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神と悪魔と人魚  作者: 山川四季
第一章:出会い(春)
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9、契約

 雲が多く、星さえも見えない夜空に「座って」いる男が居た。

 男は頭から漆黒のマントをかぶっていたため、その姿は周囲に溶け込んでいる。

 マントの隙間から飛び出た銀色の髪。眼鏡をかけた端整な顔立ち。

 その視線の先には四階建ての建物があった。

 ところどころ明かりの漏れている窓がある。こんな夜更けに明かりのついている建物など、周囲には他に存在しない。

 その明かりが一つ、また一つと消えていき、ついに建物全体が暗闇の中に包まれると、男はため息をつき組んでいた足を伸ばした。

 ゆっくりと階段を下りるように、夜空を歩いて下りていく。

 目指すのは建物の最上階、北の端の部屋。


 音がしないように静かに窓を開けたアキは、部屋の中へと降り立った。

 打ち合せどおり鍵を開けておいてくれたらしい。

 たとえ鍵がかかっていようと何の障害にもならなかっただろうし、そもそも彼ほどの実力者であれば誰にも見られずに侵入することなど赤子の手を捻るようなものだった。

 それが人間の少女の立てた計画に従い、わざわざ回りくどい行動をするなどとは。

 弟が聞いたら目を剥くに違いない、とクスリと笑った。

 しかし、と口を引き結ぶ。

 ニーナの兄代わりというレンは、一目でアキを悪魔だと見破った。

 人間界に居る以上、アキは自分の気配を極限まで消して行動している。それこそ、たとえ中級悪魔や善魔が相手であっても、おいそれとは見破れないほどだ。

 それを見破った人間。しかもレンの気配を読もうとした魔法は、何かにかき消された。

 彼も闇世界の住人か? いや、それならば自分に分からないはずがない。

 アキの頭にある考えがよぎった。

 かつて人間界で一度だけ出会ったことのある種族……いや、まさか。あの一族がこんなところに居るわけがない。

「馬鹿な」

 小さく呟くと、首を振ってありえない考えを頭の中から振り払った。

 いずれにせよレンという男は油断がならない。用心に越したことは無いだろう。

 そこまで考えたアキは、寝台の方から軽い寝息が聞こえてくるのに気がついた。

 マントを脱ぎ捨て、そちらへと近づく。

 普段は使われていない部屋と言っていたが、内装は普通に娼婦たちが商売をしている部屋と変わりない。

 部屋の中央に置かれた寝台の周りにはレースのカーテンがかかっていた。

 近くの台に燭台があったが、すでにロウソクは燃え尽きている。

 蜀台に手をかざし、アキが指先をこすり合わせると、炎をたたえた真新しいロウソクが現れた。

 それを手にカーテンを開ける。

「……なぜ寝ている」

 寝台の上には、布団に身体ごとしがみついて寝ているニーナがいた。

 すやすやと幸せそうな顔で穏やかな寝息をたてている。

 この緊張感の無さは何なのかと、思わず眉間に指をあてて考え込んでしまった。

 あれほどレンに見つかるのを恐れビクビクしていたというのに。いや、それだけではない。

 仮にも男が夜更けに忍んで来るといえば、不安と緊張で身を硬くして待っているものではないか。

「そのつもりは無かったが、思わず襲ってやりたくなるな」 

 この身体の中に湧き上がる苛立ちをぶつけてやりたくなった。

 なぜ苛立ちを感じるのか。自分でも明確な理由は分からないが、闇世界でも人間界においても、自分の神経をこれほど逆撫でする存在はこれまで居なかった。

 目を細めてニーナを見下ろし、「フン」と息をつく。

 その気配を察したのか、ニーナの眉間に皺が寄せられた。

「おい、起きろ」

「ぅう~……」

 目をギュッと瞑ったまま、しばらく顔を布団に押し付けたりモゾモゾ動いていたニーナだったが。

 ようやく薄目を開けた。その表情は「迷惑この上ない」と如実に語っている。

 どうにか寝台の上に起き上がったものの、その頭は左右に揺れていた。

「ァキ……?」

「起きろ」

「みぃー!」

 アキに頬を引っ張り上げられたニーナが、猫のような悲鳴を上げた。

 なんなんだコイツは……。

「なぜ寝ている。羊皮紙一枚分の文字量で簡潔に説明しろ」

「……やたら注文が細かいね」

 頬をさすりながら、半眼はんまなこのままニーナが睨みつけた。

「えっと、寝起きが悪いんだよね、私」

「それは今ので分かった」

「やっぱり? だからアキの来る時間に起きるなんて絶対に無理だと思って、仕事が終わってからずっとここに居ることにしたの。いつの間にか寝ちゃったみたいね」

 肩をすくめて言うニーナの顔は、すでに普段の落ち着き払ったものに戻っていた。

 悪びれている様子も無い。

 アキのこめかみに再び青筋が浮かんだ。

「なるほど……よく分かった。服を脱げ」

「は? ……ぎゃあ!」

 呆気にとられた一瞬の隙をついて、アキはニーナの身体をうつぶせに組み敷いた。

「く、苦し……ちょ、ちょっとぉ?!」

 腰で結ばれたエプロンのリボンが解かれ、焦りでジタバタと手足を動かすニーナ。

「動くな。魔力を注入するだけだ。指先から腐って崩れ落ちたいか」

 その言葉にピタリとニーナの動きが止まる。

 抵抗しても力技ではかなわないと悟ったのか、ふてくされた様子で呟いた。

「服、脱がす必要ないじゃん」

「やかましい。大人しくしてろ」

 返事をするアキの瞳は、動揺で左右に揺れ動いていた。

(なぜだ……契約のあかしが無い)

 うろたえ、指先を背骨に沿って滑らせる。

 その感覚にニーナの身体がピクリと動き肌が粟立ったが、もはやそれに気づく余裕はなくなっていた。

 アキと契約を交わした者は、その証が刻印として肌に現れる。

 通常であればそれは、目立たない腰骨の上に浮かび上がっているはずだった。

 証が無いということは、アキとニーナの契約が成立していないか、一旦成立した契約が解除されたことを意味している。

(契約が成立しなかった? いや、俺は確かに血を分け与えたはずだ。では解除された? まさか。この俺の契約を解除できるものなど存在しない)

 ならば--と、今までとは違った目でニーナを見下ろす。

 この娘の肉体が、魔法の効かない性質と言うことか……。

 非常に稀だが、そういう存在が居ることは文献で知っていた。

 歴史上でも三人ほどしか確認されておらず、なぜそうした性質を持っているのかは不明だが、確かに存在するのだ。

 そうだとすればニーナの魔力が低いのも納得できる。魔法の効かない性質の人間が、自ら魔法を駆使することなどできるわけがないのだ。

 自身の放つ魔法でさえ、その魔力を身体の外へと放出しようとした瞬間に、その肉体の性質ゆえ打ち消されてしまうのだから。

「……アキ?」

 剥き出しになったニーナの背中を見下ろしたまま考え込んでしまったアキに、さすがに不安になったのだろう。

 首を巡らせた少女に小声で問いかけられ、アキは我に返った。

 どうやらニーナ自身は、契約が無効になったことに気づいていないようだ。

 気づいていれば、今こうして大人しく押さえ込まれてはいないだろう。

 ならば、わざわざそれを教えてせっかくの手駒を手放すことは無い。

 それに--。

 見下ろすと、いぶかしげな表情を浮かべた瞳と目が合った。

 魔法の効かない、非常に珍しい存在。使いようによっては強力な武器になるのではないか。

 特に闇世界に存在する、自分の敵対勢力に対しては。

 ニヤリと唇の端を吊り上げたアキの顔に、思わずニーナが身構える。

「心配するな。これから魔力を注入する。……首の筋を違えるぞ。前を向いてろ」

 不安そうな表情を浮かべたまま大人しくニーナが前に向き直ると、アキの顔がゆっくりと腰に向かって降りていく。

「……っ!」

 肌を吸い上げられる感覚に、思わず腕をつき上半身を起こすニーナ。

 アキがゆっくりと顔をあげると、腰骨の上には朱色の内出血の跡ができていた。

 ニーナは動機の早くなった胸元を押さえつつ(これっていわゆるキスマーク?)と混乱する頭で考えていた。

 そして、その跡を冷たい目つきで見つめるアキの胸の中には、思わぬ切り札が自分の手駒になったことへの満足感と--自分の魔力を打ち消されたことにより、傷つけられたプライドの痛みと怒りが渦巻いていた。

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