番外編最終話『天気の良いある午後に』
その店のテラスからは小さな街が見下ろせた。高層ビルなどない、よくある住宅街だ。
一望出来る景色の中にはファミリーレストランが二件見える。
国道を挟む交差点の横にあるのが正義の支部ジョナスン、電車の駅に直結したショッピングモールにひっそりと入っているのが悪の支部バーミリヤンだ。
「コーヒーになります」
街を眺めていた男は、店員の声でふと我に返った。
白い円形のテーブルに店員が慣れた手つきでカップを置く。
「ありがとう」
丁寧に礼を言い、男はコーヒーに口をつけた。スーツを簡素に着こなした男は、華奢な右腕に高級そうな腕時計を巻いている。顔付きは整っており、歳は50代前半。
男はまた景色に視線を移した。豊かな眺望。
特に天気の良い今日のような日には、何とも言えない高揚感を与えてくれる。
「すまない、遅くなった」
男のテーブルに同じく50代前半の男が寄ってきた。こちらは灰色のスーツを着て黒髪をオールバックにして束ねている。
「いや、私もさっき着いたところだ」
座っている男が言う。実はこの男、バーミリヤンの店長で名前を佐藤と言う。対して灰色のスーツの男はジョナスンの店長で、渡辺という名前である。
渡辺は佐藤の向かいに座り、それからウェイトレスに紅茶を頼んだ。
注文した紅茶が届いたところで、二人は何故か乾杯をした。
「終わったな、ようやく」
佐藤はしみじみと呟いた。
「ああ。長いようであっという間だった」
「それなりに楽しかったがね。特に最後の戦いは感動物だったぞ。今度ビデオテープを貸してやるからダビングするといい」
「まだビデオデッキでやってるのか? いいかげんDVDに慣れろよ」
「デジタルビデなんとかスクとか言うヤツか? あれはダメだな。あれに記録出来る原理が分からん」
そうしてしばらく、二人は今までのジョナレンジャーの戦いについて語っていた。
思い起こしてみれば毎回同じ事の繰り返しのようで、実は少しずつ皆成長していたのだ。そんな話を二人でした。点と点で比較しないと、成長というのは分かりにくい。そもそも人として成長が止まらないのなら、比較自体に意味も無い。
ともあれ、色々あっての今日である。
「俺のところもそうだったが、何で急にスポンサーは出資を止めたのかね?」
何の気なしに渡辺が聞くと、佐藤は少し小難しい顔をして答える。
「お金が止まる理由なんて色々あるさ。これは商売じゃないしな。そもそも、何で出資していたのか、の方が不思議だろう」
「確かにな……何か思いつくか?」
「ノミの話を知っているか? あの小さい体で1メートル以上跳躍する能力を持っている。だが、実はノミを小さな箱に入れて閉じ込めておくと、その高さまでしか飛べなくなるんだ。例えば3センチだけ、とかな。私が何を言いたいか分かるか?」
「真の天才を作るには天才教育が必要ってことか」
「そうだ。なら真のヒーローを作るには? それはやはりヒーロー教育しかないんだ。最初のコンセプトはそんなところだったのかもしれない。想像だがね」
「試験的な、若者達の良心育成プロジェクトだったと?」
「現に、最後には皆の気持ちが一つになっていた。観ていて感動する程にな」
そう言って佐藤はコーヒーカップを口に運んだ。熱い液体が喉を過ぎる。カップを置いた佐藤の口には含み笑いが浮かんでいた。
「なんてな。本当はこれは、もっと個人的な願望みたいなものだと私は思っているよ。良心育成とか、もちろん世界を守るとか、そんな理由ではなく。もっと違う。そう。ただ、見てみたかったんじゃないか?」
そこまで聞いて、渡辺は微かに笑った。
「俺もまったく同じ意見だ」
少なくとも、ジョナレンジャーに関わったことで後悔などは微塵も無いのだ。ただ楽しかった思い出だけが残っている。
「さて、そろそろ店に戻るか。お互い本職があるしな」
二人は思い出話を打ち切って、レジに向かった。会計を終え、店を出たところで佐藤は片手を上げた。
「じゃあ、またな」
「ああ、また」
そうして二人は分かれた。
あっさりとした別れ方だった。
形としては残らないものを何よりも大事に思うのは、自分たちが歳を取ったからなのか。
意味が無いからこそ価値があるものもある。
ジョナレンジャーの物語はひとまずこれにて終わりである。
けれどきっと、これから先も色々なことが起こるのだ。
「今楽しいか?」
そう聞かれたなら、迷い無く答えるだろう。
「楽しいさ」
何故なら新たな物語はもう始まっている。
決して先の読めない、自分だけの物語。
この物語の結末が今は何よりも楽しみだった。
数十億の主人公がいる。
そして、なろうと思えば誰もが正義のヒーローなのだ。
ヒーローは確かに実在する。
ここまで長々とお付き合い頂き、読んで下さった方、本当にありがとうございました。