桜が丘
プロローグを書き足してます。
近いうちにちゃんとまとめます……。
小高い丘の頂上に桜の樹が三本。
まるで一本の大樹であるかのように寄り合って薄桃色を咲き広げている。
辺り一面の緑の上にポツンと立っているその姿は、この世界に残された最後の樹であるような、どこかそんな寂しさを持っている。
「ここが桜ヶ丘?」
丘の下から、少年が澄んだ瞳で桜を見上げていた。
春の穏やかな風が少年の柔らかい髪を優しく揺らしている。
今年から中学生になるその少年は、ようやく身長が140に届くといったところだろうか。まだまだ小柄で幼い。
「綺麗な場所だろ。解放的でさ。ここで昼間からビールなんて最高なんだぞ」
少年の隣では、細身の男が懐かしそうに桜を見ていた。
「そんなことぼくに言われてもわかんないよ。ビールなんて飲んだことないし」
困ったように少年は言う。
「ぼくはどちらかというとキャッチボールとかして遊びたいな。何も無い場所でただお酒を飲むだけなんて退屈だよ」
まだ好奇心や冒険心の溢れる活気ある少年には、この桜だけがある風景というものは良い眺めなだけで、一瞬の感動こそあるものの少し退屈なようである。
「酒の味はおいおいわかるようになるさ。まあ、大学に入って浴びるほど呑んだ後の話だが……」
「なんだか、嫌だなあ……」
桜を見上げつつ苦笑を漏らした二人の表情は、たいていの人が見れば兄弟と思うほどの全く同じであった。
「でも、夢に出てくる感じとちょっと違うよ?」
少年はこの場所に足を運ぶのは初めてのことだったが、何度となく夢の中でこの風景を見ていた。
不思議なことに、彼もまた男と同じく懐かしいという感情でこの風景を見ていたのだ。
その頻繁に見る夢の中では、どこかログハウスのような小屋のテラスから桜を見上げていた。テラスに用意されたテーブルの対面には見たこともない女性がいて優しく微笑んでいる。
「ああ、それはカフェだな」
少年が語る光景を聞いて、男は言った。
「ちょうどこの場所かな。ここにカフェが建つんだ。何年後かは知らないけど、俺が大学に入った時にはもうあったよ」
予言はごくあたりまえのようにさらりと口に出された。
それは、男が外国人で言葉の時間軸を間違えているからではない。
男が息をするように予言することは、実際に何度も少年の目の前で現実となっていた。
だから、今回のカフェのこともたぶん、現実としてこの場所に建つのだろう。少年にはなんとなくそんな実感があった。
初めの頃はこの預言者のことを神様だと思い込んでいた。
彼が神様であったならどれだけ楽だっただろうと、今にして少年は思う。
彼はただ予言するだけで何も助けてはくれないし、不思議な力で不幸を取り払ってくれるわけでもない。
どうやったって避けられない不幸を平然と予言することだってある。
彼は無責任な予言をするだけでしかないのだから。
そして、その無責任な男は無責任にも平然と「俺はお前の将来の姿だ」と言ってのけた。
じゃあ、ぼくの夢はどうなる?
ぼくはプロ野球選手になりたい。
好きな女の子だっている。
その子と将来的には結婚したいと考えている。
そんなことをいくら言っても彼は悲しそうな顔をするばかりだった。
『ごめんな、プロ野球選手になれなくて』
『ああ、そういや綾瀬のこと好きだったんだっけ。結局話しかけることなんてなかったなあ……あの娘、転校したんだっけ?』
なぜだろうか。不思議とその日から少年の野球に対する情熱は燃料が燃えつきたかのようになくなっていき、恋心を寄せていた女の子は結局少し口を聞いただけで転校していってしまった。
初めての失恋だったが、転校する頃には諦めがついていた。
「あと、今は何もないけどあの桜の下あたりに……」
「それはなんか大きな石みたいなやつ? 夢のなかだと石がある時と無い時があるんだけど。あれは何?」
「墓だ。桜の下に一つ……いや、もしかすると二つかな。並ぶはずだ」
「お墓? ……誰の?」
「俺の、いや、俺たちのだ」
そういって彼はまたもや無責任な予言をした。
――どうやらぼくは死ぬらしい。