第三話 冒険者ギルドにて
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
路地裏を掻い潜り、漸く俺とフィアはギルドへと到着した。
小洒落た雰囲気が漂うギルド内。日の高いお昼頃であるにも関わらず、中は薄暗く、等間隔で壁沿いに配置されたランプが怪しく蠢く。受付嬢をしている女性は三名で、他にも忙しなく動き回っている女性が居る。トレーにコップやら皿を乗っけているのを見るに、ウェイトレス的な何かだろうか。
それにしても少し挑発的な恰好では在る。
ミニスカと同格か、それよりやや上を行く短さ。半分見えているようなもんだぞ。
品を注文する男達の視線も、下卑た色を持ちながら、ゆったりと下のほうへと向かっていた。
「(……物騒なキャバクラ、とでも思えばいいわけか)」
事実、木製の椅子に腰掛けている連中の脇には、大小問わずに刀剣の類が置かれている。
豪放に酒か何かを暴飲しながら、どん、とコップを木製のテーブルに叩き付けた。
これが噂に聞く、新人いびり、或いは新人イジメってヤツだろうか。
「初めてのご利用ですか?」
周囲の視線に若干腰が引けながらも、俺は受付嬢の人にそう問われて頷いた。
フィアが背後に立っているとはいえ、安心できたものではない。
身長は俺より低いし、当然ではあるが横幅なんて無い。威圧感も、威厳も無いのだ。
「(襲い掛かられたらたまったもんじゃないな…)」
何より、フィアは可愛い。
その愛くるしいルックスと、同姓からの羨望も厚そうな整った体型。
低俗で低脳な、野蛮にして劣悪な人間共にとってはカモも良いトコだろう。俺も弱いし。
「それでは、お名前と年齢、出来れば前職なども教えて頂けますか? ≪冒険者プレート≫を発行しますので」
「冒険者、プレート?」
「はい。登録者様のお名前に応じて、此方の≪アルフォン≫がデータを読み込みます。クエストのクリア回数や、口座に貯めてある貯金なども確認できますよ。後、各ギルド間で銀行は共有していますので、場所を変えて、違うギルドでも貯めた貯金を下ろす事は可能です。アイテムなども同じですね」
そう言って、つい、と差し出したのは丸っこい兎のような奇怪な生き物。
両耳は垂れており、両手両足は身体の比率に合わないくらい小さい。
どうやら口の中にプレートとやらを突き刺す事でなにやらデータを読み取るらしいが…。
「(結構、なんだかんだで科学力もあるもんだな。いや、ま、かなりレベルは低いけど…)」
異世界、と言うともう少し原始的なイメージが強かったんだが。
どうやら多少は近代化の一途を辿っているようである。
「わ、分かりました。名前は、横溝啓一、年齢は十七です」
「横溝、啓一様、ですね? 珍しいお名前ですね……もしかして、≪アズマ≫の方ですか?」
「アズマ…?」
「あ、違いましたか。えっとですね、丁度、トルクメーラから西側に向かうと、≪ガーデンシャウト≫という島があるんです。巨大な大陸ですね。そこの東端には少数ですが、読み方の複雑な名前を持っている戦闘民族が住んでいるそうです」
「そうなんですか…」
「反応から察するに、どうやら私の勘違いだったようですね」
照れ笑いを浮かべた受付嬢は、反面、テキパキと俺の情報を羊皮紙に書き込んでいく。
それをカウンターの奥、丁度カーテンで仕切っている奥の部屋からやって来た女性に手渡す。
女性は情報を確認すると、奥の方へすっとフェードアウトしていった。
「もう少しお待ちくださいね」
にこっと営業スマイルをされて、俺は静かにその場で待つ事にした。
のだが。
「おっ、お嬢ちゃん。カワイイねぇ、いくつ?」
やはり、と言うか、フィアが図体のでかい大人の男数名に囲まれていた。
全員がフィアの容姿をジロジロと無遠慮に舐め回すように見やり、ニタニタと下卑た笑みを浮かべる。
あっちゃー。ついにやらかしたか。
本当は身体を張ってでも助けに行く場面なのだが、最悪巻き込まれて俺まで怪我をする恐れがある。
ここは黙って様子を傍観するとしよう。
「十七です」
「へぇ~、十七かぁ。なんで冒険者ギルドなんかに?」
「啓一様の鍛錬の一環でして」
「啓一様ァ……? そいつぁ、そこのカウンターに突っ立ってるナヨった雑魚野郎の事か?」
「ナヨった雑魚野郎は余計ですが、状況から判断して、そうでしょう」
「ふぅん…。けどさぁ、鍛錬ばっかじゃ飽きるって。あんな弱っちい野郎のトコじゃなくて、俺達と一緒に遊ぼうぜ。楽しい事してあげるし、何でも買ってあげるからさぁ」
ギャハハ! と男達は最早、勝利の美酒に酔ったような表情で笑う。
チラリと俺はフィアの横顔を見た。
やっべ。激おこぷんぷん丸じゃん。
怒気を孕んだ双眸と、羞恥か怒りか、どちらにせよ頬を軽く上気させているフィア。
原子爆弾と化した彼女が投下されるのは、間も無くだろう。
「そうですね。鍛錬ばかりじゃ飽きますし、ストレスも溜まります」
「だよねぇ~! だからさぁ、俺達が息抜きっていうか? まぁ、ストレスを発散させてあげるっていうか? てか、俺達のストレスを発散してもらうって言うかぁ?」
尚も嘲笑を続ける男達。
周囲の人間は我関せず、受付嬢も引き攣った笑みを浮かべて沈黙している。
成る程、実力至上主義を極めるとこういう末路に辿り着くわけだ。
「なので、私のストレス発散に一役買ってもらいますね?」
「光栄光栄、それじゃ一緒に━━━━グゲェッ!?」
肩に手を回そうとした一人の男の鳩尾を正拳突き。軽く吹っ飛んだ男は、周囲のテーブルを巻き込む。
唖然として固まってしまった残る数名の男共も、強烈な蹴りと拳打で敢え無くKOされた。
木製のテーブルと椅子、そして何の罪も無い人達数名を巻き添えにする形で。
ぷんすかぷんすか、怒りを未だ若干放出した状態でこちらへフィアがやって来る。
俺の顔を見るなり、ぷくぅーっと頬を膨らませて、
「何で助けてくれないのですか、啓一様っ」
と、そう言った。
いや、ね、あの場面で助けに行くとさ、俺も巻き添えに遭うって言うか、何、防衛本能?
心中で言葉を模索するも、結果からして我が身可愛さという言葉に帰結してしまう。
どうにもこうにも、フィアをあやす言葉が見つからず、お手上げとばかりに俺は謝った。
「悪い悪い。フィアなら問題ないと思ってさ。それに、きっと俺が行ってもボコされて終わりだぞ?」
「そうじゃないんですっ。負けるとか勝つとかじゃなくて、助けに来てくれる事が重要なんですっ!」
「そ、そうか。それじゃ、今度は気をつける」
「全くっ! 私は啓一様のパートナーなんですから、もう少し労わって欲しいものです!」
ふん、とそっぽを向くフィア。
彼女の心中で何が起きているのかは理解に苦しむが、まだ若干不満が残っているようだ。
こういう時にどうすれば良いのか分からない俺は、取り敢えずフィアの頭を撫でた。
「ご、ごめん。次は気をつけるからさ」
「………みゅ」
「…みゅ?」
「ふみゅ、許してあげましゅ」
「………うん。ありがとう」
どうやらいたく気に入ったようだ。普通に噛んでるし。
ただ、撫でられたのが余程良かったのか、少しとろんとした恍惚の表情を浮かべている。
端的に表現しよう。ちょっとエロい。
「プレート、出来上がりました」
言われて振り向くと、悪戯っ子のような笑みを浮かべた受付嬢が居た。
俺は少しばかり居心地が悪くて、目線を若干逸らしながらそれを受け取る。
「可愛い彼女さんですね?」
「「彼女じゃないです!!」」
「ふふ、息ぴったり」
受付嬢のお姉さんにいじられて、俺とフィアは少し恥ずかしくなりながらも、ギルドを後にした。
◆ ◆ ◆
「それじゃ、装備を買い揃えましょうか」
店を出て大通りへと戻ると、開口一番フィアはそう告げた。
無論、それには大賛成だ。丸腰な状態では勝てるものにも勝てないだろうからな。
しかし、とある問題が浮上する。
「資金はどうするんだ?」
「一応私が持ってます。宵越しのお金は持たない主義ですが、それなりには。と言っても、啓一様には将来ヒモになってもらうわけではありませんので、当然貸しですからね」
「それは構わないが…。装備となると、値が張るんじゃないか? 何かと…」
「そうですね…。ですが、どの道高価な装備を買い揃えても、結局扱い切れなくて無駄になるのは目に見えてますし、安い装備で一式揃えましょう!」
「何でそこだけ元気なんだ…。事実だから認めるけども」
ルンルン、とガーリッシュな財布を片手に露店を見て回るフィア。
スキップする度にスカートがひらひらと捲れて、何とも目のやり場に困る。
そうして一時間。
漸くお目当ての商品を見つけたのか、一つの露店の前で立ち止まった。
「これ、幾らですか?」
「あいよ。…これか? そうだな、ウチだと単品で二万ピールってトコか」
「うーん……」
「てか、お嬢ちゃんよ。リーズナブルで使い勝手の良い装備品が欲しいなら、素直に武器屋に行くのをオススメするぜ。自分で言うのもなんだが、露店販売に出されてる品ってのは使い回し品が多い。見た目こそ綺麗にしていても、内側がボロくなってたりするもんだ。まぁ、粗悪品売り場ってトコだな」
「武器屋、ですかぁ…」
「何なら腕利きの武器屋を教えてやるぜ。トルクメーラなら随一、エルフェギアでもその名を轟かせる、トルクメーラの天才鍛冶師、グラン・ディスファーレン。ヤツの店は大通りから大分外れていてな、ヤツ自体が元々冒険者でもあったからか、同業の連中からの信頼も厚い。頑固だがな」
「ありがとうございます!」
「なんのなんの。ほれ、そっちの若え兄さんも、こっち来い」
「俺、ですか?」
「あんた以外に誰が居るってんだ」
交渉に関してはフィアに任せる方向性で統一していたかったんだが…。
だって、やっぱりお買い物される側としても、むっさい男よりは可愛い女の子の方が良いでしょ。
上手く行けば値段もまけてくれるかも知れないし。
とは言え、呼ばれたのなら行くしかない。
「ほらよ、大したもんじゃないが」
そう言って突き出したのは、棒状の何かに突き刺さった飴細工。
要はスティックキャンディーというヤツだ。
「ありがとうございますっ」
「すいません」
「なぁに、気にするこたぁねえさ。トルクメーラじゃ、人と人の関係をより深める為に、こうしてお互いの損得関係無しにやり取りする事が多いんだ。まぁ、長居するのかは知らねえが、一期一会っつー言葉もあるしな。また今度会ったら、何か奢ってくれや」
ガハハ、と豪快に男は笑い飛ばした。
フィアと俺は幾度か礼をして、天才鍛冶師と呼ばれている、グラン…さん?の元へと急いだ。
◆ ◆ ◆
「すいません」
フィアが扉を開けた。俺も追随する形で後を追い、二人して入り口を入ってすぐの所に立つ。
教えられた武器屋は、老舗というイメージが強い。
煉瓦は所々削れたり、剥がれ落ちたりしているし、看板には古傷が多く見られた。
「すいませーん!」
「うるっせぇなぁ! 今行くから待ってやがれ!」
「ひゃう!?」
遠巻きに荒々しい怒号が飛び込んできて、フィアはびくっと小動物のようにその場で跳ねた。
俺も若干びっくりした。人居ないんじゃないかな、って思ったし。
いや、待てよ。
その瞬間、少しばかりの疑念が浮上した。そう、存在感である。普通、人の気配というのはある程度ではあるが、察知出来る。人気の無い場所と有る場所では、やはり感覚も違う。その上、フィアは女神だ。冒険者云々のような、研ぎ澄まされた殺意とか、敵意みたいなものは感じ取れるはずだ。
その上、相手は元冒険者。
幾らその裏稼業から足を洗ったと言えど、独特な雰囲気までは打ち消せない。
「(…フィアの察知能力が追いついてない……?)」
それは、逆説的にグランという人間の擬態能力、或いは隠遁能力の高さを物語っていた。
「うぅぅ…。人居ないと思ったのにぃ…」
「泣くなよ…。大丈夫だ、多分」
「本当ですか…啓一様?」
「きっと悪い人じゃない、と思うけど」
ごたごたと俺とフィアが会話していると、奥からドタドタと忙しない足音が近づいてくる。
どん、と一足に最後踏み込むと、すぐ傍にあるカウンターに年端のいかない少年が立っていた。
年端のいかない、とは言っても二十代後半程度ではあるが。
「…んだよ、借金取りじゃねえのかい。はん、客…ねぇ。欲しいもんがあんなら、適当に見繕え」
言うなり、ゆったりとした歩みでその人は去っていった。
「……あれが、グラン・ファーレンさん、か?」
絶世の美少年、ただ口が非常に悪い。
フィアと俺にとって、天才鍛冶師グラン・ファーレンとのファーストコンタクト。
それは、何とも言えない雰囲気で訪れたのだった。