ溜めだす。陸聖は逃れようとするが道也の溜めた腕力が身体を絞り上げているせいか、陸聖の顔が上に上がっていく。声は出さないが効いている。道也は確信し、どんどん締めを強くしていく。
「ニーナは女のほうを頼む!」
「もうしているわ」
ニーナのほうを見ると、褐色の女、落音が猫が猫じゃらしで遊ばれてるような感覚で振り回されている光景が見えた。
落音は一心不乱に回し蹴り、突き蹴り、横蹴り、様々な蹴り技を繰り出すが、ニーナは軽々と避けながらカウンターを狙っているのだろう。懐に入りすぎた落音の足を払い、体制を崩させるなどテクニカルな動きをしていた。
「すごいな、やっぱり……ふんっ!!」
道也はニーナの動きをマジマジと見てしまい、少し腕の力が緩むがすぐに立て直し、力を入れ直す。
「逃がさないからな」
だが、陸聖は先ほどの様な苦しそうな動きは見せずに道也をじっと見始めた。
「なんだ? 効いてないのか……?」
道也が不審に思った瞬間、陸聖が道也の腕を払いのけてしまう。すごい力で道也の腕に挟まれた腕を解き放ったのだ。
「何!? さっきまで解けなかったはずじゃ……ぐ!!」
道也が驚いていると、陸聖の右拳が道也の左頬にダイレクトに入ってしまう。
だが、道也は不思議に思った。自分の強化された腕を振りほどくほどの力を出した腕で殴られたなどと思えない程の、言わば大吾の方が確実に強いパンチと言えるくらいにそのパンチは弱かったのだ。
「なんだこいつ……」
いつもこうだ。能力者の能力が絡んだ戦いをすると毎回こういう感覚に襲われる。気持ちよく喧嘩が出来ないのだ。
「道也! そろそろ退散するぞ! 外に迎えが来たようだ」
「迎え……?」
すると、ニーナは道也の疑問に答えず、落音を投げ飛ばすと、口から白い霧を吐き出した。白い霧は、食卓一面に広がり、何も見えなくなる。
陸聖は道也から離れだし、道也もこれ幸いと動き出した。
「あら!!! 逃げるのかしら! 戦いは終わっていないわよ!」
五野目の叫びが聞こえるがやはり、姿が見えない。道也は手探りで壁を探してようと、手を動かすとある物に捕まった。手すり? いや、なんか丸っこい。というか触った事があるような。道也は考察をしていると急に脛に痛みが走った。
「いって!」
「人の頭をもみもみ触るではないわ!」
触っていたのはニーナの頭だったらしい。声だけだがご立腹の様だ。
「ごめん、ごめん、でも急にこんなの吐くからさ」
「言い訳は良い。それよりもあなたと共に行動していた男女も連れていきますか?」
達史としづるの事だろう。きっと壁の隅に居るはずだ。道也は考える間もなく答えた。
「もちろん、当たり前だよ」
「そう、なら、早く脱出しましょう」
ニーナは可もなく不可もなくといった風に言うと、道也の手を引き、達史たちを探索し始めた。
「達史さん!! しづるさん!!」
「こっちよ!」
しづるの声が聞こえ、道也は声の方向に走った。何も見えない。
「壁伝いに外に出てください!」
「わかったわ!」
道也の指示にしづるは声を張って答え、ずるずると引きづる音が聞こえだした。達史を運んでいるのだろう。
「私たちも急ぐわよ」
「ああ!」
道也とニーナは出口を目指し、見えない霧の中を進んでいった。
続きは明日です!!




