第十六話 溜めて打てば良いんですか?
道也は自身のボロボロになった手にも気にならず、目を見開いて少女を見ていた。
「君、今なんて言ったの?」
道也はだんだんと睨みを付けると少女を憎しみの目で見る。
「うおおおおおおおおお!!!」
すると、しばらく眺めていた井伊が吠えた。
「ちくしょう! 今は相手してる暇ないんだよ!!」
道也は文句を言うが、道也に止めをさすきなのだろう、拳を道也に叩きつけようと膝立ちの道也の顔めがけて拳を繰り出した。
「ちっ!」
道也は少女の手を振りほどくと、少女をギリギリで完治した手で少女を勢いよく押した。
井伊の拳は道也めがけて降ってきたが、拳は地面を砕いたのみだった。
「何するのよ」
少女は、道也に押されたおかげで、破片にも当たらず、後ろの方へ倒れていたが、井伊の動きが止まるとスカートのホコリを落としながら道也に聞いた。
「この状況でよくそんな悠長な……」
道也はスレスレの所で拳を避けていた。拳は道也の足元に入っており、少女を押した反動で少し距離がズレたのだ。
道也は呆れながら少女を見るが少女は不満顔だ。
「私にあんな物理技聞かないわよ、それに狙いは私じゃなくてあなただったわ」
「そんなもん知らないよ、あの拳に当たらなくても、距離的に危ないなと俺が勝手に思っただけだよ。それにここで怪我でもされたら聞きたいこと聞けないしね」
「そう、なら礼を言わなくて済むわね」
「ああ、要らないよ、大丈夫、でも後で色々聞かせてもらうから……」
道也の言葉に少女は不満顔から普通の表情に戻した。
「ええ、かまわないわ、でも今は私の話を聞きなさい」
「……? 分かった」
道也は井伊を睨みつけながら、耳を少女に傾ける。
井伊は腕についたホコリを落とすように腕を振ると拳を再度握った。
「微力なお兄さん、あなたはまだ超能力を操れてないわ」
「何!? そうなのか? でも幼稚園の頃からって……」
少女の言葉に道也は驚いていると、道也の言葉を遮るように井伊の拳が次々と繰り出された。
道也は、最小限の動きだけで避けるように努めるが、相手の拳がスレスレで道也の顔を掠めていく場面も有り、かなりピンチだった。
「なぁ! どうすれば!! 操れるようになるの!」
道也は避けながら必死に聞くと横で眺めていた女の子が井伊と道也の間に入ってきた。
井伊は構わず拳を振るう。
「危ないよ!!」
道也は突然前に出てきた女の子に言うが、女の子はまるで瞬間移動でもしているかのような回避をし、拳を次々と避けていた。
「心配は無用よ、こんな操りもののパンチなんて……こうよ!!」
女の子は、避けるのをやめ、繰り出されたパンチを叩き落とした。
小さい手がとても力強く見えてくる。井伊が負けじと次々と拳を繰り出すが、すべて叩き落とされてしまう。
道也が呆然としていると、女の子は身体は井伊に向け、顔を道也の方を向かせた。
「あなたの能力は今のところ溜めが必要なのよ」
「溜め?」
「こうするの」
井伊の拳を大きく叩く少女、井伊は仰け反り、あからさまな隙が出来た。女の子はそこを狙って小さい手を握り拳を作った。だが、不思議な事に女の子はその体制のまま動かなくなる。
「ねえ!? 何してるの!!」
「少し静かにしていただけないかしら?」
女の子は振り返らずにそう言うと道也は黙ってしまう。だが、井伊はもう仰け反っておらず、次の拳を繰り出した。
「うがああああああああああ!!!!」
「あなたもうるさいわ、すぐに黙らせてあげる、もとい、解放してあげる」
井伊の拳に合わせ、女の子は溜めた拳を繰り出した。先ほどの道也と同じ手だ。
道也は固唾を飲んで見守っていると、不思議な事が起きた。
「う、う、う、う、うがあああああああああ!!!!!」
拳を勢いよく突き合わせた二人の拳。だが、女の子の拳は道也の様に砕けず、井伊が咆哮した。井伊は腕がだらりと下がったまるで力が抜けた様だった。
「な、なにが……?」
「あなたのおかげよ」
「俺が?」
道也は記憶になことで褒められ、記憶を遡るがダメージを与えたような記憶はまるでなかった。精々、蹴りだが、あの蹴りに効果があったとは……。
「その蹴りよ」
「な!? もしかして思ってることがわかるのか?」
「ふふっ、いえ、あなたの思っていることなどミジンコの生態よりもわかりやすいわ」
突然煽られ、道也は眉間に皺が寄ったが、そんな事より別の事を聞かなければ。
「で、なんで俺の蹴りが?」
「あなたの蹴り、助走中溜めてたからダメージは入ってたわ、ただ短い助走だったから肩を破壊するまでにはいかなかったのね」
「でも、そいつは表情さえ変えなかったぞ」
「当り前よ、この人は操られているもの。操ってるやつは痛くないんだもの、表情も態度も出さないわ、完全におもちゃよ、私が溜め技で折れかけてた腕を降り切ったのよ」
「うわ……、でもなるほどね、通りで様子がおかしいと思ってたんだ」
「ちなみに、私の溜めは見た?」
女の子の急な振りに道也は頷くことしか出来なかったが、少しニコッとした。かわいいなこいつと道也は内心思ってしまう。
「俺も、その溜めをしたらあんな力が出せるの?」
「ええ、そうね、出せるわ、でもあなたはまだ微力。力を付ければ溜めなくてもこうよ!」
いつの間にか井伊は垂れてない腕で女の子を狙っていたが、女の子は無視を追い払うかのように腕で拳を叩く。
すると、井伊はその巨体を宙に浮かし、横に一回転しながら地面に沈み、井伊は微動だにはするが立ち上がらなくなった。
「な!?」
「練度を高めれば望むときにこんなに力を出すように出来るわよ」
道也は呆気に取られながらも、自身の手を見た。
「俺にもあんな力が……」
「まぁ、この領域にたどり着くには何年掛かるかわからないけどね」
「君は何年かかったの?」
道也の質問に女の子は笑う。
「うふふ、私は0年よ、なんたって私が保有している能力なんだもの、私は自由に使えるわよ」
「君が保有している!?」
「そうよ、さっき、私の存在を疑ってたようだからもう一度教えてあげるわ」
女の子は人差し指を立てて言うと、一旦間を置き、答えた。
「私は、【東の超女】。超女の中でも二番目に多く能力を保持していて、昔、あなたに超能力を与えたわ」
そう、この子は超女。道也は、拳を握りしめていた。
「うりゃあああ!!」
道也は東の超女に向かって拳を振るった。東の超女は道也の拳を手のひらで受け止める。
「どうかしたのかしら?」
「いや、こんな能力のせいで自分の強さをおごっちまってたからよ……ついな」
東の超女はそれを聞くと、受け止めていた手のひらを下の方向に降ろした。
「あ!!」
急にそんな事をされ、勢い余った道也は威力が無い拳を東の超女に当てる。
東の超女の肌はとても綺麗で白く、さらに道也は拳で柔らかさを体感した。
「ごめん!」
「大丈夫よ、痛くはないし、あの幼稚園の時、私の気まぐれで上げたその能力のせいであなたを傷つけたわ、事務所では言い過ぎたわ、でも……」
少しほほ笑んで東の超女は答える。
「今は恐れなんかなさそうね、見せた甲斐があったわ」
「……」
東の超女の言葉に道也は無言で答えると、東の超女はつま先立ちをして、道也の頬に手を置いた。
「あなたにそんな力をあげた私を許してほしい、本当にごめんなさい」
東の超女の声に道也は肩を落として、頭を撫でる。
「じゃあ、最後に聞くけどどうして飴玉を滝ちゃんに渡したの?」
「それは……」
東の超女は少し言いよどむが、意を決したように口を開く。
「それは滝が自分であなたの元に赴いたからよ」
「どうゆうこと?」
「滝はこの数年間あなたの事が苦手だったのに、自分からあなたを心配で様子を見に行ってたのよ、しかもあなたが超女の残党どもの物品を奪っているときにね。彼らに目を付けられるのは革新したわ。そこで私は考えたわ、私の能力を授ける飴をあなたの友達の彼らに上げようって」
道也は驚いた。どうしてあんなところに居たのか、偶然だろうと思っていたが、そういうことだったのか。
「じゃあ滝ちゃんは俺の事を守ろうと……」
「そうね、それで、飴を渡したら君たち三人で食べてくれると思っていたのよ。でも、滝の方が限界だったみたいね、逃げ帰ってしまったわ」
「三人って俺と大吾と滝ちゃん?」
「そう、あなたにも食べてほしかったのは譲り合いが始まらないようによ」
変な所を想定してるなと思ったが、なるほど、賢いなと道也は思った。
「事情は分かった、なら許す代わりに滝ちゃんを助けるまで手を貸してくれないか?」
「最初から力は貸してるわよ」
確かに、滝に力を与えたのも、道也に大事なものを思い出させたのも、今、超能力を説明してくれたのもこの少女だ。
「ありがとう」
「お礼を言うのはこっちよ……さて、あの伸びてる子を治して先に進みましょう」
北の超女は光吉を指した。光吉はすみれの介抱を受けており、すみれは必死そうだ。
「あ、若干忘れてた……」
道也は罪悪感が生まれ、すぐさま光吉のところに向かう。
「堂本は大丈夫ですか?」
道也がすみれに聞くと少し驚いた顔をした。倒れている井伊を見たのだろう。
「井伊さんは死んだの……?」
「いいえ、死んでないわ、今は気を失ってるだけよ」
「あなたは……?」
すみれが東の超女に尋ねる。だが、まさか東の超女とも言えない。道也も少し考えたが、東の超女は、ゆっくり口を開いた。
「ミーナよ、その子をすぐ治せるわ」
「本当!?」
即席で考えた割には良い名前だなと思ったが、もしかしたら元々あった名前かとも思った道也をよそに東の超女---ミーナは、光吉の顔を触っていた。道也の手同様、不思議な光が光吉を治していく。
「これで終わりよ」
「す、すごい!」
すみれの驚くの無理はない。光吉の顔のケガはまるで最初からなかったかのように消え失せた。光吉は相変わらず気を失っていたが、穏やかな顔だ。
「さて、次はあの人ね、流石にあの腕を放ってはおけないわ」
ミーナは倒れている井伊の方に向かっていく。
井伊の腕はあらぬ方向に曲がっていたが、ミーナの力により腕がどんどん治っていった。
「ほんとうにすごい力だな、ええ、その代わり……」
すると唐突にミーナの顔、腕が崩れた。
腕はひん曲がり、指があらぬ方向に曲がり、口や鼻から血が出る。
「おい!! なんだよそれ!!」
「大丈夫よ……すぐ自己修復するわ……」
ミーナは少し苦しそうにそう言うと、確実にどんどん治されていき、ミーナは穏やかな顔に戻った。
「おい、それ使うのやめろ」
道也は口調を崩し真顔でそう言い切った。
続きは明日です。




