自分考察
妹が受験を辞めるらしい。
一番初めに相談を受けたのが僕だった。
それに、賛成したのも僕だ。
この選択は、間違っていないだろうか。などと大人ぶって考えたこともある。
ただ、今。
夕食の時に、遂に妹が、父にその旨を伝えたときのことだ。
僕は、父がそれを快諾することは分かっていた。
それ故に、妹の相談に対しては彼女の意思を優先した答えを返したのだから。
そして僕は、予想通りの答えを父の口から聞いた。
予定調和だった。
完璧すぎた。一字一句とまではいかないが、話の殆どが予想の通り。
自分へと、その話の矛先が向くというのも予想通り。
そして、性能の差を見せ付けられるのもいつも通り。
……感じたのは、苛立ちだった。
能力の差を見せられたことについてではない。
自分に落ち度があることは言うまでもないことなのだから。
そのことについては分かっている。分かっているのだ。
ただ、それとは別の部分が疼くのだ。
その心の動きが、僕には分からない。
一度、落ち着いて考えよう。
何故、僕は、こんなにも心を乱しているのか。その訳を。
考えるには、布団の中か湯船の中かがいい。
何かに囲まれていると心地良いからだ。
これは、僕の中にある甘えなのかもしれないし、本能なのかもしれない。
答えは、心の藪の中。
今は別の事柄に集中すべきだろう。
タイムリミットは、のぼせるまで。
時間は、無限のようで有限なのだ。
……けっこう、すぐにのぼせてしまうから。
湯船につかる前に、身体を洗う。
タオルを泡立たせて、首から順に洗っていく。
心は、どうしようもなく汚れている。
今、どれだけこの胸を洗剤でゴシゴシ掻き毟ったとしても、洗浄することはできないのだ。
泡を流して、頭から湯を被る。
シャンプーをガシガシと体のときと同じように泡立たせ、流す。
思考も、サッパリと流れてくれればいいのに。
そんなことを思う。
我ながら、馬鹿な人間だ。
こんなことでウジウジと悩むなんて、端からは阿呆に見えるに違いない。
湯船に浸かる。
思考に耽る。
……さて、一旦気持ちを整理しよう。
僕は今、訳も分からず混乱している。
その訳を知りたい。
自分は、納得しているはずの答えに、どうして不満を抱いているのか。
その心が知りたい。
「……まずは、前提からだ」
将を射るには、馬から射るべきだろう。
逃げていく疑問の足を止めることが先決だ。
ただ、それについて気にかけるべき点が一つ。
僕が卑屈である事だ。
割と重要な点である。
答えが捻くれる原因にもなりえるのだから、これを念頭に置いた上で考えていかねばなるまい。
さて、では一矢。
苛立ちとは、心の働きだ。
僕の場合、理想と現実の差異を痛感した時に発生することが多い。
一つ。僕は、落ちこぼれであるから。
一つ。嫉妬しているから。
一つ。自分にとって害があるから。
思えば、僕の周りには優秀な人が沢山いる。
ある友人は、努力して身に付けた学力で一流の高校へと進学した。
ある友人は、その身体能力を評価され、スポーツ推薦で高校を決めた。
そして、僕はそれを誇りとして生きてきた。
こんなに素晴らしい人と、僕は仲がいいんだぞ――と。
それは、身内にもいえることだろう。
この際、本心を吐いてしまおう。
僕は身内の人々を、全員尊敬している。
それぞれ、各分野に秀でた才能を持った優秀な人たちだからだ。
……でも、それは。
僕の最大の逃げ道でもあった。
僕には、弟と妹がいる。
弟はスポーツがよくできる。
剣道で隣の県の中学校に通うぐらいに、といえば分かるだろう。
妹は何事もそつなくこなせる。
末っ子だからか、少しませていて、そこにその秘密が在るのではと考えているが……所詮は憶測である。
自分の精神年齢の低さを棚に上げて言うなら、年相応でない生意気な少女であった。
僕の人間関係の例に漏れず、彼も彼女も才覚に優れた少年少女である。
優秀な弟、優秀な妹。
兄として、彼らを嬉しく思う。
兄として、彼らを誇らしく思う。
兄として、彼らを……妬ましく思う?
いや……人として、個人として、彼らを妬ましいと思うのだ。
このように思うこと自体が腹立たしい。
さながら排泄物のように穢れた、この心がいけないのだ。
自分が持ち得ない才能を持って生きる人々がいる。
……と、いうことは自分しか持ち得ない才能を持って生きる個人がいるということだ。
そう慰めを頂いたところで、そうそう僕の卑屈さはそれを受け入れようとはしない。
自分には、きっと何もないのだから。
寄生虫のように生きる。強いて言うのならそれが僕の才能であり、人生である。
溢れ出す思考は、留まる所を知らずに押し寄せてくる。
結論までは、あと少し。
点と点を結べば終わる。
結びたくはないが、仕方のないことだ。
僕は、都合の良い身内が欲しいだけなのかもしれない。
建前で自分を守るためだけに、肩書きを利用しようとしているのかもしれない。
自分で成せない事柄を、それを成せる他人に丸投げすることで偽物の幸福感を得たいだけかもしれない。
……つまりだ。
今回も、僕は持ち前の狡い頭と生き方を適用しているんだろう。
周りの選択が、僕にとっての利益を生まないから。
自分が他人の肩書きに依存できる状況を作りたいだけ。
他人の才能に嫉妬し、媚び諂う。
僕の本質は、嫉妬だ。
この結論は正しいのか。
これは、僕が生きていく為に知る必要のある事だ。
僕が僕として、自分らしく生きるために必要なことなのだ。
この悪癖は……一生僕に付きまとうことだろうから。
『この世の正しき』を追わねばならない。
これを証明せねばならない。
僕は、これと向き合わねばならない。
……まずは、自分の考察からはじめようか。
そう思って風呂から出ると、体が冷えた。
読んでくれてありがとうございました。