プロローグ 女神と俺と、異世界と
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端的に言おう。俺、横溝啓一は轢かれた。
それも乗用車ではない。超重量級を誇る、10トントラックだ。
振り返れば、俺の人生は如何に平凡だったかがしみじみと分かってくる。現在高校二年生だが、幼稚園から高校に掛けてまで、女子と付き合った経験は無く、学校で人気者になった事も無く、勉強もスポーツも対して出来ない。要約するとポンコツライフを送っていたわけだ。
まぁ、その最後の手向けとしてなら……ある意味インパクトはあるよな。
何せ相手は10トントラックだ。きっと俺の死体はお見せできない状態になっているのだろう。
ただ、何故か意識だけはハッキリとしている。
無論、身体の感覚は無い。消えた、と言うよりはぼんやりと曖昧な感じだ。
視界は不明瞭で、耳も聞こえなければ鼻も利かない。味覚と触覚は10トントラックに轢かれて潰れてしまっただろうから、残された選択肢全てが現在機能停止状態。アイマスクと耳栓を付けて、鼻にティッシュを突っ込んだ状態を想像してもらえれば分かるだろうか。いや分からんか。
兎に角、現在、絶賛精神不安定である。
これが死後の世界なのか…。或いは死後の世界なんて無くて、もう俺は無機物になってしまったのか。
……どうせ死ぬのなら、異世界にでも行きたいなぁ、と思う。
在るのかどうかも分からないが、もし在るのなら行って見たい。きっと俺みたいな凡俗な人間でも、きっと何か夢中になれるものがあるはずだ。そんな俺を現実逃避している、と揶揄するのだろうが、俺から言わせれば適材適所、俺が地球と言う惑星のシステムに不適応だったって話だ。
一応、生前悪い事は極力控えてきたつもりだ。
犯罪行為は一切していないし、健全第一な生活を送っていた。最早ダイ○ミラー。
当然……天国に行く権利くらい、あるよね?
そんな身勝手な妄想がもやもやと膨らみかけた所、意識がぼんやりとしてきた。
その瞬間、俺は悟った。今までのは猶予期間、死を迎えた俺が現世と区切りを付けるための時間だ、と。
全ての感覚が闇に葬られ、ただ漠然と何かを辿るような意識の綱だけが残る。
はぁ……。異世界行きたい。
その言葉が脳内にふわりと浮かぶと、同時に俺の意識は永久の闇へと沈んでいった。
◆ ◆ ◆
「………て」
ん…? 何か聞こえた気がするが、気のせいか。
いや、気のせいだな。俺死んだんだし、きっと聞こえるのは死神の鎌の音くらいのもんだ。
つまり、今の声…いや音は死神の足音まである。よし、無視しよう。
「……きて…!」
澄んだソプラノキー、女性の声だ。
それにしても死神には女性もなれるのか。死ななきゃ分からなかっただろうな。
いや、確か某漫画でも一応女性の死神居たしな…。卍解ッ! とか言ってたし。
俺も生前の名誉を挽回したものです……。
何にせよ、これは無視だ。
罠に決まっている。漂う罠感がハンパではない。これは罠だッ!
と、勝手に推測をロジックに固めつつある俺は、次の言葉を聞いて意識を変える。
「…起きて……!」
どうやら相手は死神ではないらしい。
いやしかし、俺は死んだはず。まさか、悲劇のヒロインを演じる為に俺の肉塊に話しかけている…?
…そんなバカな話があるわけない。逞しい役者魂だが、きっと死臭で倒れるに決まっている。
となれば、何故この声の持ち主は俺に話しかけているのだろうか。
先程も言った通り、俺は超高校級のトラックに轢き殺されたわけである。乗用車ならまだしも、俺は高速で迫り来るそれに踏み潰され、全身の骨格が粉々になり、臓器は血反吐を撒き散らして破裂し、体内を駆け巡る血液は、梨汁ブッシャー!! とばかりに飛び散ったに違いない。ヒャッハアァアァァ!
であればこそ、現状を見て「起きて」なんて言葉を掛けれる人間など居るだろうか。いや居ない。
それに、さっきまで鼓膜が消失したかのように何一つ音の聞こえなかった耳が音を拾っている。
俺は………。
そっと、目を開いた。
いや、目を開く動作━━瞼を押し上げ、視界を広げようと脳に命令した。
すると、コンマ数秒の伝達のブレさえ無く、真っ暗闇に埋め尽くされた視界が開けた。
「あ、起きた!」
そして飛び込んできたのは、安堵に頬を緩ませた美少女であった。
頬に称えた笑顔は太陽を髣髴とさせ、端正な顔立ちと相まって神々しささえ感じる。アニメでしか見た事ないような、大きなエメラルド色の瞳、淡い桜色に染まる唇、降り頻る雪を思わせる純白の肌。そして、滝の如く流れ落ちた艶やかなゴールドブロンドの毛先が鼻をくすぐる。長さは肩より少し伸びた程度だろうか。地球におけるアイドルやモデルが、塵に等しく感じるほどに、その存在感は偉大だった。
瞬間、その奇跡との邂逅による躍動は全身へと伝わり、むくり、と俺は起き上がった。
「ひゃう!?」
いきなり起き上がった俺に驚いてか、奇妙な声を上げて目元を覆いながら素早く彼女は後退した。
何この生き物。超可愛いんですけど。
庇護欲を掻き立てられるような動作が、全ての行動の節々から感じられる。
ついでに、身形もしっかりと整っていた。白を基調に、金色や黒の刺繍でアクセントを取り入れたロングドレス。翡翠色のカチューシャが、全体の淡い色彩に変化を加えていて、見ているだけで吸い込まれてしまいそうな謎の感情を覚えた。
ジロジロと見すぎたせいか、少女はもじもじと内股を摺り合わせながら、チラチラと此方を見る。
「…あ、えっと……ごめん」
「い、いえ! 気にしないで下さい!」
「あ、うん……」
「え、えへへ…」
そして舞い降りる沈黙。相手が女の子じゃなかったら某ラジオ番組になってしまう。オトチンな。
取り敢えず、愛想笑いを浮かべる(凄く可愛い)彼女に話を聞いて見る事にした。
自己紹介等もして欲しいし、やっぱり何よりも俺が何故生きているかが知りたかった。
「あ、あのさ、自己紹介……とかしてもらっていいかな」
「は、はい! 私はフィア、フィア・クローツハートと申しますっ! ね、年齢は十七で…あ、あの、す、スリーサイズとかも、言わなきゃ…ですか?」
「い、いやいや! それは良いよ! 当たり障り無い内容だけで…!」
言った直後俺は精神の中で俺をぶん殴った。
もしかしたら一生涯における、女の子のスリーサイズを知る最後のチャンスだったかも…。しかし、きっと俺の中に眠るジェントルマンがアンフェアなやり方だ、と俺に忠告してくれたに違いない。
その幻想をぶっ殺す! とね。
男女平等ナックルの持ち主は帰って、どうぞ。
取り敢えず平和的な解決を決行した俺の意思に基づいてか、彼女━━フィアも言葉を選んで語る。
「え、えーっと……あ、そ、その、職業は……女神、ですっ!」
「……は、い?」
「あの、だから……女神、なんです…」
「め、がみ……。眼鏡じゃなくて?」
「眼鏡が職業って何ですか!?」
「いや、知らんけど…。え、えーっと…」
もしかして、超天然なナルシスト、なのかしら。
スーパーナチュラルに手鏡を取り出して「私ってば可愛い!」とか言い出しちゃうのかな。
と思っていたのだが。
「そ、それじゃ、証拠を見せます!」
そう言うと、彼女は何かを呟き始めた。
「風雷の魔槍よ、我が敵を穿て。≪ライトニングボルト≫!!」
瞬間、伸ばした右手の掌から帯電した黄金の弓矢が出現した。
暴風を伴って射出されたそれは、俺の背後に聳え立つ巨木を一撃で貫き、地に沈めた。
ズズゥン……と腹の底に響く地響きを鳴らしながら、巨木が倒れる。
俺はと言うと…。
「………あ…………」
ただただ、その人間離れした、神の所業にひたすら呆然としていた。
ふぅ、と一息ついたらしく、フィアはすとんと腰を下ろすと、咎めるような視線を投げた。
「信じてくれましたか?」
「い、いや…あ、あのさ? 此処は一体……」
「≪ミッドガルズ≫に決まってるじゃないですか? さっきの≪魔法≫、一応≪ステージ3≫の難易度ですし、それを≪短絡詠唱≫であの威力にまで発展させるのは、並みの人間では出来ませんよ? さぁさぁ、私が女神である事を認めてくれますよね?」
「…み、みっどがるず? ま、魔法? ステージ…? しょーとすぺる…?」
固有名詞として知っているものは多いが、一つ、ミッドガルズとは何ぞや。
そして何より、言葉としては知っていても、今告げられた言葉の中には理解不能な単語が山盛りだ。
フィアは愕然とした表情をしている。
きっと俺は某ひ○らしの竜○さんの顔をしながら「嘘だッ!」、という口の形をしているに違いない。
「……これはまた…凄い人の下に≪召還≫されちゃったみたいですね…」
「しょう、かん?」
「はい。私達は、才ある人の下へ契約を通じて舞い降り、契約主である人間とコンタクトを取るのです。この場合、私は貴方という契約主と契約をし、その契約を通じて今、ファーストコンタクトを取っている真っ最中なのです」
「……は、はぁ…」
「あ、そういえばお名前をお伺いしてませんでしたね」
「お、俺は横溝啓一。啓一で構わない」
「啓一様ですね?」
「様ァッ!?」
「私達女神は、一応契約主とは上下関係にあります。啓一様は契約主ですので、私の事はフィアとお呼び下さい」
全く話が噛み合わない。
いや、違うな。俺が噛み合うだけの知識を持ち合わせていないのが原因だ。
ここは日本じゃない。地球じゃない。もしかしたら、銀河系でさえ無いのかもしれない。
全てが異なる土地。それがミッドガルズとやらなのだろうか。
「……分かった、フィア」
となれば、郷に入っては郷に従えの精神に基づいて、俺も相応の対処をしていくほか無い。
フィアは名前を呼ばれるとくすぐったそうに笑って、はい、と返事をした。
「…それじゃ、少しばかり、この世界━━≪ミッドガルズ≫とやらについて説明してくれるか?」
「勿論です、啓一様」
こうして、俺はフィアから異世界≪ミッドガルズ≫について、レクチャーしてもらう事にした。
そこでふと、俺は自分が一番聞きたかった事があったのに気づいた。
「そうだ、フィア」
「はい?」
「俺は何故、生きているんだ? 俺は死んだはずだが…」
「あ~…これです」
ひょい、と取り出したのは如何にも怪しげなビンの容器。
緑色に濁ったガラスは日の光に当てても、透けるどころか跳ね返している。
「≪神王の血晶≫…それを溶かして液体にして飲ませたのです」
「…それは、人を蘇らせる効力があるのか?」
「はい。生命活動を終了した肉体に、乖離してしまった魂魄を呼び戻し、体組織を≪神王の血晶≫が複製・活性化させ、肉体は生命維持活動を再開するのです」
「…待てよ、けど俺は身体がバラバラになったはずじゃ……」
「はい。ですので、主要な臓器・骨肉はこれが複製してくれました」
中身の無い容器をふるふる、とフィアが揺らした。
その話を聞いて俺は、初めてすとんと何かが腑に落ちた気がした。
「……そっか、そうだよな。そうだったわ」
俺が求めていた世界。俺が夢中になれる何かがあるであろう世界。
「……バカは死ななきゃ直らない、ってのはこの事か」
「啓一様?」
「あ、ごめん。話の腰を折ったんだったっけ、それじゃ、レクチャーを頼む」
「はい、かしこまりました!」
意気揚々と説明を開始するフィア。
その姿を見て、漸く、俺は異世界にやって来たんだな、という実感を覚えたのだった。