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最終話『正義と悪と子供の夢と(後編)』


 降り積もった雪の上に俺達五人は倒れていた。

 身体中に痣や擦り傷があり、節々が酷く痛む。

 ジョナブルーになって三ヶ月記念日を迎えた今日、ジョナレンジャーにとって初めての敗北だった。

 今日の敵には気迫が篭っていた。戦闘員一人一人が全力だった。

 結局、地獄魔界大魔王将軍の相手をする前に俺達は完膚無きまでに叩きのめされた。

「アイツ等、本気でしたね」

 思わず俺は呟いた。

「本気とか……有り得なくね? だから嫌だったんだよ。レンジャーなんて」

 黒田が言う。

 反論する者はいなかった。

 俺達は敗けたのだ。


     *


 ファミレス兼本部であるジョナスンの控室に戻ってからも、皆の気分は落ちていた。数分前にマネージャーが、先方から《五時に柏で待つ》というメールが来ている事を告げて出ていった。

「どうする? 行く?」

「微妙。俺なんて立ってただけなのに殴られたしな」

 怪我している頬を押さえて桃井が言った。

「マジ死ねし!」

 白洲は叫んだ。

 重苦しい沈黙。

 誰だって見返りも無く大怪我をしに行くのは嫌だろう。まして、本気になられたら勝てる見込みなんて無い。そもそもの物量が違う。

 でも。

「皆さんは、なぜジョナレンジャーになったんです?」

 その質問に一斉に視線が集まる。皆が目を丸くして、俺も同じ気持ちだった。

 自分で聞いておいて、自分自身が一番驚いている。

 勝手に話し続けるこの口は誰の口だ? そう思った時、ある事に気が付いた。

「僕は正直、無理矢理入れられて何となくで続けて来ただけですけど、それでも最近は、うん。少しは楽しくなってきました。小さい頃ブラウン官の中に見たヒーロー像とは違ってましたけど、僕等は正義のヒーローです。子供達は正義のヒーローを信じてる。そして、僕も」

 今や俺は、自分で思っている以上にジョナレンジャーというヒーローに感情移入しているらしい。

 自然に出た俺の本心に、それぞれ感じるものがあったようだ。

 最初に口を開いたのは赤沼だった。

「一度敗けて復活するのがヒーローだったな……敵を倒すからヒーローなんじゃない。諦めないからヒーローなんだ。火がついた! 俺はまさに、こういうシチュエーションを待ってたのさ!」

 そうだ。

 どんな時でも諦めないのがヒーローだったはずだ。

 立ち上がる赤沼の横で、白洲がフライパンを叩いて鳴らす。

「マッジ、恨み晴らさでぶっ死ねし!」

 これで三人。

 俺は黒田と桃井を交互に見た。

 黒田が溜め息をつく。

「ぶっちゃけ、ヒーローがどうとか子供の夢とか、俺にとってはどうでもいい事なんだよね……でも、ジョナレンジャーになると約束した時から最後まで付き合うってのは決まってた。約束は守るよ」

 黒田の言葉の終わりと同時に、桃井が片手を額にそえた仰々しいポーズで立ち上がった。

「子供達の夢を守りたいっていうヒーローなら当たり前に持っている感情。それを思い出したぜ、俺は」

「子供達の夢を守る。良いフレーズですね。気に入りました」

「よしッ! 出動するぞ!」

 赤沼の掛け声で、俺達は駆け出した。


      *


 電車に揺られながら、最初に変身したのも柏だったなとそんな事を思い出す。

 過ぎるのは一瞬だったが、思い返してみれば色々な事があった三ヶ月だ。

 何人もの怪人と戦った。

 魚怪人や、ワニ怪人、海パン男、騒音オバサンに盗撮助教授……何人かの怪人は、今や囚人だ。

ジョナスンを出る時、敵側も金銭面で切羽詰まっていたことを聞かされた。

 向こうにも色々事情があるのだろう。

 柏駅からはバスと歩きで目的地に向かった。

 たまたまなのか関係者なのか、見知らぬ女子大生が一人、ずっと同じ方向に歩いてきていた。なかなか整った顔をしていて、チラチラとこちらを窺っている。

 俺達五人の中の何人かは自分に気があるな、という勘違いな表情を浮かべていた。

 電車やバスで隣に女の子が座った場合、自分の事を好きであると考えるのは当然の論理的思考回路であるが、それが転じると目が合ったが好きに直結するらしい。

 歩いているうちに拓けた場所に着く。

 地獄魔界大魔王将軍と戦闘員達の姿が見えた。

「待たせたな!」

 声を張り上げて赤沼が叫ぶ。

「来たな! ジョナレンジャー!」

 一拍おいてから赤沼が大袈裟なポーズでレンジャーウォッチを構え、俺達もそれに続いた。

「最後だからな。あっちも本気だ」

 小声で呟き、赤沼は右腕を空に振り上げる。

「逃げるな、臆すな。俺たちは正義のヒーローだ。俺たちの中にあるヒーロー魂を架ける時はまさに今! 変身だ!」

 最後の変身を終え、最後の決めポーズを終えた後、レッドが叫んだ。

「行くぞ! みんな!」

 敵の将軍も負けじと大袈裟なポーズをとって叫ぶ。

「かかれぇい!」

「「「ィイー!!」」」

 押し寄せる戦闘員を相手に俺達は戦った。

 力の限り、戦った。

 ピンクもブラックも、ちゃんと戦っている。

「うおぉぉおお!」

 戦闘員は弱かった。

 気迫の乗った凄いやられっぷりだった。

 戦っているうちに涙が出そうになる。

 この場にいる全員、敵も味方も含めた全員が同じ気持ちで戦っていた。

 ホワイトですらフライパンを寸止めし、レッドも多くの戦闘員を相手にしている。

 やがて全ての戦闘員を倒し終え、地獄魔界大魔王将軍が前に出てきた。

「やるなジョナレンジャー! どうやら私の出番のようだ!」

 将軍の目も微かに充血している。

 今なら分かる。あっちも同じだったんだ。

 相手の本気にこちらも全力で応える。

 俺達五人を相手に格闘し、将軍は俺達を圧倒した。

 俺達は立ち上がってはやられ、立ち上がってはやられ、それでも最後の最後に、レッドの剣が将軍を貫いた。

 夕暮れの中、二人の影が重なる。

「俺達の勝ちだ」

 レッドは言う。

「ああ。お前達の勝ちだ」

 閃光に包まれて、地獄魔界大魔王将軍は倒れた。

 そして、俺達の戦いは幕を閉じた。


    *


 そんな事があってから二年が過ぎた。

 喫茶店でコーヒーを飲みながら、俺は今でも時々思い出す。

 あの日のこと。

 戦った相手のこと。

 子供達は……人は、正義のヒーローを信じている。

 そしてそれは実在する。

 色褪せていく思い出の中で、写真のように残っている記憶がある。

 窓の外、アスファルトが照り返す日差しを受けて、俺は目を細めた。

 もう、すぐに夏か。

 何度季節がめぐろうと、いつまでも覚えているだろう。

 紛れもない子供達の夢が、あそこにはあった。


もう少しだけ続きます。

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