第十五話 君は誰ですか?
黒いミニバンは、歓楽街を無理矢理突き進んでいく。ただし、人をよけながら突き進む黒いミニバンは減速を余儀なくされていた。
人々は隅の方に寄り、柄の悪い連中はやじを飛ばしていた。
「あのバイクなんであんな早いの!?」
そう、黒いミニバンの前には、達史の乗った白いバイクが器用に人を避けつつも、ニアミスで人に当たらずに走っていた。
「あちらさん、バイクに慣れてやがる。ギリギリのところを走って歩行者を自身の盾にしてやがるぜ」
後ろに座った大吾が真面目な顔でそう言うと、推は悔しそうな顔をしながら、バイクを睨んだ。
「足引きずった重症人に逃げられたなんて笑いもんだよ!!」
『でもよ、こうにも障害物にされてる人が居るとなぁ、人込みもさっき飛んだ時より多くて、その場で飛ぶのも助走を付けて飛ぶのも厳しいぜぇ、せめて歓楽街外まで出られればなぁ』
「機械のくせに弱気いわないの! この歓楽街から出るのはまずいよ」
「おいおい、無茶言うなよ、リットも困ってるぜ、道也の事なら大丈夫だろ」
大吾は無理を言う推に諭すが、推は焦りながら答えた。
「道也君が大丈夫なのはわかってるよ! 焦ってるのはあのバイクを捕まえないと延々と誘導されて本丸から遠のく可能性があるの!」
「な!? 達史の野郎が誘導だってか!?」
「ええ、あのバイク。さっきから私たちが追い付けないほどの技術は使ってるけど、あれならすぐさま人込みを抜けて目的地に向かうはずよ」
白いバイクの動きは確かに挑発的だった。こちらが人込みが多くなって進めなくなるとわざと人込みに突っ込んでさらに人をこちらに流してきている。
「達史って野郎はほんとに考えてやがるな、多分本丸から遠のかせたら自分は抜け道か何かでとんずらだぜ、まぁ、俺たちには推が居るからすぐに場所は割れるけどよ」
「追いかけるのは可能よ、でもまかれる場所によっては相当なタイムロスよ」
大吾は、ムズムズとしたような顔を見せるが、推は考え込んでいた。
「あえて、彼は追わずに先に本丸に行くのも有りなんじゃないかな?」
「それだ! そしたらあいつは本丸に戻るしかねえってわけだ」
推の提案に大吾は指を鳴らして賛成すると、推は強く頷いた。
「一回、道也君のところに戻ろう、リット、適当な駐車場に一回Uターンして道也君のところに戻って?」
『了解!』
推の命令通りに、リットはたまたまあったコンビニの駐車場にUターンで入り、戻ってきた道を戻っていった。
白いバイクに乗った達史は去っていく黒いミニバンを一瞥するも、何事もなく走り去っていった。
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一方、道也、すみれ、光吉はバイクに三人で乗りながら、歓楽街を走っていた。
「せまい!! おい! 堂本! 今、おならしたろ!!」
「してねえ!! 言いがかりはやめやがれ!! しかもいつの間にか君外れてるし!?」
「ちょっと! 耳元で騒がないで!!」
三人はあまりにも重量があり、スピードを低減させつつ、なんとか運転していた。なのに、さらに言い合いが始まり、居心地は最悪だった。
「このバイクが400cc以上無かったら、今頃この重さに耐えれなかったわ……」
すみれが呆れた様に言うと、光吉があわあわとし出してしまう。
「姐さんに迷惑かけちまうなんて! すまねえ! 姐さん!」
「だから耳元で言わないでって! 大丈夫よ!」
すみれは文句を言いつつも、笑いながら答えた。
「でもどうして、バイクやらなんやら協力してくれるんです?」
「んー、そうだね、達さんを変な事に巻き込まれて失わないためかな……? あの人、ほっといたらすぐ消えちゃいそうなのに今回は本当にあぶなそうで、なかなか言葉が出ないわ……」
道也の問いに不安を押しつぶしたような声で答えるすみれに道也は笑う。
「心配なんですね、わかります。俺も、幼馴染の事が心配で、ほんとに心配で、そんな資格もないだろうけど、助けたいんです! 今度こそ!」
「その幼馴染は幸せね、なら、私も達さんの事助けないとね!」
「俺は! 姐さんも兄さんもなんならその幼馴染や道也も救ってやらぁ!!」
道也とすみれが笑いあいながら言うと、光吉も負けじとそう宣言するが、道也はついに声を出して笑いだした。
「堂本、欲張りすぎよ!! あっはははは!!」
「う、うるせえ! 男の夢はでっかくだ!!」
「夢じゃなくてそれ目標だけどな! あははは!!」
「どっちでもいいだろうが!!」
道也と光吉はしばらくそんな言い合いをしているといつの間にか歓楽街を抜けていた。
「どこに行くんですか?」
「達さんはきっと本家に行ったわ、だから近道よ」
「本家……?」
道也が聞き直すと、光吉は指を立てた。
「蘇原儀組の本家だ! 兄さんは一応幹部だからな!」
「つまりこれからヤクザの本家に行くの?」
「ええ、そうよ」
光吉の説明から、道也は目を細めて言うと、すみれは当たり前といった感じで答える。
「道也君の仲間も達さんを追ってるなら、合流は可能だと思うけど、連絡とか出来ない?」
「すいません、俺、携帯持ってなくて……」
「今時、珍しいわね……」
意外と言った風に言われた道也は申し訳さそうにしながら考えた。
「でも、途中で捕まってた場合、もう戻ってる可能性も……」
「あの人、バイク乗ってると携帯切ってるんだけど、多分あなたの仲間に捕まってても出ないわね……一応、本家に行ってみましょ、知り合いが居るの」
「わかりました」
道也の返事を聞くと、すみれは少し加速を加えた。
しばらくバイクで、一般道を走行後、すみれはバイクを右折すると一般道から、立ち入り禁止の看板が立っている古臭いトンネルに入っていった。
トンネルの中は整備などがしておらず、砂利やら木片、さらには少し変なにおいが漂っていた。
「なんですかこのトンネル?」
「達さんがよく通ってる本家への近道よ、本当はここから隣の街へのトンネルだったんだけど、ここで殺人事件が起きたり、落石事故があったりで色々不幸が重なってここを使用するのは縁起が悪いって使われなくなったの」
「そんなとこあったんですね……」
「ええ、ここからは下に何があるかわからないから一旦降りるわよ、多分、達さんが捕まってないならこの先に居るかもしれないし、もう本家入りしてるはずよ」
すみれの言葉を聞き、辺りを見渡し、前方を見るが影一つ見えやしなかった。
「そろそろトンネル抜けるわよ」
道也は辺りを見渡すと、行き止まりのトンネルの突き当りに鉄扉が一つ見えた。
「あそこから出れば、本家に行く道路に出るわ、多分、達さん通ってるわね、足跡が扉前にあるわ、こんな道通るのあの人くらいだから事きっと今頃本家ね」
すみれが指摘する場所を見ると微かに足跡が残っていた。
すみれは砂利の少ない場所にバイクを止めると、鉄扉の取っ手に手を掛けた。
「あぁ! それは俺がやりますよ! 姐さん!」
「大丈夫っっっ!!」
すみれは思ったよりも力があったようで鉄の重い扉はなんなく開いていった。
「姐さん! 流石だ!」
「あんまり私を舐めてもらったら困るわ!」
すみれはドヤ顔しながらバイクを持って、扉から出ようとした瞬間、道也には見えた。
扉に向かって無数の影が虫が這うかのような様子ですみれに向かって行ってたのだ。
「危ない!!」
道也は扉から出かけていたすみれのお腹に咄嗟に手を回し、引いた。
「きゃあ!」
すみれは突然の事に小さく叫ぶとバイクを手放し、道也の身体に倒れ込む。
「ちょっと!なんなの!?……!?」
すみれが非難の声を上げると同時に、置き去りにされたバイクがバラバラにされてしまう。
まるで鋭利な刃物で切断されたような切断面を見せながらバイクは扉の目の前で炎上を始める。
「やばい!!姉さん!! 道也!! 逃げねえと!」
光吉はすみれの腕を下から持ち上げると、肩を貸した。
道也も反射的にすみれに肩を貸し、3人は急いでバイクから離れる。
バイクは3人が離れたのを見計らったようにガソリンに引火し轟音を立てて、爆発してしまう。
「ぐあ!」
「……っく!」
「……!」
3人は爆発の余波を受け、熱風に晒されるが、目立った外傷は受けずにすんだ。
だが扉はバイクの残骸で塞がり、通れそうもない。
「なんなの? さっきの……」
「あれが達史さんが関わってる連中の能力です、ほら!出てこい! まだ居るんだろ!」
道也の挑発が効いたのか、トンネルに砂利を踏む音が響いた。
「ついにお出ましか!」
そこに現れたのは光吉よりも体躯が大きく、青い制服に身を包んだ大男---道也たちが巻いた井伊という刑事だった。
井伊は何も言わずに砂利を踏みながら近づいてくる。
「け、刑事さん?」
道也が呼びかけるも何も言わず、さらに近づいてくる井伊をよく見ると目が虚ろだった。
「あら、井伊さんじゃない! どうしたの! こんなところで!」
すみれさんは笑顔で問いかける。知り合いらしい。
だがその呼び声にも井伊は答えず、こちらにだんだんと近づいてくる。
「なんかあの刑事、様子が変じゃねえか?」
「だろうね、顔が目が異常だ」
光吉と道也は身構え、自然にすみれをバックに配し、守る形になる。
井伊は光吉と道也達から、1mくらいで立ち止まり、3人をじっくり目を動かしながら見だす。
「うううううううううう!!! あああああああああ!!!」
井伊は唐突に叫び出すと、頭を抱えながら道也達に突っ込んできた。
「おらああああ!!!」
「待て! 光吉!! 早まるな!」
道也の静止を振り切り、突っ込んできた井伊に光吉も負けじと、両腕を合わせ、体を丸めると井伊にタックルを繰り出した。
だが、井伊は走っている途中で走り幅跳びのようにジャンプし、腕をL字に曲げた。
井伊はその体制のまま、光吉に突っ込んでいく。
「空中ラリアットか!?」
光吉は咄嗟に横っ飛びをし、右に体を叩きつけて避けようとするが、叩きつけ先の砂利を素肌で下敷きにしてしまい、光吉は苦痛の表情を浮かべる。
「がああああ!!」
そんな光吉にもお構い無しに、井伊は光吉の走っていた場所に砂利を巻き上げながら着地すると、すぐさま光吉の方を向いた。
「くそ!? そんなのありがあああああ!!!」
光吉は急な方向転換に対応した井伊に驚き、言葉を発しようとした瞬間、井伊のL字に曲げた腕が直線に戻り、光吉の顔面目掛けて鋭い右ストレートが繰り出された。何かが潰れたような音がトンネル内に響く。
光吉は白目になり、鼻や口などから血を流し、元々巻いていた包帯が剥がれ落ちてしまっていた。
「いや!! 光吉くん!!」
すみれの悲痛な声が響くと同時に、道也は動いていた。
井伊が昏倒した光吉から目を背け、道也たちの方を向くと同時に助走が付けられた道也の回し蹴りが井伊の右肩に打撃音を響かせた。だが、井伊は表情を変えたり、声を上げたりはしなかった。
「てめえ! 殺す気でやりやがって!! てめえを殺すぞ!!」
道也にしては珍しい声音だ。本気で怒っていた。
井伊は気にすることもないといった風に左手で道也の足を軽く払いのけようとするが、道也はすぐさま足を引き、距離をとった。
「くそっ、効いてねえのか?」
道也は漠然としない不安に駆られた本気の蹴りを食らわせたはずなのに表情さえ変えさせられなかった。 すると不意に少女の声を思い出そうとした。
「微力のお兄さん」
道也は驚いた。頭の中で思い起こそうとした言葉が耳元で聞こえだしたのだ。道也は焦って周りを見渡しても誰も居ない。
「危ない! 道也くん!!」
すみれの必死な声で道也は目を離した事を後悔した。
井伊は大ぶりで右拳を振るい、道也の顔面に当てようとしていたのだ。
「くっ!! らあああ!!」
道也は井伊の拳に合わせて、右拳を繰り出し、拳を拳で止めようとした。
「ああっああああ!!! ああああああああああ!!!!」
道也の拳と井伊の拳が相打ちになり、道也は絶叫しながら、膝を崩した。道也の右拳から血が流れ落ち、指は変な方向に曲がりきっていたのだ。
「俺の手がああああああ!!」
道也は叫び泣き、手を押さえた。
「痛い痛い痛い痛い痛い!! 指が動かない!!」
喧嘩をしてきてここまでのダメージを受けたことがない道也はパニックに陥った。
すると、不意に道也の視界にゴスロリ服のスカートがチラチラと映り始めた。
「私のせいでこうなってしまい、もうわけないわ……今、治してあげるわ」
道也の耳元に少女の声が聞こえる。横を見ると道也の横にしゃがんで道也をじっと見ている可愛い顔がドアップに目に写った。
その顔には、前と違って優しくまるで聖女のような暖かみがあった。
道也のボロボロの手は光を宿し、痛みが和らいでいく。
「君……天使か何か?」
「あら、お上手ね、でも私は残念ながら天使ではないわ……私は……」
少女の言葉に道也は目を見開いた。殺気に満ちた目で少女を睨んだ。
続きは明日です!!




