第二話『縁者の苦悩』
ヒーローにはヒーローの悩みがあります。
悪の組織には悪の組織の悩みがあります。
そしてその関係者にももちろん悩みはあるのです。
特殊な兄をもつ妹の青春群像活劇がここに。
私には居場所が無かった。
小さい頃は家庭の事情でいじめられていた。
私がそれを知ったのは中学校に入ったばかりの頃。もうお嫁にいけないと確信した。
―――私の兄は怪人だった
*
聞くところによると、一戦闘員からスタートした兄は今ではけっこう偉い立場にいるらしい。
私はあまり詳しくないのだが、戦闘員を束ねるのが怪人。その怪人達を束ねているのが兄で、自分は地獄魔界大魔王将軍なのだと、そんな話をいつしか聞いた。
そういう家庭環境で育った為か、今や私はどこに出しても恥ずかしくない立派な人間不信だ。
目下『1秒でも早く一人暮らしを』計画の為にこつこつと頑張っている。
そんな私の唯一の楽しみが一人で動物園に来ることだった。
今日もまた、天気の良い動物園を歩きながら気分を落ち着かせている。
色々な檻と、その中で暮らす無実の罪で終身刑を言い渡された動物達。
その姿を見ていると、カントの言葉が思い出された。
「互いに自由を妨げない範囲において我が自由を拡張すること。これが自由の法則である」
まあ、意味はよく分からないがそれっぽいだろう。
ライオンのブースに差し掛かった時、檻の前で立ち尽くしている黒ずくめの男を見付けた。
ぼんやりとした目で、
「ぼくの顔をお食べ。自己犠牲の精神で、キリスト女はメロメロだぜ」
と呟いている。
私は目を合わせないようにしてさっと後ろを通りすぎた。
黒字でJと刻印された、やけにダサい腕時計をした男だった。
そうこうしてる内に、ゴリラのブースに着いた。透明なアクリルの板に遮られた先に、たくましいゴリラが動き回っている。
やはり良い。
この世で信用出来るのはゴリラだけだと思う。生命保険の受取人をゴリラにしてもいいぐらいだ。と言うか、そうするべきだ。
私はお弁当として持ってきた白米とタクアンを頬張りながら二時間程ゴリラを眺めていたが、蛍の光が流れ出したので渋々移動を開始する。
ふと気になってライオンのブースに戻ると、先程の黒い男はまだいた。
「逆に考えろ。彼女のいるヤツはダメだ。ダメダメだ。一人ぼっちの、い、いや孤高の俺みたいな男こそ真の格好良さを持っているんだ。だから早く、誰か俺の彼女になってくれよ。なう!」
やはり頭がいかれている。
私は目を合わせないようにした。
そんな折、後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。
何だろう? と振り返ると、ワニの怪人がいた。
ワニ怪人はすぐ近くにいた通行人の男を掴むと、ジャイアントスイングの応用でグルグルと回し出す。
「ごふぅッ!」
と女らしからぬ声を出したのは、ワニ怪人が男を離した直後だ。と言うか、なんでピンポイントで離したんだよ! 丁度ぶつかるコースで離された男に弾き飛ばされ、私は柵に思い切り背中をぶつけた。
あのワニ野郎ぶっ殺すぞマジで。
「待てぇい!!」
演技じみた声で誰かが叫んだ。
声のした方を見て驚いた。信じられないセンスだ。サーカスにでも出るのかという程一色で統一された服装の男が四人。赤、ピンク、白、青の四色。白だけが何故かクックコート姿で歪んだフライパンを持っていた。
余程女っ気がないのか、ピンクは男である。
「珍しく早いな、ジョナレンジャー! 暇潰しに持ってきたPSPが無駄になったわ!」
ワニ怪人が叫ぶ。
「ブラックからメールが来たのさ!」
そう言って赤い男は携帯電話のディスプレイを水戸黄門のように掲げる。拡大表示で『ワニの格好した変な奴が売店でお茶買ってたよ\(;´д`)/マジメンドイ』という文が見えたが、何故わざわざ見せる? ヤツ等は会話を誰かに聞かせたいのだろうか?
カラー軍団にはいつの間にか黒い男が加わっていて、全部で五人になっている。
「あ……! さっきの頭おかしい男!」
「変身!」
赤い男が叫び、五人が一斉に大袈裟なポーズをとった後、やたらとダサい腕時計のスイッチを押すのが見えた。
「どうしようもねぇ。もう本当にどうしようもねぇよ。ジョナネガティブラック!」
「マジ死ねしとかあんま言ってないですし! ジョナクックホワイト!」
「何かキャラ付けしなくては。ジョナフツウニブルー!」
「マジ月夜に舞い上がるマジ漆黒の翼。マジ悠久の刻をマジ越えて、マジ今こそ扉は開くみたいな? マジ右手にマジ希望を……(中略)……マジ剣だし。ジョナショッキングピンク!」
「老若男女に平等な暴力を。ジョナブチキレッド! 五人揃って!」
全身スーツに包まれた五人のポーズが一斉に変わる。ワニ怪人は何故攻撃しないんだ? ピンクの長台詞を入れて、もう十分もおとなしく見ている。
「ジョナレンジャー!」
五人の背後で爆発。
私は驚いて小さく悲鳴を上げてしまった。
「今日こそ終わりだジョナレンジャー! 出てこい!」
ワニ怪人が合図すると、「「「ィイー!」」」と奇声を発して、全身タイツの戦闘員が大量に現れた。
動物園の中で乱戦が繰り広げられる。
カラー軍団は何故か散り散りになって戦っていた。と言ってもピンクは何もせずに立っているだけで、主に敵を倒しているのはブルーとホワイトだ。
ホワイトはフライパンを振り回して逃げ惑う戦闘員をボッコボコ殴っている。
見たところ手加減は一切していないようだ。
レッドは一人の戦闘員の首を腕で固定し、右目を執拗に殴り続けている。
お前はサタンか。
少し探すとライオンの檻の前にいるブラックを見付けた。狭い檻の隙間から、何とか頭を入れようと頑張っている。
それにしても戦闘員は弱かった。弱すぎる。やる気あるのか? あれならその辺の女子中学生の方がまだ強い気がするが。
すぐに残るはワニ怪人だけとなった。
ちなみにホワイトとレッドにやられた戦闘員はタンカで運ばれた。
「おのれぃ! こうなったら直々に……!」
「すみません! 閉館5分前でーす!」
青いつなぎの係員が、至極まっとうな事を言った。
この場は放っておいて、私は出口に向かう事にする。
見た感じ皆20代だろうに。そろそろ現実見ろよな。
顔馴染みの係員に会釈して出口を通ると、ぜぇぜぇ息を切らして走ってきた男と目が合った。
今から園内に入ろうとしているその男は、黒のスキューバスーツに赤いマント、髪を逆立てていて、トゲの付いた銀のサポータを肩に乗せている。
……兄だった。
「よ、よぉ」
気まずそうに兄は言う。
無視しようかとも思ったが、私は精一杯の皮肉を込めて言ってやった。
「格好良いねぇ、お兄ちゃん。せいぜい頑張って」
何を勘違いしたのか、兄は満面の笑みを浮かべて、
「おう! お兄ちゃん頑張るからな!」
園内へと走っていく。
私は鞄からペットボトルを取り出して、その後姿に思い切り投げつけてやった。
ペットボトルは私から1メートルぐらい離れた地面に勢い良くバウンドする。
自分のノーコンぶりを忘れていた。
私はペットボトルを拾って、もう一度係員に挨拶してから動物園を出た。
すっかり日が暮れている。
私は現在『1秒でも早く一人暮らしを』計画の為に頑張っている。
いやマジで。