第八話 助っ人はロボットて本当ですか?
夜も深まってきたころ、大吾と道也は車で移動をしていた。黒いミニバンの後部座席に肩を並べ、二人はとても怪訝な顔をしていた。
「どうしたの? 二人とも? 元気ないぞー!!」
元気にはしゃいでいたのは、助手席に居た推だった。推は二人が元気がない事を気にして、振り返ったが、すぐさま運転席に目を移し、どうしたんだろうね?と聞いた。
すると
『おいおい運転なら大丈夫だって! 事故らない事故らない!! 安心しろってもんだよ! イエァ!』
車の中にノリノリのセリフが機械音で響いた。運転席や道也たちの居る後部座席の後ろ。更には天井からも聞こえてくるその声に道也はさらに項垂れた。
この車は生きていたのだ。推が言っていた援軍はこの車であり、足が来るのを待っていたのだろう。
最初見た時、突然、車に誰も乗っていないのに、『やほやほ!! 迎え来たよ! 推!! あ、俺はリット! よろしく!!』と車から聞こえてきた時は、一瞬の判断で道也は車を蹴り壊そうとしたが、推に止められ諦めた。
「こんなの非現実すぎるよ……現実の常識もよくわかってない大吾なんてわからなさすぎて白目剝いてるし……」
「そんなことないよ! 車に命があるって理解できれば一発だって!」
「だからぁ! 普通は車に命は無いし、こんなノリノリで喋らないよ!!」
「道也君は頭が固いなぁ……」
「固いとか固くないの問題じゃなくて、まず誰も運転してないのがすごい気になるし! 全方向から聞こえる声に一々驚くんだよ!」
次々と文句を言っていく道也だったが、推は首を振って、前方に向いたままこちらを見なくなってしまった。
知らんぷりに決め込まれ、どうして大吾があんなに適当な態度で推察していたのかがわかった気がした。
『まぁまぁ、俺たち、座席を通して温かさを共有してる仲じゃねえか! 気楽にいこうぜ?』
「なんだその気持ち悪い関係!? 」
突然、よくわからない事を言われ、思わずツッコむ道也だったが、そろそろ疲れたのか、座席に深く座り込む。その拍子に大吾と肩がぶつかってしまい、大吾が急に白目から戻り、辺りを勢いよく見渡し、道也を見た。
「おい! 道也! 喋る車の中に乗る夢見たぜ!!」
完全に夢だと思い込んでる大吾は、目をギラギラとさせながら親指を立てて報告してくるが、夢じゃねえよ! とツッコむ気力も無くした道也は、あ、うんとだけ言うと、目を伏せた。
「あ? どうしたんだよ道也? 車酔いか?」
『車酔いなら車酔いの薬があるぜ! どうする! 道也!』
「わあああああ!!! まだ夢なのかぁ!?」
大吾が心配そうに聞くいた、次の瞬間、車の声が響き、大吾は本気の叫び声を上げて驚いた。
『夢じゃないぜ! 俺たちゃ、ブラザー! イエー!!』
「最近、疲れてるのかもしれねえな……」
「大吾、幻覚でも幻聴でもないからな、現実だ」
疲れのせいにしようとした大吾に一言すると、大吾は、まじかと言った風に顔を歪ませた。
「やっと元気になったね! 二人とも! そろそろ目的地に着くよ!」
推は知らんぷりをやめると二人に元気よく言い放った。
「そういえば、車に気を取られてたけどどこに向かってたの?」
「残党と戦った場所かな」
「どうしてそんなところに? それに俺は本拠点に行きたいんだ、早く滝ちゃんを救わないといけないんだ!」
昂った気持ちでつい力強く言うと、推は、アタッシュケースを開封して出てきたハンカチを差し出した。
「今は、本拠地がわからないんだ、でも、このハンカチさえあればすぐわかるから安心してよ」
冷静にそう言われ、道也は昂った気持ちを収めると、推を見る。
「それでなんでわかるんだ?」
「私の能力について言ってなかったね、私の能力はこのハンカチを使った探知能力、偶然、遭遇した残党に敗走したって言ったでしょ? その時、残党に取られてたんだけど、まさか薬の輸送の囮に使われるなんてね……」
「囮?」
「私の探知能力はそのハンカチを含めて完璧になるの、ハンカチが無いと不安定で、なんとか超女の気を追って、たどり着いたのがさっきのアタッシュケース。 たぶん薬は運び終わってる、でもこのハンカチがあれば、あいつらがどこに向かっていったのかわかるよ」
推はハンカチを大切そうに握り答える。時たま見せる寂しそうな顔をしながら。道也が何かを言おうと口を開いた瞬間、全方向から声が響いた。
『そう落ち込むなよ! 推、大丈夫! 俺たち四人で取り返そうぜ!! イエー!!』
慰めるように車は声を響かせる。推はそれを聞き、ニコッと笑う。
「分かってるよ! リット!! ほら、早く行こう!」
『オーケー! オーケー!! 後ろの二人もオーケー?』
大吾と道也はそう問われ、顔を合わせると不敵に笑った。
「オーケーだよ」
「おう、俺もオーケー、頼りにしてるぜ、推!」
三人と一車は目的地へと急いだ。
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滝の家から30分ほどで着く、暗闇の海、海の波だけが辛うじて見える港。
そこに黒いミニバンが一台止まった。
扉が開き、出てきたのは、少年のような格好をした金髪の女性と、小柄で一見おとなしそうな少年、さらに、銀髪のワイルドカットが目立つ鋭い目をした男。そう、道也たちだ。
「ここで戦ったんですか?」
「うん、実際にはこの港の倉庫だけど、本島に上陸して、最初に各人が情報を集めて、夜、その倉庫に集まろうって話をしたの、でも集まったのは、仲間の死体を持った残党3人と運よく生き残った私と先輩二人、そして車のリット、私はリットと届いた情報を上陸用の船の周囲でまとめる係についてたから現場に行かずに助かったの、それで、先輩たちと頑張って戦おうとしたんだけど残党三人に手も足も出ずに惨敗、先輩たちは私をリットに乗せて逃がしてくれたの……」
推は、少し泣きそうになりながら話した。
「正直、私一人なら、死ぬと思う。でもそれでも仇が取りたくて……! でも、私、ハンカチも落としちゃって……奴らを追うのも出来なくて……!」
「その先輩たち、もしかしたら生きてるかもしんねえだろ」
「え?」
遂に泣いてしまった推に大吾が不意にそんなことを言い出し、推は泣きながらキョトンとするが、大吾は頭を掻きながら、言い続けた。
「いや、ほらよ、もしかしたらギリギリで逃げ延びた可能性もあるんじゃねえの?」
「……そうだね、確かに、うん、絶対そうだね」
大吾の言葉に推は元気づけられたようで、涙が出てた目を拭う。
「大吾にしては、良いフォローだな」
道也が小声で囁くと大吾は、うるせえとぶっきらぼうに言って口を閉じてしまった。
「じゃあ、そろそろ目的地に行こうか」
『俺は車だからよ! おとなしく待っとくぜ!! 何かあれば連絡よろ!!』
しゃべる車のリットはエンジンを鳴らしながらそう言うと、近くの道路沿いに止まった。
「じゃあ、三人で行こうか、あそこの倉庫の中に用があるんだよね」
推は港に並ぶ倉庫の一番端から左を差して歩き出したので、道也と大吾は言われるがまま付いていった。
「にしても、こんなとこで本当に戦闘が起きたのか?」
「倉庫の中見れば、わかると思うよ」
綺麗な海が見え、整備された港に争った形跡など見あたらず、拍子抜けした道也だが、倉庫の前に意外なものがあるのに気付いた。
警察が良く張っている進入禁止のテープがバッテンの様に倉庫の鉄扉に貼ってあったのだ。
「まぁ、無人の港ってわけでもないし、こうなるよね……」
推はどうしようかと迷っている様子で、テープをマジマジと見る。
「って、君たち何してるの!?」
なんと道也と大吾がズカズカと扉の前に歩き出し、テープをびりびりと剥がし始めたのだ。
「一応、この国の警察組織が公式で張ったものでしょ!? 剥がしていいの!?」
推にとっては公式の物ということがとても重要なポイントらしく驚いた声を発するが、道也と大吾はお構いなしにすべてのテープを剥がし終えてしまった。
「これがあっちゃあ入れねえし、俺は警察は好きでも嫌いでもねえけど、こういうの入っちゃいけませんみたいなのを破り捨てるのは大好きだぜ」
「そうだね、今は早くここに入って証拠掴まなきゃいけないし、大吾とはこういうとこよく無断で入ったもんね」
「自殺スポットとか行ってよ、渡っちゃいけねえ橋の上でジャンプとかしたよな」
「あれは大吾、落ちかけてたじゃないか」
「そういやそうだったな? まぁ、今が無事なんだからいいだろうが」
大吾と道也は推に笑いながら談笑をするが、推は苦笑いしか出来ないといった様子だ。
「だから気にすんなってことだよ!」
「ま、まぁ、開けちゃったものはしょうがないから入ろうか!!」
道也の最後の言葉で推は遂に吹っ切れた様子でそう言いのけた。
「じゃあ開けるぜ」
大吾が先陣を切って、重そうな鉄扉だったが、スライド式が組み込まれていたのですんなりと開き、三人は特に緊張をしている様子もなく、中に入った。
「なんだこれ……」
道也たちが見た光景は、道也たちが普通に過ごしたら拝めない光景だった。
倉庫の至る所が歪み、コンテナには銃痕、砕かれたコンテナもチラホラあり、警察が調査中なのだろう。現場保存はしたままで、血痕なども飛び散っていた。
「ほんとにひどい……ごめん、二人とも長居はしたくないから情報をすぐにハンカチでぬぐい取るね」
「はい、俺もあまり居たくないですし」
「さっさと済ませて道也の幼馴染救いに行こうぜ!」
推の問いに二人は納得し、推はある一定の場所に迎い熱心にハンカチで拭っていた。
しかもそこは一番血痕が残っている場所だ。
「このハンカチは特別製で私の微弱な探知能力を極限まで高めてくれる私だけの物、拭った足跡なんかの匂いを辿って相手の位置を把握できたりするの、残党どもが立っていた場所はここだと思う。殺された先輩の血の池が出来てたのを覚えてるから」
つまり、血が多く出る殺され方をされたか、吊るされてたかだ。だが、推の話では残党どもが死体を持ってらしい、つまり前者だ。道也は、目を瞑りながら答える。
「だからそこだけ、血痕が多いんですね…...」
「うん、私ね、殺された三人の先輩たちと行方不明の先輩二人に誓って私はやつらに勝つって決めたの。よし、これだけあれば匂いを辿れるよ」
推は覚悟を決めたような顔をすると、道也と大吾を追い抜いて、早く出ようと扉から出ようとした。
「きゃっ!!」
推が短い悲鳴を上げる。推がライトで照らされていたのだ。道也と大吾は推のもとに慌てて走って向かうとそこには上半身はよく見えないが下半身の警官が二人、ライトを持って推を照らしていたのだ。大吾と道也も推の元に向かっていったので照らし出されてしまう。警官二人の姿はライトで見えなかった。
「君たち! そこで何をしているの! テープを剥がしたのもあなたたちね!」
「おとなしくしろ!!」
一人は若い女性でもう一人は中年くらいの男の声だ。
「ちょっと行ってくる!」
「大吾!?」
「お兄さん!?」
声で性別が判明すると否や、大吾は突然猛ダッシュし、男であろう警官に突っ込んでいったのだ。
「どうりゃあああああ!!!!」
大吾のタックルは中年警官の身体に直撃した。中年男性はライトを手放してしまう。大きな衝突音とかなりの威力があり、並みの大人では太刀打ちできないであろう代物。大吾自身、ライトを落とすのも無理はないと思った矢先、大吾の視点が地の底になった。
そして、投げ出されたライトが大吾の状態を鮮明に表した。
「甘いぞ、そんなタックルでは私は倒せん! ふん!!」
確かに大吾の見事なタックルは中年警官に直撃したが、だが、中年警官は倒れず、大吾の腕を軽くひねり、地面に伏せさせていたのだ。
「大吾!? 大丈夫……!?」
道也は大吾を心配し、声を上げたが、ライトで照らし出された中年警官の姿を見て驚いた。
中年警官の体格は光吉を二回りも大きくしたような背格好で、腕はプロレスラーのように太く、たくましかったのだ。
「がぁ!! くそっ! 離しやがれ!」
「私がライトを捨てたのは君の事を拘束するためだ、背負い投げをされなかっただけマシだと思ってくれ」
「くそが!」
大吾は説明を聞くもなお、暴れるが、解けず、暴れるたびに締まっているのか段々と苦しい声を上げだした。
「おい、大吾を離せ!!」
道也は中年警官に呼びかけると、中年警官は首を上げる。
「では、君たちはこちらに頭に手を乗せてきなさい」
中年警官は冷静な声音でそう言った。道也は悩む間もなく手を頭に乗せ、歩き出した。ダチを見捨てられないからだ。
推もそれに倣い、手を頭に乗せ歩き出す。
「良い心がけだ、友達を見捨てないのは良いことだぞ」
「ちょっと、何褒めてるんですか!」
中年警官に注意をする女性警官の姿は未だによく見えない。そんなやりとりに道也は特に反応を見せずに近づいた。
「大吾を離せ」
「あぁ、わかった」
中年警官は、約束通り手を離すと道也と推を見据えた。
「わりいな、道也、先走った」
「大丈夫だよ」
大吾は腕を摩りながら、立ち上がり、道也の隣に並ぶ。
「では、君たちを連行します」
女性の警官の声に促され、三人は連行されていった。




