プロローグ
初めての百合系作品。
序盤はシリアス感が滲み出ておりますが、それはさておき、百合系が好きな方、是非ともお読み下さい。
感想、アドバイス、誤字、脱字等ありましたら、感想欄にてお願いします。
───記憶とは?
私は思う。記憶とは、何の為にあるのかと。
必要なものであるとは理解しているものの、人の記憶とは、曖昧なものであり、そしてそれは時に大事な内容に限って薄れてしまっているのだから、不安定で心底困るもの、とも思っている。
……それに、そう思っている私自身も、今まさに記憶の曖昧さによって追い詰められているのだから、嘆くばかりである。
覚えていない、その一言では片付けられない程の内容……問題であり、つまりそれは、私の返答次第で何かが変わる、という事である。いや、結局は何かが変わる事には変わりはないのだけれど、それでも最善の返答というものはあるのだろう。
最善の返答、そう例えてみると、難しく聞こえてしまうかも知れないけれど、しかし、実際のところはそうでもないのだ。
そう、その返答というものは存外、簡単なのである。少し言い方を変えてみると、返答の内容自体はとても簡潔で良いのだ。
つまりは、はい、と答えるか、いいえ、と答えるか。そんな二者択一でこの問題は終わりを迎える。
それだけで終わり、その一言だけなのだ。
しかし、そのとても簡潔な返答を出せないから、私はこの問題に苦しめられている訳である。というのも、さっきの私の言葉の通りだからである。私の返答次第で何かが変わる、その変化というものは、とても大きなもので、少なくとも、その変化は普通ではなく、異常なのだ。
それに、最善の返答とは言ったものの、正確に言えば限りなく最善に近い選択、というものだと思う、そう例えるのが正しい。
そして、あくまで選ぶのは私であって、乱暴な言い方をしてしまえば、私が選んだ方が正しいと置き換えられてしまう、それは、本当に正しい選択なのか、と問われれば首を縦には振れない。だから、今のところは限りなく最善に近い、という事にして置いて、私はこの問題に向き合いたい。
……さて、ここまで話したところで、私はある質問を3つほどしたいのである。とはいっても、これは自問自答なのだから、あくまで自分の想像の中で自分なりの返答が返ってくるだけであり、また、それは絶対的に正しいとは言えないから、結局は何の意味も持たない事であり、何の解決にもならないことなのだけれど。
質問その1。つまり、記憶とは?
これは、もう自分なりに見解を示してみた。あくまで自分なりにだから、その見解が正しいかどうかは分からない。
その見解というのは、記憶とは、人と人とを繋ぐものだ、というものである。つまり、記憶とは何の為にあるのか、という自分自身への返答は、人は記憶する事で、人と人との出会いを記憶し、それを頼りに1つ1つの出会いを大切に繋いでいくのだろう、というものである。また、その過去の出会いの記憶を糧にして、新たな出会いへと結び付ける事もできるのだから、そういう意味でいえば、記憶とはとても大切なものであり、意味を持って存在しているとも言える。
質問その2。私は、何を忘れてしまったのか。
これは、ある人物に出会う事によって思い出す事ができた。簡単に言ってしまえば、まさにその、ある人物との約束を忘れてしまっていたのである。
その約束の内容こそ、今回の問題なのだけれど、私は約束してしまったのである。口約束ではあるけれど、私は確かに、この口で返事を返し、頷いた。
つまり、今回の問題点、その内の1つが───ある人物との口約束───という事である。
今にして思えば、何故こうなってしまったのだろう。今までの人生を全てひっくり返す再会、こんなにも大変なもので、こんなにも衝撃的なものだったなんて、一体、誰が想像できると言うのだろう。
そう、まさか、こんな衝撃的な再会を果たす事になるなんて、当時の私はきっと、思いもしなかったし、それは多分、向こうも同じだろう。
しかし、だから再会したくなかった、という訳ではないのだ。むしろ、再会したかった、再会を果たせて良かった、嬉しかった、喜ばしい事だった、しかし、その反面、私はあの時の約束を思い出した瞬間、そして、その内容を再び聞いてしまった瞬間、戸惑ってしまった。
───出会ってしまった事に、再会してしまった事に───。
……さて、質問3に入る前に、少しだけ私の過去の話をしたいと思う。
私は、思い出す事のできる記憶の断片を一つ一つ付け合わせると、ゆっくりと瞼を閉じる。そして、問題の種となったあの頃の出来事を瞳に映した────。
────それは、ある日の午後のこと。
それは、一体何日であり、何曜日で、天候はどうだったのかも、どんな気持ちで公園に出向いたのかすらも、朧気であまり覚えてはいないけれど、とにかく、私はいつも通りに1人で公園に向かっていた。
そう、いつも通り。
友達を作る事の苦手な私は、なかなか周囲に馴染めないで、1人でいる事の方が多かった。そして私自身も、周囲に無理して合わせるくらいなら、他に友達なんてもう作らなくても良いと思っていたのだ。当時の私は、友達と呼べる友達は、片手で数えられる程だった、いや、もしかしたら片手でも指が余ったかも知れない。
今にして思えば、あの頃私が考えていた持論は、ただの友達を作る事が苦手な私に対する言い訳であり、何の解決にもならない事は理解できる。しかし、子供心にそれは理解できないものなのだろう。
ただ、これは若さゆえの至りとかそんなものではなく、自分なりに考えてみての事なのだ。さっきも言ったけれど、子供の頃の私でも、自分自身の持論はあったのだ。もちろん、それがただの言い訳だった事は認めるけれど、格好付けとか、可哀想な子を演じていた訳ではない事だけは知っておいてほしいのである。正直な話、この頃の私の話はあまりしたくはないし、黒歴史と言っても過言ではないのだから。
例えば、私が周囲に無理に合わせて友達の輪に入ったとすれば、今後はどうなるのだろう。本当の自分自身を隠し通せるだろうか、元々自然に馴染めない私が、そんな事できる訳がない。
そういう意味でいえば、嘘も同じである。嘘というものは、その嘘を隠す為にまた嘘を積み重ねていく。そしてその中の1つでも嘘が暴かれた時には全てが終わる、全ての嘘が暴かれて、真実が露見に晒される。
だから私は、自分が馴染めないと思った相手との交流は一切やめたのである。それに、当時の私も友達が1人も居なかった訳ではなく、心から友達と呼べる相手は少なからず存在していたし、そこまで友達ができない事に関しての危機感は感じなかった。
それでも、私の数少ない友達は忙しい人達であったから、結局は1人で遊ぶ事も多々あった。そういう点でいえば、私は確かに孤立していた。寂しいとも思っていたし、悲しかった。
そんな孤立していた私が、いつも通りに1人で遊具で遊び、いつも通りにベンチに腰を掛け、いつも通りに花壇に咲く花を見ていたその時だった。
「……綺麗なお花、あなたも好きなの?」
私の座っていたベンチの隣に座っていた女の子に、私は話しかけられたのだ。当時の私は、とても驚いたものだ、こんな経験は、私にはまるで無かったのだから。と言うのも、私は知らない相手───他人には、話し掛けた事もないし、それ故に話し掛けられた事もない、だからこそ、当時の私は驚いたのだ、こんな私に話し掛けてきた相手に、驚き、そして戸惑ったのだ。
その女の子は、太陽の日差しに照らされて、綺麗に淡く光る黄色の髪に、オシャレな白いワンピースを身に包んでいた───名前は、「咲姫」といった。
咲姫は、なかなか返事を返そうとしない私の顔を見てにこりと笑って、「一緒に遊ぼう」と手を差し伸べてきた。無論、いきなりのその言葉に、最初は───いや、終始戸惑ったけれど、他に友達なんて作らなくても良いと思っていたはずの私は、その突然の言葉によほど慌てたのか、はたまた呆気に取られたのか、何故かその時だけは、コクりと頷いていたのだ。
今思えば、何とも不思議な女の子であったと思う。見ず知らずの私に声を掛けられるその勇気、この素朴な公園には場違いな、綺麗な白いワンピース姿、最初にベンチに座った時は確かに1人だったのに、いつの間にか隣に座っていたという神出鬼没さ、そして何より……名前に似合った、とても素敵な笑顔。まさに、花の様に咲き誇るお姫様、気が付いたらつい見とれてしまう、私は、咲姫に憧れのようなものを抱いていたのかも知れない。
私は、咲姫と遊んでいく内に、徐々に人との上手な付き合い方というのを掴んでいった。私と咲姫は何故か妙にウマが合い、すぐにお互いの事を友達と呼べる関係になり、時間を忘れて遊び続けていた。
毎日毎日、私は咲姫と遊んでは、友達としての距離を縮めていった。それは、幼かった頃の私にとって、友達が少なかったあの頃の私にとって、何よりも大切で、かけがえのない時間だったものである。
咲姫は私を孤独から救ってくれた、そう思うと何だかとても嬉しくて、照れくさくて、幸せだった。
しかし……咲姫とは、すぐに会えなくなった。
「遠くに引っ越すの……」と、悲しそうに俯きながら、私に告げてくれた。鋭利な刃物が胸に刺さった様な気分だった。
しかし、それを聞いて私は、「……また、会えるよね?」と咲姫にすぐに返事を返した。いや、返事を返したというよりは、返事を誤魔化したのだ。
本当は、真っ先に浮かんだ言葉は「行かないでほしい」だった、そう伝えたかった。しかし、それはただ言葉として残るだけであり、お互いを悲しくさせるだけである、というのは子供心ながらも理解はできていた。だから、せめて気持ちだけでもと、また会えるという希望だけは残したかったのだ。泣き出しそうになるのも必死に堪えて、私は咲姫を見つめていた。
そんな私の心情を察したかのように、咲姫も私のその言葉に笑顔で頷いてくれた。そして、咲姫は私に言ったのだ。
「……私、絶対にここに戻ってくる、だから……次、彩に会えたら、私のお願い事、聞いてくれる?」
「お願い事…?」
予期していなかったその言葉に、私は首を傾げていた。しかし、これが咲姫との未来の会う約束になると考えたら、それは嬉しい事だと気付く事ができた。
「彩が嫌だって言うなら、仕方ない……でも、もし彩が嫌じゃないのなら、約束して……」
咲姫のその言葉に、私は即座に頷いていた。それだけ、私は嬉しかったのだ、咲姫の気持ちが伝わったのだ。
「うん、良いよ。約束する!」
「……ありがとう、彩…」
私と咲姫は、そうお互いに伝えて、そして静かに笑った。そして───お互いに、涙を溢した。
咲姫は、涙を袖で拭うと、自分の右手に付けていたピンク色のミサンガを私に手渡して、掠れた声で私に告げた。
「このミサンガは、私と彩を繋ぐ絆のミサンガ……彩が、大切に持っていて……」
咲姫のその言葉に、私は静かに頷いて、そのミサンガを受け取った。絆を繋ぐ、その言葉の響きは今でも胸に残っている。
それから、どんな言葉を交わしたのかはよく覚えてはいない。ただ……次の日、咲姫は私が住んでいる町から引っ越してしまった事は、覚えている。
しかし、咲姫がいなくなってしまっても、私は不思議と寂しさは忘れる事ができた。咲姫との約束を覚えている限り、咲姫から受け取ったこのミサンガを持っている限り、咲姫はいつか戻ってきてくれる、お互いの気持ちが一緒である限り、私と咲姫は見えない絆の様なもので繋がっている、そんな気がした。
でも……やはり、時は残酷だった。時間が経てば経つほど、咲姫の事を徐々に忘れていく、この頃、私はようやく友達が増えてきた時期でもあり、もう既に咲姫がいなくなった時の喪失感は、感じなかった。咲姫から受け取ったミサンガも、机の引き出しの奥で、静かに眠っていた。
それから数年後、私は高校生になった。
もうこの頃は、咲姫の事を思い出す事はなく、日々充実した高校生活を送っていた。
あの頃のように、人と話す事への苦手意識は殆んど無く、そしてそれは誰のお蔭なのか、という事さえも忘れてしまっていた。
───これが、私の記憶の断片を付け合わせたものである。そして……ここからが、話の本題なのである。
高校生になって、1年が経った2回目の春。私は、すっかり忘れ去ってしまっていた、咲姫と再開を果たすのである。
そして、咲姫は私へととんでもないお願い事を口にしたのだ───結果、私の人生という道は大きく2つに別れてしまった。
本当に、人生とは何が起こるか分からない。しかし、だから面白いなんて事は言わない、だって、言うまでもなく楽しくないのだから、楽しめないのだから。こんな状況を楽しんでしまえば、それこそ異常である、普通じゃない。
でも───それでも、気持ちの整理はつかないし、今でも決心はつかない。だから───私は、こう思う事にしたのだ。
───咲姫との出会いは、運命であり、宿命なのだ───と。