第二十話 超能力の地獄絵図ですか?
バレている。確実にあの五野目という女が滝を攫ったていう女だ。道也は固唾を飲みこんだ。
未だに肩に顔を乗せている五野目に覚悟を決めて囁いた。
「滝ちゃんはどこに居る」
「あーら、もう強気なんてかわいくないわねえ、あなたがここで私に歯向かった所で未能力者とはいえ、この人数、しかも腕利きのヤクザの幹部たち相手に立ち回れるのかしら?」
道也の能力は身体の強化だ。大人数では不利なのは自身がよく分かっていた。
「……ばらした目的はなんだ?」
「あなたにはここである物を見ていてほしいの」
「ある物?」
「黙ってそこで見てなさい」
五野目は少し圧をかけて言うと肩から顔を離し、ニコニコとした顔でお辞儀をした。
「あらあら、あなたの肩がっしりしてて落ち着いてしまっていたわ、よろしくお願いしますね」
「い、いえ、こちらこそ」
思ってもない事だが、バレないために声のトーンは低いままに呟いた。五野目は特にそれを追求しないまま、帯人の方を振り向くと腕にがっしりとしがみついた。
「ねえ、旦那様。そろそろあれを皆さんで食べましょう?」
「おお! そうだな! 新しい世界に旅立とうではないか!」
帯人は手を広げてそう言うと、ズカズカと椅子に座り直した。五野目も隣の椅子に上品に座り、小さい綺麗な包みを取り出した。
「さぁ、みなさんで食べましょう」
道也は驚いた。その包みを広げるとそこには滝が貰った飴が何個も入っていたのだ。
「超能力者にするってこういうことだったのか……」
道也は飴を見て合点がいった。光吉が聞いたというこの組全員を超能力者にするというのは飴を食べさせるということだったのだ。
飴はヤクザ各々に一個づつ配られていく。ヤクザ達は困惑した目でマジマジと飴を見ている。それはそうだろう。ごちそうの様に出されたものが飴一つでは拍子抜けも良いところだ。
「あ、あのオヤジ、これ……」
「良いから食べろお前ら」
「は、はい」
ヤクザ達はみんなそれぞれ飴を手に取ると口に放り込んでいく。
しづると道也は食卓の端に立ち、事の次第を見届ける事にした。達史は上手く飴を手のひらに収めると食べるふりをして、スーツのポケットに放り込んだ。
「う、うまい!」
「な、なんだこの飴は!?」
食を終え、感嘆の声を上げるヤクザ達。道也は味を思い出す。甘く艶やかな舌ざわりが最高なのだ。
だが、実際は美味しいだけじゃない諸刃の剣のような飴だ。
「うう……!!」
「あぁ……!!」
早速効果が現れた。滝のような症状がヤクザ達に克明に現れていく。喉を抑え、机に伏していく。
「み、みんなどうしたの?」
しづるが倒れていくヤクザ達に心配の声を上げたが、ヤクザ達の容態は悪化し、呻き声が食卓に響いた。
「うふふ、どうかしら、私達が盗んだ飴は。私達の女神の力が入った味は」
「美味しいに決まっているじゃないか、みな、感嘆の声を上げているよ」
帯人と五野目は満足そうな笑みでお互いを見つめ合う。道也には彼らの会話と場の状態が合っておらず、とても気持ち悪くなった。
「何言ってたんだ!! オヤジ!!」
達史もそう感じたのだろう。憤りを全面に表して椅子から勢いよく立ち上がった。椅子は勢いのあまり後ろに倒れてしまう。
「うっ……!」
急に立ち上がった衝撃で少し足を痛めたのだろう。顔に苦痛そう表情が見えた。
倒れていくヤクザの中、立ち上がった達史に帯人は疑惑の目を向けた。
「なんだ、達史食わなかったのか?」
「そんな怪しいもん素直に食う方がおかしいってもんですよ!」
「何!? 俺の妻が振舞った物をあやしい物だと!?」
帯人は達史の言葉を聞いて、達史と同様に憤りを隠せず、立ち上がる。
「女狐め!! 俺の組の連中をこんなにしやがって!!」
「言うに事欠いて、女狐とは! 達史!! 貴様!」
達史の怒号が食卓に響くと、負けじと帯人の怒号も響いた。すると、五野目がゆったりと立ち上がった。
「私の罵倒は許すわ、堂本さん、でもあなたは勘違いしているわ」
「勘違いだと!?」
「ええ、あなたは私が旦那様を誑かして、毒を盛ったとでも考えたのでしょ?」
「じゃあこの状況はなんだってんだ!!」
「言ったじゃない、超能力をあげると」
達史は驚いた顔をする。まるで信じられないものを見たといった感じだった。
道也の隣で固唾を飲んで見守っていたしづるも驚愕していた。
「そう驚かないでちょうだい、ほら、堂本さんも食べれば分かるわ」
達史はポケットに視線を移す。ここに入っている飴を食べれば、超能力が使えるようになる。だが、達史はポケットには手を伸ばさず、スーツのボタンを外していく。
「うふふ、何をしているのか知らないけれど、ほら、そろそろ超能力に目覚めた彼らが起き上がるわよ」
五野目の言う通り、ヤクザ達ふらふらと椅子を押しのけて立ち上がった。
「あああああ!!!」
「があああ!!!」
「ひいぃぃひひひ!!」
「な!? なんだ!? なんなんだ!?」
起き上がったヤクザ達は立ち上がると同時に発狂を繰り返した。10何人ものヤクザ達全員がそんな様子で立ち上がり、食卓は異様な光景を見せていく。
「ああああ!!!」
すると1人のヤクザが、突然腕を前方に無造作に振るった。すると、前方に居たヤクザの背中から血が飛び散り、食卓のテーブルに身体を投げ出し、動かなくなる。
「おい! 大丈夫か!」
達史は発狂しているヤクザ達の間を抜けて足を引きずりながら倒れた男の元に向かおうとすると、今度は別のヤクザが達史を追いかけ、口を大きく開けだした。
口は人間の規格を超え、まるで顔の二倍の大きさの口になっていく。そして、背中を向けている達史に噛み付こうとしていた。
「危ない! 達史さん!!」
道也は思わず裏声にせず、声を上げると達史は振り返り、状況を把握したのか後ろに飛んで回避しようとしたが、負傷した足が許さなかった。
後ろに回避は出来たが、足が崩れ、右腕を思わず何かに捕まろうと前に出してしまう。
「がああああ!!!」
手を前に出したのが誤りだった。大きな口を開けた男に右腕を上腕まで噛みつかれてしまう。噛み付いたヤクザは目が嬉しそうだった。
達史が悲痛な叫びを上げる度に、上腕から下の腕から血が大量に飛び散った。
「くそがぁ!!!」
達史は諦めず、左手に力を入れ、ボタンが開けられたスーツの内ポケットからおもむろににナイフを取り出した。
「これでも喰らいやがれ!!」
ナイフを大きく振り、噛みつくヤクザの右目に深々と突き刺さした。
噛み付くヤクザは苦しみの声を上げ、達史の腕ごと口を上に上げた。勢いよく上げたせいで、達史の腕は完全に千切れ、達史は苦痛の表情を見せる。
「がああああああ!!!」
達史は雄叫びを上げて、スーツを脱ぎ、瞬く間に千切れた腕を丸め込むように巻き、倒れた男の元に行こうとしたが、目に入った光景に歩むのを辞めた。
「きいいいい!!きいいいあい!!」
血を溢れさせ机の上に倒れたヤクザが四つん這いでそこらを走り回っていたのだ。
さらに他にも腕から炎を出しながら立ち尽くす者や宙を腕をだらりとさせ浮いている者などが居た。
「まるで地獄絵図だ……」
道也は目の前の光景に対して率直な感想を口に出す。
この食卓は超能力者で溢れているのだと、嫌でも実感してしまう。
「道也くん!! 達史さんと一緒に逃げよう!!」
「あ、ああ! だがその前にあの女に聞かなきゃならないことがある、達史さんを助けるからしづるさんは達史さんと逃げてくれ」
「え!? 達史さんでも腕を取られたのに君に勝てるわけが!!」
「大丈夫、なんとかなるよ」
道也はしづるの心配を振り切り、達史の元に走った。
達史はこの光景に絶望しているのか、立ち尽くしたまま動かない。
「邪魔だ!!」
道也の目の前に超能力になったヤクザが群がり、一瞬達史の姿が見えなくなる。
だが、ヤクザ達は意識してそうしている訳では無いようでなんとか避けながら進み、達史を再度認識した。
「ああああああ!!」
先程、達史に目を潰されたヤクザがまたも達史にその凶刃の様な歯を差し向けていた。
「間に合え!!」
道也は拳に力を溜めたまま走りだした。
迫るヤクザに達史は意識を無くしているせいで気づかず、首元まで接近を許していた。
「おらあああ!!」
だが、道也がそれを許さなかった。道也の力を溜めた鋭いストレートパンチが大きく口を開けるヤクザの顔の頬を殴りつけた。
殴りつけられたヤクザは長机に叩きつけられバウンドしながら五野目と帯人が居る方向に飛んでいくが、帯人は表情も変えずにヤクザの身体をとても太い剛腕で弾き飛ばす。
道也はそれを見て、あの男は既に能力者になった可能性があると思い、急いで達史の身体を揺らした。
「大丈夫ですか! 達史さん!」
「あ、ああ!! 油断してた……、すまない、道音、強いんだな」
揺さぶり、達史の意識を戻した道也を見た達史は冷や汗をかいていた。少し焦った口調で喋る達史に道也は大丈夫ですからと無事な達史の左手を肩で支え、意識のない超能力ヤクザ達の群れを辛うじて抜け、しづるに合流する。
「達史さん!!」
しづるが駆け寄ってきたので、道也は達史の腕を降ろし、座らせた。
「大丈夫だ、しづる。こんな怪我大したことない……」
「バカ言わないで! 腕が無くなったんだよ!? 大したことだらけじゃない!!」
泣きながら、達史を自身の体に寄りかからせるしづるに達史は少し微笑んだ。
「やるなあ、お前。でも女じゃないな?」
すると、机の向こう側の帯人は深みのある声が響いた。
道也は大きく足を広げ、そこら辺の椅子に足を乗せた。
「俺は木場道也!! 滝ちゃんを取り返しに来た!」
「お前あの時のガキか!?」
達史に正体がバレてしまうがもう構うまいと弁明はしなかった。だが、伝言は伝えておくべきだろう。道也は少し振り向いて口を開いた。
「「あなたの選択した事だけを信じて。」すみれさんからの伝言です」
「な!? すみれが!? いつつ……」
達史は驚きのあまり動こうとしたのだろう。痛さで行動を遮られてしまう。道也は伝えるべき事は伝えたと前方の方を注視した。
「お話は終わり? にしても、うふふ、勇ましいわね、でも一つアドバイスよ、女装する時は毛も剃りなさい。詰めが甘いわね」
足を広げた道也は自身が今、スカートを履いているのを忘れていたらしい。道也が目線を下げると下着は見えなかったものの、薄い毛が見え隠れしていた。
「それはありがとうございます、でももう女装はする気はないですね」
道也は五野目のアドバイスを無下にそう言って否定すると、五野目は眉を下げ、残念そう
にした。
「あら、残念。あなたならある方面に売り飛ばしたら高値で売れそうなのに……」
「冗談でもやめてほしいですね……」
五野目の発言にげんなりとするが、道也は強く意識を持ち、五野目を睨んだ。
「滝ちゃんはどこだ?」
「私を倒したら教えてあ・げ・る」
完全なる挑発だった。道也は頭に血が登り、椅子を踏み台に長机に乗ると、偉そうに座る五野目と帯人に向かって駆け出した。
「滝ちゃんはどこだって言ってるんだ!」
道也は叫び、拳を固め、溜めようとしたその時、突然、急激に痛みが走った。
「いづぅ……!!」
道也は急激な痛みに顔を歪めてしまう。更にはその痛みが油断を引き起こした為だろう。横からの強い衝撃が道也の身体に走る。
「があっ!!」
道也は長机から落とされ、床に叩きつけられる。
長机を見ると、そこには四つん這いで這っていたヤクザが薄ら笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ちくしょう、てめえの相手なんかしてる暇ないんだよ……」
力強く言う道也だったが、相変わらず腕に小さな痛みが走る。
だが、道也にはこの原因が分かっていた。ニーナが言っていた副作用のようなものだと。
確かにこの屋敷に来てから、もう庭で1回、さっきので1回と2回続けて打ってはいたがまさかこんなに早いとは思わなかった。
「あらあら、さっきの威勢はどうしたのかしら? もしかして、腕が痛いの?」
道也の片耳に女の声が木霊した。道也が振り向いた瞬間、道也は床に引き寄せられるかのように顔をくっつけた。
「ぐっ……!」
頬に硬い物を感じる。道也が上を見るとそこには五野目。五野目は硬いハイヒールで道也の顔を踏み潰していたのだ。
「うふふ、若い男をこうやって組み敷くのは楽しいわね」
サドっ気たっぷりの笑顔を浮かべる五野目の足をどかそうと手を伸ばす道也。
「あら、邪魔だったかしら、ごめんなさい……ね!」
五野目は足を浮かし、道也が伸ばした手を踏みつけると、更に腹部を蹴り飛ばした。
「がはぁ!」
壁に蹴り飛ばされた道也は腹を抑えながらなんとか立ち上がろうと力を入れる。痛みが走り、苦悶の表情を浮かべながら道也は立ち上がった。
「まあ、まあまあ! それでも立ち上がるなんて! 良いのよ?幼なじみの部屋でのように泣き叫んで部屋から出ていっても」
「それはもう、しないって、決めたからしないよ……」
道也は苦しそうに言葉を吐いた。そんな道也に五野目は嬉しそうに笑うと、ドレスのスカートに下から手を入れた。
「うふふ、あなたには御褒美をあげるわ」
そう言って取り出したのは見覚えがあり、道也のトラウマと化していた木彫りの猿の置物だった。
「くっ……!!」
道也が少し狼狽えると、五野目は一層笑を浮かべた。
「では、今からたくさん楽しみましょうね、道也くん?」
その女の笑顔は以前の道也なら勇気を打ち消されていただろう。
だが、今の道也は違った。痛みが走る腕をゆっくりと持ち上げ構えを取った。
「良いよ、リベンジマッチだ!!」
続きは明日です!!




