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短編

のっぺら魂

作者: 紀舟

 こんなこと言うと絶対、頭のネジが取れたおかしい奴みたいで嫌なんだけどさ、俺にとっては本当のことなんだよね。

 それも階段落ちして頭打っていきなりとか、どっかの神様のお告げで突然とかじゃなくて、生まれたとき、もしかしたら母親の腹ん中からそうだったからね。

 これはもう受け入れるしかなかったっていうか……。

 もちろん他の人には見えないことは知ってるよ。それに気づくまで、周りから変な顔されまくったけど。

 ま、小学校上がる前に自分は普通じゃないって、気づいたから上出来な方じゃね? たし算習い始める頃にまで“ワカンナイコト”言ってると排斥されるだけだし。

 え? で、結局何が言いたいのかって? 言い訳が長すぎる?

 うん、まぁ、俺もこんなこと初めてだからテンション上がってんのよ。まさか話しかけられるなんて思ってもみなかったからさっ。

 あーはいはい。わかってるって。本題に入ります。入るってば!

あのね……人って“タマシイ”があるって、言うじゃない?

 俺……それ、見えんの。

 てめぇ、疑ってんだろ。怪しい宗教勧誘じゃないんだって。信じないならそれでもいいよ。だけどな、てめぇだって“タマシイ”なんだからな。

 ほんとに? なーんかその斜に構えた態度がバカにされてるみたいなんですけど。

 ……拗ねてねーよ。

 んーとね、ここんとこ。頭、じゃないや。額……いや、眉間かな。そこからひょろっと白いのが出てんだよ、人間って。

 で、その先に“タマシイ”がみんなくっついてんの。なんか、こう、おもちをヘリウムガスで膨らましたみたいなのが、眉間から前、上空30cmくらいのところをぷくっとね、浮いてるわけよ。

 ほら、あれだ。マンガでよく見かけるやつだよ。「魂、抜けました」とか言ってさ。

 そ、老若男女問わず。

 形とか大きさは人によって違うんだけどね。

 子どもは、やっぱり小さいんだよ。で、大人は大きいの。

 細長いのは気の弱そうな人に多いかな。頑固そうな人は立方体。

 色はね、基本、白だけどたぶん感情で変わるんだろうな。怒ってると赤っぽくなって、楽しそうだと黄色く光ってる。悲しいことがあると青ざめて見える。

 面白いのはピンクかな。どんなヤクザみたいな顔でも、ゴツイ筋肉アニキも恋をしてると可愛いピンク色してるよ。

 いやいや、あんたもそうなんだって。

 あとは……皮かな。“タマシイ”の皮膚。

 人間の皮膚と同じで“タマシイ”も元気だと艶があって、突き立てのおもちみたいなんだ。こう、触ったらぷにっと弾力があって、やわらかそう。引っ張ったらどこまでも、ぐにーーって伸びていきそうな。

 実際に触ったことないんだけどね。

 ……バーカ。できるわけねーだろ。相手は見えねーんだ。いきなり目の前30cmの中空に手ぇかざして阿波踊りみたいにひらひらやったら誰だって引くだろ。

 あ、そうだ。あんた触らせてくれる?

 おい、引くなよ。大丈夫だよ。体に影響ないし、精神異常になったりしないから……たぶん。

 触ったことないけど。

 冗談は置いといて。いや、本当にやってもいいんだけど。つーか、触りたい。

 一番はやっぱりあれだな。あれを見ると癒される。子どもに多いんだけどね、のっぺら……あっ。

 


「タケシじゃん。久しぶり」

「おっ、フミヤ」

 青い屋根の家の角を曲がったところで自転車に乗ったタケシがやって来た。

 本当に久しぶりだった。

 タケシは1ヶ月前から学校にも来ていなかった。家は近所だったが町中でも会えてなかった。タケシの家は知っているのだから、心配しているならしているなりに訪ねに行けばいいものの、それもできないまま、1ヶ月。

 結構、俺も冷たい奴だな。心の中で小さく毒づく。

 それが今日。

 偶然にも道の曲がり角で会った。

「お前、どうしたんだよ。学校にも来ないで」

「うん、まぁ、ばあちゃんがね。ちょっと」

 自転車に跨ったまま、タケシはうつむいた。右足でペダルを遊ぶ。

 小さい頃タケシの家に遊びに行った時に何度か見た、しわしわの手を思い出した。

 右手の小指が火傷で黒ずんだ特徴的な手。自分の手と違う不恰好なそれは恐ろしかったが、触れると温かく、柔らかかった。

「おばあさん……」

「俺さぁ、ばあちゃん子だったから、マジ、やばくて」

 タケシに最後に会ったのは放課後、夕焼けが眩しい教室でだった。

 携帯を握り締めたまま、窓際の席に座ったタケシの目は教室ではないどこかを見ていた。

 話しかけても生返事で橙色の空間、眉間から30cm上空をつい見てしまった。

「でも、それで1ヶ月休んじゃうなんて、相当“ババアコンプレックス”だよな」

 顔を上げて、くしゃりと笑った。

 今もまた眉間上空30cmを見る。

 よかった。

 安堵。ただその一言。

「今はもう大丈夫なんだな」

「まぁね」

「そっか」

 さらりと、タケシの肩を右手で叩くように掃った。

「なんだ?」

「ん、ちょっと“オマジナイ”。まぁ、お祓いみたいなもん」

「お祓いって。ばあちゃんはまだ祓うなよ」

「なんだよ。『大丈夫』なんて言っても、“ババコン”はまだ卒業してないのかよ」

「うるせぇ」

 タケシの肩を掃った右手を固く握り締める。

 もう本当に、これで大丈夫だ。



 えっと……で、なんだっけ?

 そうそう、一番癒される“タマシイ”。

 あんたさぁ“のっぺらぼう”って知ってる?

 うん、そうそうそう、それ。お化けの。

 しゃがんでいた女の人に声をかけたら、顔に目も口も何もなくてつるんとした肌だけで、恐くなって逃げて助けを求めた人に「それって、こんな顔でした?」って言われて、見るとやっぱり顔がなくて腰抜かす話。

 あれさ、人間にはないけど“タマシイ”にはあるんだ。

 腰は抜かさないよ。

 ただ、目にすると見惚れる、かな。

 綺麗なんだ。すごくね。

 ほら、さっき話したじゃん。“タマシイ”っていろいろ形があって、色があって、皮もいろいろだって。

 それが何にもないんだ。つるつるしてて、白くて。ゆで卵の白身が、崩れないで殻がむけたときのあの感じに似てるかな。あんなのよりはるかに真っ白で、オパールみたいに輝いてて綺麗だけど。

 で、どこも変形してないの。球体に近いまんまる。それがぽやっと浮いてんだ。「今、生まれてきました!」って感じで。

 ……自転車に乗ってた奴、いたじゃん。

 あいつさ、1ヶ月前さ、ちょーヤバかったんだ。

 “タマシイ”って弱ってくると黄ばんでくるんだよ。悲しすぎたり、怒りすぎたり、疲れたりすると、それが汚れになって付くのかな。茶色っぽく所々斑点になったりもするんだ。

 皮もさ、しわしわのぐちゃぐちゃになるんだ。丸めた新聞紙みたいにさ。

 1ヶ月前のあいつがそうだった。

 でも、今は大丈夫だ。

 あいつ、“のっぺら魂”になってた。

 “のっぺら魂”って何かって?

 もう忘れたのかよ。今、説明しただろ? あれだよ、あれ。

 殻むいたゆで卵。

 あの状態を何ていうのか知らないし、聞こうにも誰も見えないから勝手に俺が言ってるだけなんだけど。分かりやすいだろ“のっぺら魂”。

 すっごい辛いことがあって、もう死にてぇ! ってときに泣いて泣いて、泣きまくると、いきなり体がスカッ! とすることってあるだろ? 今まで、ぐじぐじ悩んでたのが嘘みたいにどうでもよくなって、気分が良くなるとき。

 あのときにさ、“タマシイ”って、脱皮するんだ。嫌なこと全部、めりめりって、古く汚くなった皮を脱ぐんだよ。

 すると、出来たてほやほやな“タマシイ”に生まれ変わるんだ。

 俺、絶対、“タマシイ”が脱皮するときの効果音って「めりめり、つるっ、スコーン!!」だと思う。

 何? そんな効果音どうでもいいって? 大事だろ! そこは。

 それより右手に持ってるもん何かって? へぇ、これ見えるんだ。

 これは脱いだ皮だよ。“ヌケガラ”。

 さっきタケシが肩にくっつけてたから取ってやったんだ。

 これ体にくっつけていると、また何かの拍子に被っちゃうことってあるんだ。

 それにこれ俺のコレクションでもあるし。

 ほら、小さい頃、夏に蝉の抜殻とか集めなかった? それと同じ。

 え? それはないない。うっかり、だって無いよ。俺がタケシの皮かぶるなんて。

 人の“ヌケガラ”は他の人はかぶることは出来ないから。

 人の“ヌケガラ”はかぶってやれないんだ。

 でもさ、こんな皮一枚捨てただけで、あんなに綺麗になれるなら、苦しくても「汚いの脱いでやる!」って、力は入んない?

 なかなかつるっとうまく脱ぐのは難しいんだけどね。


 さて、俺の話はここまでだ。

 さぁ、今度はあんたの番だ。

 ん? 何も話すことはないって?

 それはないだろ。困ってたから俺に声かけてきたんだろ。

 誰も自分のことが見えないから、見えた俺、呼んだんだろ。

 俺も本体と繋がってない“タマシイ”なんて初めてだからびっくりしたけど。

 んー、大丈夫じゃね? 死んでるわけではないと思うよ? 生き霊ってやつ?

 心配すんなって、大丈夫。あんたも充分“のっぺら魂”だから。それって最高じゃん。

 あ、本体も無い、さらに何もない状態だからもっと最高かもよ。

 うーん。でも、名前もないのはちょっと不便だ。そこまで“のっぺら”でなくていいよ。

 大丈夫、なんとかなるさ。

 え? 大丈夫って連呼しすぎ?

 まぁ、いいさ。

 大丈夫、大丈夫。

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