第十九話 女装は完璧なんですか?
間近で見るととても大きな豪邸であった。中はシャンデリアが多く飾ってあり、肖像画や、格言を書いた木板が壁一面に貼ってある。廊下は広く部屋の壁際ではヤクザ達が談笑などをしており、真ん中の通路はここでのルールなのだろう。誰も立ち話をしていなかったため、スムーズに屋敷の中を見て回れていた。
「ここって洋風のくせにちょくちょく和風ぽくな……」
「道音さん? 言葉遣い」
道也は屋敷の廊下を歩きながら、あの謎の写真集が入った段ボールを両手に持ちながら先導するしづるに質問をすると睨まれてしまう。ここはもう屋敷の中、変な言動をしていては怪しまれるからだろう。
ちなみに道音とは今風で逆に怪しまれないとの事で付けたメイド時の道也の仮名で、道也は現在しづると同じく赤と白を基調としたフリフリのロングスカートを身にまとった姿になっていた。
正直、スカートや袖が長くて助かった。見えれば確実に男と分かる腕っぷしだ。
「ごめんあそばせ」
「言い回しが適当すぎるわよ……」
道也は全力の裏声を駆使し、雰囲気で言ってみたがどうやら外れだったらしい。
「話し方には気を付けてって言っていたでしょ、ええ、そうね、ここは帯人様の今日できた新しい奥様の家で、旦那様が今日プロポーズするために用意していた場所で、所々和風なのは帯人様の趣味ですね。今日の会食もプロポーズ成功記念みたいなものなの」
「な、なるほど……ですわね!」
ぎこちない言動を晒してしまう道也。正直、この日最大の試練と言っても差し支えないかもしれないと道也は思ったが組長の居る会食に入れればこっちのものだと我慢した。
「えっと、しづる先輩、会食はどこでなさってるのですか?」
「先輩はやめた方が良いわ、しづるさんにしましょう。会食は上の階の食卓よ」
「は、は、はい、しづるさん」
無理な裏声はキツイのか、多少どもりながらになってしまう。しづるは喋らない方が良いと判断したのだろう。そこからは無言で階段を昇って行ってしまう。
立派な階段で、敷かれているカーペットも埃一つ付いていない。だが、これじゃあヤクザの事務所じゃなくて、上流貴族の家ではないか。道也は昔見たヤクザ映画を思い出して、少し不満顔になった。
「悪いが、お前たち少し肩を貸してもらえないか?」
道也としづるは階段を登ろうとした矢先、呼び止められてしまう。後ろを振り返るとそこには足を引きずって壁に腕を置きながら立っている達史が居た。
「た、達史さ……!」
つい、呼んでしまった。道也は自身の失態を恥じたが、達史は名前を呼ばれたせいだろう。道也の方を凝視した。
「ん? 確かに俺は達史だが、お前みたいなメイドこの屋敷に居たか?」
達史は少しづつ壁に腕を付き寄りかかりながら目を凝らして道也の顔を覗き込んでくる。
一応、しづるにメイクなどもしてもらったがあまり時間を掛けられていない質な為、バレる可能性は十分ある。道也は少しでも顔を逸らそうと努力した。
「あ、こらこら! 達史さん! いくらその子がかわいいからってナンパはだめよ!!」
道也に絡んでいた達史を退治するかのような勢いでしづるが達史を叱咤し始める。
「な!? 失礼な!? ってしづるか!? いや、違うんだ、こんなメイド働いていたかなと思って顔を覗き込んでいただけだ」
「本当ですかー? お姉ちゃんに言いつけますよー?」
「やめてくれ、本当だ、俺はそういうのが苦手なのは知ってるだろ?」
達史は意外な事に困った顔をしながら焦っていたのだ。大吾を倒した時しか知らない道也にとっては驚くべき一面だった。
「その子は私の友達で借金に困ってるっていうから今から帯人様に雇ってくれるよう頼みに行くの、それれに届け物もあるしね」
しづるは段ボールを見せて答えると、達史は段ボールの中身を確認しようと上から覗き込むといかにもというほどではないが、目を瞑ってしまう。
「オヤジの事だ、新しい奥様にでも見せるんだろう、あんな女狐。どこが良いんだか……っとそろそろ戻らねえとな、しづるが腕使えねえならそこのメイドさん肩貸してくれ、さっきは凝視して悪かったな」
「あ、は、はい!」
道也は達史の肩を身体ごと抱き寄せ、持たれかけるような体制にし、階段を上り始めた。
「あんた随分慣れているな、しかも身体の筋肉がすごく硬いな、鍛えているのか?」
「え、えっと、私、柔道を学生の頃12年ほどやってまして……」
嘘だ。道也はスポーツなどしたことなどない。喧嘩がスポーツに入るなら入れるが違うだろう。だが、そんな事を疑わなかった達史はなるほどと言った顔をした。
「そうなのか、柔道ね、俺は剣道をしていたよ」
「そうなんですか?」
「あぁ、まぁ、ある時を境にこの鼻の傷を代償にしてやめたがね」
達史は一文字に入った傷を指して言うと、少ししんみりとした雰囲気になったが、階段を上り切って、達史は道也の肩から離れる。
「ありがとう、少ないけど借金の足しにでもしてくれ」
達史はそう言うと懐から一万円札を取り出すと、道也に握らせた。
「え!? 悪いですよ……」
「君の様な逞しい子だ。きっとすぐには楽にはなれないだろうけどいつか報われるよ。あぁ、俺もオヤジに口添えしよう」
「達史さんは随分道音を気に入ったみたいね」
茶化すような声で達史に話しかけるしづるに達史は困り顔を再発させてしまう。
「いや、なんというかこんなにも大変な思いをしてきたのだろうかと想像するとつい、な」
「達史さんは優しいからほんとはヤクザなんて向いていないのに」
「そう言うな、俺はすみれや弟を幸せにしなきゃいけないんだ。それにオヤジは良い人さ」
「私は!」
「ああ、お前もな」
「何それ! ひどい!! ついでみたいじゃん!!」
二人は談笑を始め、しづるはニコニコと笑いながら話すのは印象には合っているが、達史は印象と打って変わって少し微笑んだりして意外だった。
「あ、あの、そろそろ会食に……」
道也は呟くように言うと、達史は真剣な表情になり、ああ、そうだったと声のトーンを落とした。
「正直女狐とオヤジの自慢大会なんかより、とっても有意義な時間だったから忘れていたよ」
「す、すみません」
「いや、謝ることじゃないさ、君にとっては仕事を貰えるかの死活問題なんだから」
達史は優しく微笑むと、食卓の扉を開く。両扉の方扉を達史は全身で押した。
「おう!! 達史じゃねえか!! 遅かったな!!」
「オヤジ、わりいな、準備に手間取って」
道也たちを出迎えたのはあのスキンヘッドのおっさんが映っていた写真集よりも強烈なおっさんだった。
スキンヘッドは同じくだが、入れ墨が至る所に入り、なぜか上半身半裸だった。
そして、スキンヘッドのおっさんを中心に大きい洋式の長いテーブルが置かれ、一定間隔に置かれた豪華な椅子に十何人ものヤクザ達がそわそわと居づらそうにしていたのだ。
見渡す限り滝は居らず、道也はがっかりするがバレないよう表情をぎこちなく笑みを浮かべた。
「あらあら、私たちのためにそんな大層な準備をしてくれたの? 堂本さん?」
そう問いかけたのは、スキンヘッドのおっさんの腕に絡みついているのは黒いドレスを身にまとった綺麗な女性だった。まさに美女と野獣と言った所だろう。道也は感慨深げに両者を眺めた。
「悪いな、五野目の姐さん、俺はあんまりこういう会には不慣れでよう」
「知ってるわ、でもいいの、今日、あなたがバイクでからがら逃げてきて私が旦那様にしがみついてたのを見たあなたの顔……傑作だったわよ!! あれこそサプライズね!」
「ははは……そりゃどうも……」
五野目の嘲笑に達史は乾いた笑いをしながら答えるが目は完全に敵意剝き出しなのが道也には分かった。本当はとても腹が立っているのだろう。
「あ、えっと! 帯人様! 言われた物をお持ちしました!!」
「おお!! やっと持ってきたか!!」
不意に空気に耐えきれなくなったしづるが段ボールを振り上げて言うと、スキンヘッドのおっさん---帯人が手を叩いて喜び出した。
「ほら、五野目! これが俺の全盛期だ!!!」
帯人は写真集をしづるからひったくると堂々と五野目に見せつける。五野目が一瞬冷めた目でそれを見たのを道也は見逃さなかったが、五野目はすぐに表情を明るくさせて頬に手を持って行った。
「まぁ!! 素敵!! でも今の方がもっと素敵よ?」
「おお、五野目! さすが俺の選んだ28人目の嫁だ!」
いや、居すぎだろ。このおっさんの目は27回は狂ってるってことじゃねえか。
道也は内心突っ込むが顔に出さない。最早、顔芸が得意と言ってもいいレベルだ。
「そうだ、そこの子は誰だい? うちのメイドにこんな子居たか?」
「いえ、私の友達で親の借金を返すためにここで働きたいそうです」
「ほう、親の借金……、まったく見下げた親だな、まったく」
しづるの説明に帯人は頷きながら眉間に皺を寄せた。
「よし! わかった! 俺の屋敷で雑用をさせてやろう!! なぁ! 五野目!!」
「ええ、そうね」
一瞬、道也を見た五野目の目が怖く感じ、道也は咄嗟に目を逸らした。
「うふふ、照れ屋さん」
五野目は帯人の腕から離れると道也に近づき、顔を凝視した。そして、肩に顔を乗せられた。
「あ、えっと、ど、どうしたので……」
「あなたの幼馴染はどこでしょう……」
いやらしく、まるで絡みついてくるような声に道也は目を見開いた。怒りや恐怖などではない。異様な物を相手にしているという実感が湧きだした。
20話は明日です!!




