最終話『正義と悪と子供の夢と(前編)』
最後の戦いを告げる携帯電話の着信で、地獄魔界大魔王将軍はゆるやかに決意を固める。
それぞれの事情を抱えながら思いはたった一つに集約された。
「子供達の夢を守る」
そして廃人達の最後の戦いが幕を開ける。
2月3日。節分。
この日、関東にしては珍しく雪が積もった。
部屋の中まで凍りつくような、そんな寒い冬の朝。
最後の戦いを告げる電話の着信音で、俺は目を覚ました。
*
リビングには既に朝食が並んでいて、テーブルの前に妹が一人で座っていた。
「お、おはよう」
と挨拶したところで、いつものごとく返事は無い。
仕方無く対角線上の席に座り、朝食に手をつけた。
気まずくて味は分からない。
カチャカチャという食器の音の合間に、今朝の電話の内容が何度も頭を霞める。
妹はぼんやりとテレビを見つめていた。
唐突に、オレはリモコンでテレビの電源を落とした。
驚いた顔で妹がオレを見る。その顔はすぐに不機嫌なものとなった。
「お前は、オレが嫌いなんだよな?」
「うん。死んでほしい」
「そうか」
うおぉぉおお!?
ちょっと甘い答え期待したぁあ!
「死んでほしいか」
「うん」
いや嫌われてるとは思ってたけどね。ここまで嫌われてるとは思わなかったぜ。嫌われてる中にもまだランクがあるんだなって事を今日知ったよ。
「そうか」
言葉はそれしか出てこない。朝食は味が分からないどころか砂を噛むるようだ。
「テレビ点けてもいい?」
「すまん。もうちょっとだけ。今週の日曜にさ、戦いがあるんだ。ジョナレンジャーとの。見に来ないか?」
「やだよ。嫌に決まってん……?」
妹と目が合う。
オレは何も言わない。
何かを感じたのか、妹の表情が少しだけ変わった。
「……もしかして真面目な話だったりする?」
「オレはいつだって真剣だ。オレも責任を持って悪の将軍をやっているし、戦闘員だって一人たりとも真剣じゃないヤツなんていない。そこは分かってほしい。これが最後だからさ」
「行き、はしないけど……まぁ……頑張って」
「おう。頑張るわ」
そう宣言すると、少しだけ楽になった気がした。
気持ちの整理のきっかけなんて、案外簡単なものらしい。
「よし。行ってくる」
簡単な準備を済ませると、オレは家を出た。
*
悪の総本部であるバーミリヤンというファミレスは貸しきり状態になっていた。
オレを中心に大勢の戦闘員が集まっている。
「本部から資産、給与の問題でオレ達がこうして共に戦えるのも最後になると通達が来た。諸君等にも届いていると思う」
「「「ィイー!!」」」
「こんな世の中だから、需要も減り続けていたのは知っていた。オレがふがいないばかりにすまない。今週末が最後だ。本当に最後の戦いだ」
「「「ィイー!!」」」
「今まで諸君等とやってこれた事を誇りに思う! わざとやられろ、なんてヤボな事はもう言わん!好きにやれ! 最後ぐらい、倒してやろうぜ! ジョナレンジャー!」
「「「ィイー!!」」」
*
そして運命の日曜日の朝。
オレ達は川崎市で適度に、人様に迷惑をかけない程度に暴れながら、ジョナレンジャーを待った。
「待てぇい!」
聞き覚えのあるレッドの声だった。
相変わらず自分の色で統一した服装。
最後だと思うと感慨深いものがある。
五人の変身と決めポーズを待ってから、オレは言う。
「行けぇい!」
「「「ィイー!!」」」
戦闘員達は戦った。
初めて本気で、戦った。
一人として臆することなく、必至に必至に戦った。
それは圧倒的だった。
フライパン男の猛攻をくぐり抜け、一人を執拗に狙ってくる男を皆で押さえ付け、立っているだけの男を倒し、普通の男と暗い男も倒してみせた。
この日、オレ達は初めてジョナレンジャーを倒したのだ。
*
その日の昼下がり、バーミリヤンにて打ち上げをした。
皆、ジョナレンジャーを倒したことで舞い上がっている。
「まだ夕方の戦いがある。アルコールは控えろよ」
「「「ィイー!!」」」
「それからもう一つ。夕方の戦いに備えて大事な話がある」
オレは立ち上がり、一度全戦闘員の顔を見回した。といっても覆面で顔は見えないが。
「すまないが、オレのわがままを聞いてほしい。その……言いにくいんだが……」
深呼吸。
オレが続きを言おうとした時、戦闘員の一人が口を開いた。
「大丈夫っすよ。皆分かってます。自分等がやるべきことぐらい。文句は無いっす。今まで、楽しかったっす」
なあ! と戦闘員が言うと「「「ィイー!!」」」という歓声が上がった。
オレは深々と頭を下げる。
「皆、ありがとう」
「でも、来るっすかね? ジョナレンジャー。あれだけやられた後っすよ?」
「場所はメールしておいた。大丈夫、来るさ。アイツ等はヒーローなんだ」