第一話『戦士の目覚め(後編)』
柏には京急を使って品川まで行き、そこからJRに乗り換えた後に二本電車を乗り継ぎして向かった。
「あの、間に合いますかね? 二時間ぐらいかかってますけど」
「ああ、大丈夫大丈夫」
気軽な調子で桃井が言った。ちなみに、先程から何度も黒田が「ああ、帰りてえ」と呟いている。
白洲はフライパンを床に叩きつけて、「マジ死ねし!」と繰り返している。
客観的に見て、掛け値なしに危ない集団だった。
ともあれ柏に着くと、そこからまたバスと歩きで移動し、人気の無い拓けた広野に着いた。
そこで魚の被りものをした男が、子供を抱えているのを見つけた。
「よく来たな! ジョナレンジャー! この子供を泣かしてしまうぞ!」
魚男が叫んだ。抱えられた子供は嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。
きっと俺達が着くまでずっとあやしていたのだろう。子供は完全に魚男になついていた。
「止められるものなら止めてみるがいい! 出てこい!」
魚男の合図で、「イィー!」という奇声を挙げる全身タイツの戦闘員が大量に現れた。
本当に大量だった。
あんなにいるのに俺達は勝てるのだろうか?
俺の不安をよそに、話は急ピッチで進んでいく。
「くそう。そんな事はさせない! みんな、変身だ!」
赤沼が大袈裟な身振り手振りを加えて言う。
そこで俺は重大な事実に気付いた。
「しまった!? 俺まだ変身ポーズ!?」
「最後に変身するんだ。ポーズは他を見て真似ろ。いきなりで合わせるのは難しいだろうが、だからってそれを言い訳にするなよ」
「変身!」
赤沼が叫び、腕を一回転させ、くるりと体を回したと思ったらすぐさまバク転、両手で印のようなものを結んでからレンジャーウォッチを空に掲げてボタンを押した。
覚えられるかそんなもん!
レンジャーウォッチから電子音楽が流れ、数秒で赤沼は全身レンジャースーツに包まれる。
それから頭に両拳を当て、プンプンという仕草。
正直、出来る気がしなかった。
次々と変身していく他のレンジャー達。変身後のポーズだけは、どうやらオリジナルらしい。
とうとう自分の番が回ってきて、俺は見よう見真似で振り付けをする。
途中バク転で失敗して頭をぶつけたが、それ以外はまあ出来た方だろう。
最後のポーズはポッキーのCMの真似にしておいた。
「絶望だらけでお先真っ暗。ジョナネガティブラック!」
「マジ死ねし。ジョナクックホワイト!」
なにい!? と思う間も無く、決め台詞の順番までもが回ってきた。
「う、海と空の色? じ、ジョナブルー!」
(中略)
「五人揃って!」
レッドの掛け声で一斉にポーズが変わる。ワンテンポ遅れて俺もついていった。
「ジョナレンジャー!」
背後で爆発が起こる。
慣れてない俺は非常に驚いた。
しかし、ここまで待ってくれるなんて敵は案外いいヤツなのかもしれない。
「「「イィー!」」」
敵の戦闘員が大量に押し寄せる。
ピンクが俺の肩を叩いた。
「大丈夫、大丈夫。アイツ等弱いから」
一気に乱戦になり、皆と散り散りになってしまった。俺は適当にパンチやキックを振り回す。
「イィー!」と悲鳴を上げて、戦闘員はふっ飛んだ。たしかに弱い。
周囲を見回してみると、ブラックは隅っこの方で適当に戦い、レッドは一人の戦闘員を執拗に殴り続けていた。ピンクに至っては、格好つけて立っているだけで何もしていない。
心なしかフライパンを振り回すホワイトは、戦闘員に避けられている気がする。
そんな事を考えながら、俺は軽く手足を振り回した。
やられる戦闘員。
それにしても弱い。弱すぎる。何もしてないのに自分からひっくり返るヤツまでいた。こんなに弱いなら、わざわざ出てくる意味は無いと思うのだが。
気が付くと戦闘員は片付いており、残るは魚男だけとなった。
「おのれ、ジョナレンジャー! こうなったらワシが直々に相手してくれるわ! 食らえぇい! 魚ボム」
魚男が広げた両手から次々に魚が飛び出してくる。
当たっても痛くは無いのだが、いちいち爆竹みたいに破裂するので驚く。
皆が「うわぁ!」とやられたフリをするので、俺も合わせておいた。
「くそう。あの攻撃を防がなければ近付けない! ブルー! あの技だ!」
レッドが叫んだ。
いや、あの技ってどの技?
困っていると、ピンクが小声で「ブルー・ハリケーン。両手を前に」と教えてくれた。
「ブ、ブルー・ハリケーン!」
両手を真っ直ぐに前につき出すと、その先から台風のような突風が発生し、魚男を8メートルも吹き飛ばした。
おいおい大丈夫か? と魚男の事が少し心配になる。
直後、ホワイトが一跳びで魚男の真上に上がってフライパンを振り下ろした。
「ホワイト・プレス!」
鈍く、重い金属音。
魚男は涙目になっていた。
……容赦ねえな。
「今だ! ジョナバズーカを使うぞ!」
レッドの元に集まり、何処からか出てきたバズーカらしきものを支える。一人でも持てそうな大きさだったが、皆に習って片手を沿える。
「「「ジョナバズーカ!!」」」
飛行機が離陸したのかと思う程の轟音。
七色に光るレーザー光線が魚男の腹を貫いた。
「ぐわあ! おのれえ!」
魚男はゆっくりと倒れる。
爆発に包まれる魚男。
いつの間にか、子供はいなくなっていた。
気がつけば夕日が落ちる頃だ。
変身をといて、何故か並んで立つ。
「手強い敵だったな」
そうだろうか?
「お前のおかげだ! ジョナブルー!」
ピンクの握手に答え、俺は「ああ!」と返事をしておいた。
「お疲れでーす」
誰よりも早く挨拶をして黒田が帰っていく。
「これから夜勤だし! マジ死ねし!」
白洲も帰る。
「あの、敵はどれくらいの頻度で現れるんですか?」
「まあ、周一回だな。日曜は空けとけよ」
俺は頷く。
正義のヒーローは存在する。
俺はこの日、その一人になってしまったようだった。
夕日がやけに目に染みる、日曜日の出来事だった。