第十四話 喧嘩仲間って何ですか?
堂本 光吉。彼がここに居るのは道也にとって予想外だった。光吉は怒った様子で道也たちの方に近づいていく。
「おい! そこのお前! 姐さんから退け!」
光吉はマウントを取っている推に怒号を浴びせ、威嚇すると推は適当に両手を上げながら上を退いた。
「姐さん、大丈夫か?」
光吉は姐さんと呼ばれるキャバ嬢を起こして聞くと、キャバ嬢は少し眉をしかめた。
「あんた、達さんから今日は来るなって言われなかったの?」
「いや、言われたけどよ、俺のせいでブツが無くなったのによ、兄さん、お見舞いまで来てよ、俺だけ何もせずに帰るわけにはいかねえと思って」
「ふっ、あんたは本当にいい子だね、けど、言いつけは守らなくちゃ」
「おっす、すいません」
光吉は申し訳なさそうに、キャバ嬢に頭を下げると、キャバ嬢は光吉の頭をポンポンと叩いた。
光吉は嬉しそうな顔でキャバ嬢を見ると、すぐさま、道也たちの方を向いた。
「それはそうとてめえ! 姐さんのキャバクラにまで来て何の用だ!」
光吉は怒りながら叫ぶと、道也はさぞかし面倒そうに推を見た。
「ごめん、皐月さん、先に達史さんを追いかけといて? 捕まえたら一度戻ってきてくれると嬉しいな」
「わかった、捕まえたらすぐ戻るから!」
推は道也に言われた通り、達史の匂いを感知しながら路地を出た。光吉はそんな推には目もくれずに道也を見ていた。
「そんな見られてると、堂本君の目からビームが出るかもって心配だよ」
「でるわけねえだろ! というか、お前この人たち倒したって言わねえよな?」
光吉は下で伸びている二人の事を言っているのだろう。道也はあっけらかんとした顔で答える。
「半分正解だよ、一人は俺、そこで顔腫らしてる人ね、で、二人目はさっきの人」
道也の答えに半信半疑な光吉は咄嗟にキャバ嬢の方を見ると、キャバ嬢は小さく頷いた。
「お前、そんなに強ったのかよ、この光吉様のライバルとしちゃあ上出来だぜ」
「ハハハ! 堂本君のライバルなんて俺に失礼だし、その様付けやめな? 痛いよ?」
道也は笑いながら光吉にそう言うと、光吉は有無を言わずに突っ込んできた。
「おらあああああああああ!!」
光吉は、腕を振り上げ、道也の顔面目がけて腕を振り落とした瞬間。
「うっ!!!???」
光吉はその場で奇妙な呻き声を上げ、腕を上げたまま静止した。
「堂本君、言おうと思ってたけどいつも堂本君隙だらけだよ」
道也の指摘は最もで、光吉は殴ることだけを考えて、防御を怠たり、道也の蹴りをもろに受けてしまっていた。
「がはっ! おえええ!」
道也が足を退けると、光吉はお腹を抱えてその場にへたり込んだ。
「光吉君!!」
キャバ嬢の人が光吉の元に駆け寄り、光吉を心配そうに背中を摩りだし、道也を睨んだ。
「あなたこの子と友達なんでしょ!? やりすぎよ!?」
「友達じゃないです」
キャバ嬢は信じられない目で道也を見ると震える口で怒声を吐いた。
「光吉くんはあなたの事もいつもつるんでる子たちも友達のようなもんって言ってたのよ!?」
「……姐さん、それは……」
光吉の言葉にキャバ嬢は口を押える。多分、口外するなと言ってあったんだろう。道也はため息を吐いて答えた。
「堂本君、君は友達なんてもんじゃないでしょ」
道也の言葉に光吉は顔を上げた。そして、道也はニッコリ笑い、答えた。
「喧嘩仲間」
光吉は目を見開いて、下を向くと笑いながら地べたに座り込んだ。キャバ嬢も少し穏やかな顔をし、光吉の背中を摩り続けた。
「道也、今日の夕方には負けたからアタッシュケースをやったな、今はあいにく手持ちはねえ、だから俺に聞きたいことがあるなら聞きな?」
光吉の提案に道也は少し考える素振りを見せ、道也は大吾の前に座った。
「お前の兄さんについてだ」
「おう」
「お前の兄さんの組で最近おかしいと思った事はあるか?」
道也の質問に光吉は考え、答える。
「実はな、最近、兄さんの事務所に女が居候しててな、黒いドレスの女だ、で、迎えに来たついでに姐さんにその事を聞きに来たわけだ」
「残念だけど、私、その人の事知らないわ……」
キャバ嬢は、悩みながらもそう言うと、道也の方を向いた。
「知らないといえば、自己紹介がまだだったわね、私の名前は米野 つみれ(よねの つみれ)。源氏名で登美奈って呼ばれてるわ、堂本達史の彼女よ」
「どうも、堂本君のクラスメートの木場 道也です」
「あなた、本当にかわいい顔してるわ、どう? 女装とかしてみな……」
「しません!」
謎の勧誘をきっぱり断った道也につみれは頬を膨らませるが道也は無視を光吉の方を見た。
「姐さんに気に入られるなんて! 俺もかわいくなりたかった!! いてぇ!!」
悔し涙を流しながらそう言う光吉の頭を道也は拳を固めてドつくと、光吉は頭をさすりながら道也を見た。
「うるさい! かわいいかわいい言うな!! そんな事より続きを言え!」
「わ、わかったよ」
道也は怒鳴って光吉の頭を叩くと、光吉は話を再開した。
「でだな、俺、その居候の女と兄貴が気になって盗み聞ぎしたんだ、そしたら……」
♦
光吉は学校帰り、達史の運営する金融会社に立ち寄っていた。
客用ソファに座り、コーヒーを飲んでくつろいでいた。
「光吉、悪いな、学校疲れただろ?」
「兄さんの為ならこの光吉、どこへだって行ってやるさ」
達史に向かってにっかり笑って、光吉は答えると達史も満更ではないように笑った。
「まぁ、頼みというのはだな、少しお前に取ってきてほしいものがあってな」
達史は少し口を濁していたが、光吉は特に疑問に思わず、達史の目を見た。
「兄さん、大丈夫だ、俺を信じてくれ!」
「あ、あぁ、分かってる。俺はいつでもお前を信じてるさ」
達史は安心しきった顔になり、小さい正方形の紙を取り出した。
「駅のロッカーにアタッシュケースを隠してある。番号はこの紙に書いてある通りに打って取り出して、ここまで持って来てくれ。頼んだぞ」
「おう! 任せといてくれ!」
光吉は紙を受け取ると、自身のズボンに入れ、事務所から出ていこうとした時、光吉が開ける前に扉が開いた。
「あら、どこの動物園から逃げたゴリラかと思ったら人間だわ」
驚いてしまったわと上品に笑う。
「お、おっす、えっと兄さんの知り合いです、か?」
「無理に敬語使わなくて良いわよ」
「おっす……」
上品な女性の気風に押され、光吉はしどろもどろになってしまう。
「光吉、悪いがそろそろ行ってきてくれ」
「わ、わかった」
「あら、もう行ってしまうの? お話を……」
「五野目! 弟に構うな」
上品な女性---五野目の言葉を遮り、達史は威嚇するように五野目に吼えた。
「もう、そんなに二人きりが良いなんて大胆ね、堂本さん」
「お前とは話したくもないんだがな」
五野目のセリフに嫌そうな顔をした達史は、光吉の方を向き、手を振って出ていくよう催促した。
光吉は、ドアを開けて通路を通ろうとした瞬間、ある考えが過った。
「もしも浮気なら姐さんが可哀想だ……、どんなことを話してるか少しだけ聞いてみるか……」
光吉はそう思うと急いで壁に耳を当てた。
微かに五野目と達史の声が聞こえてきた。
「オヤジはなんて言ってるんだ?」
「蘇原儀 帯人さんは、私にすべてを任せるそうよ」
「そうか、まぁそうなると思ってたさ、だから弟にアタッシュケースを取りに行かせたからな」
「囮に弟を使うなんてあなた本当に外道ねえ」
「なんとでも言え」
「大丈夫よ、弟さんには見張りを付けてあるから」
見張りが付いている。そう聞こえた瞬間、光吉は驚いて、周りを見渡した。
だが、何も見えず、光吉はため息を吐いた。まだ居ないのかもしれない。光吉はもう一度、耳を扉に付けた。
「その見張りが弟に指一本触れてみろ、殺すぞ」
「ふふふ、大丈夫、その人は今、実体が無いの」
「またぶっ飛び能力か?」
「ええ、彼は影をあるところから飛ばしてるの、ある意味、闇の中を生きている人よ」
「闇の中ね……」
光吉はだんだん話についていけなくなる。自分は影に守られてるのかとバカバカしいと思い始めた。
「薬を安全な所に運べれば、あなたの組全員がそういう能力者になれるようにしてあげるわ、契約だもの」
「オヤジはそんなもの本気でほしいと思ってるのか……」
「ええ、だってあなたの組長さんは……」
「……」
光吉は耳を疑った。だんだんとまるで音を絞られていくように、声が聞こえなくなっていた。
「……サービスは終わりよ、ゴリラさん」
光吉の耳元に五野目の声が響いた。
「わあああああああああああああ!!!???」
光吉は驚き、通路を逃げ惑うと、何かを蹴り飛ばしたが、気にせず階段を降りて行った。
♦
「組全員を能力者化だと!?」
道也は絶句した。達史の組が何人の構成員が居るかは知らないが、相当な数の超能力者が生まれてしまう。そしたら人種も人種だ。超能力を悪用される可能性が高い。
「まずいな、早く皐月さんに伝えないと!」
道也は路地の外に抜けようと立ち上がると、つみれが肩を押えた。
「まだ邪魔する気ですか!?」
「違うわ、達さんは今、バイクで移動してるはずよ、きっとあなたの仲間は追うのに必死のはずよ、彼、バイクの運転上手いから」
「さっきのカギはバイクのカギだったんですね」
「ええ、急いで移動しなきゃって碌な説明もなかったけど、バイクのカギを渡したの。うちの店、蘇原儀組がケツもちになってて、幹部の達史さんがご贔屓にしてもらってるから、達さんに頼まれて、達さん用のバイクを何台か地下に保有してるのよ」
道也はその説明を聞いてはっとした。
「何台かって事は後一台くらいありますね!」
「ええ、あるわ」
「お願いします! 貸してください!」
すみれはその言葉を聞くと店に一度戻り、すぐに鍵の束を持ってきた。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます!」
意外にもすんなり持って来てくれたすみれに驚く道也だったが、すみれは鍵の束から一本抜いた。
「私が運転するわ」
「え!?」
「姐さん、運転出来るのか!?」
道也は当然ながら光吉も驚きを隠せなかった。
「私はこう見えて、昔はレディースだったのよ?」
すみれはウィンクすると、店の中に入っていった。
「ほら、二人も!」
「はい!」
すみれに誘われるまま、店の中に入ると強面の男が一人立つフロントに出た。
フロントの横を見ると、派手やかな女性たちとサラリーマンなどの男たちが酒を飲んで楽しんでいる様子が見えた。
「お疲れ様です。少し、達さん関係で出ます、地下のカギをこちらへください」
「了解です!」
すみれが男にそう言うと、男は納得したのだろう、元気よく頷いた。
「あ、先ほど、達史様が地下のバイクを持って出ていきましたが」
「ええ、それを追いかけるのです、忘れ物を達さんにしては珍しくしてしまったので」
フロントの男は首を傾げたが、すぐさま地下のカギらしきものを渡してきた。
「ありがとう」
すみれはカギを渡されると悠々とフロントの隣の扉を開ける。扉の先には鉄製の階段が続き、下にスペースがあるようだった。
「薄暗いですね」
「まぁ、普段はほんとにバイクしか置いてないからね」
菫の誘導に従い、道也と光吉はゆっくりと降りていく。
「ほら、着いた!」
そこには、バイクが10台ほど並んだガレージのようなところだった。
「このバイクなら三人乗れるわね」
そこには少し胴が長いバイクがあった。そのバイクは赤を基調とした色になっており、一言で言うとかっこよかった。
「一番後ろに道也君、真ん中に光吉くん、で、私が運転! これならいけるわよ!」
「堂本君、縮め」
「無理に決まってんだろ!!」
「ざけんな、なんで堂本君の背中に抱き着かなきゃいけないんだ……くさそう」
「ほんとに途中で叩き落してやろうか?」
絶対狭いと確信した道也が無理を言うが、光吉は猿のように顔を真っ赤にして、怒り出した。
「大丈夫よ、なんとかなるわよ、あ、でも変な所触ったら途中で事故に見せかけて殺す」
「全然大丈夫じゃなさそうなんですが……」
すみれはにっこりと物騒な事を言ってのけ、道也の顔が鬱屈としだした。
「ねねねね、姐さんの身体に触れるのかぁ……」
「お前は少し落ち着け」
光吉に至っては顔をデレデレとさせて、とても気持ちが悪いなと道也は思った。
「さぁ、準備は出来たわ。いきましょう!」
すみれは声を張ってそう言うと、三人はバイクに乗り込んだ。
十五話は明日です!




