表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神と悪魔と人魚  作者: 山川四季
第一章:出会い(春)
12/46

12、女神

 花祭りの盛り上がりは最高潮に達していた。

 食事もアルコールもたっぷりと行き渡り、美しい音楽が鳴り響き。

 会場のあちこちで新しい恋が生まれ、実り、時には散っていった。

 運営委員たちによって花びらが見事に宙を舞い、いよいよ残すは唄と踊りの舞台だけとなる。

 学園長がゆっくりと舞台の中央に進み出ると、会場全員の期待に満ちた視線が注がれた。

 春の訪れを感謝し、祈りの言葉を捧げる学園長。

 だが彼はその後、今まで見たこともないことをした。

 舞台全体に守護魔法をかけたのである。

 戸惑い、ざわめく参加者たち。

 その声はレナスが舞台に進み出ると、一旦静まった。

 しかしそれも、レナスに続き舞台に現れた少女を目にするまでのことだった。


「……どうするんだ、レナス」

 時計塔の上から中庭を見下ろしていたアキが、小さく呟いた。

 舞台に進み出たのは、踊り手の衣装を身に着けたニーナ。

 その顔にはひどく気まずい表情が浮かんでいる。

 参加者たちのざわめきも大きくなり、もはや会場は混乱に陥りかけていた。

「静まりなさい」

 風魔法によって拡張されたレナスの声が、凛と響き渡る。

「彼女が踊ることに不満のある者は、遠慮なく申し出なさい。……私を敵に回す勇気があるのならね」

 意味ありげに微笑んだレナスの言葉に、全員が沈黙した。

「……脅迫か」

 その様子を眼下に見下ろしながら、呆れた声をあげるアキ。

 目を丸くして自分を見つめているニーナの視線に気づくと、レナスは力強く頷いた。

 ニーナは苦笑した。身体の緊張がレナスの励ましによって消え去り、力が沸いてくる。

 レナスの合図で再び音楽が始まると、彼女の口から綺麗なソプラノヴォイスが流れ出した。

 ニーナは目を伏せ、一つ大きく深呼吸をすると『根源の指輪』に指を通した。

 指輪は自動的に収縮し、ちょうどいい大きさで収まる。

 意識を集中させる。観客の視線も、レナスの唄声も、音楽も、自らの息遣いの音さえも消え去っていく。

 ニーナは顔を上げると両腕を高々と持ち上げた。


 会場中を清冽せいれつで神聖な空気が満たしていく。

 ニーナが踊りだすと、彼女が登場した時とは違ったざわめきが--驚愕と賞賛のざわめきが波のように広がっていったが、しばらくすると誰もがその舞に魅入られ、ただただ舞台上の一点を見つめるだけになった。

 彼女の舞は、まさに至高の美だった。

 その腕の一振りは春の風の柔らかさと蝶の羽ばたきを思わせ、その微笑みは春の陽だまりを感じさせ、軽やかな足さばきが生けとし生けるものの喜びを現していた。


 その舞に魅了されたのは、時計塔の上に居るアキも同じ事だった。

「ムーサテリューズ……」

 呆然と呟いたのは、古いお伽噺に出てくる女神の名前だった。

 この世界ができた当時から存在する始祖神の中で、美と舞踏を司る最高位の女神。

 彼女はある日、人間の男に恋をし、人間として生きることを決めた。

 不老不死の鎖を断ち切り、輪廻転生の輪の中に身を投じたのだ。

 しかしそれは子供の寝物語の類で誰も信じてはいなかった。

 再びニーナに視線を戻したアキが、今度は目を細めてじっくりと観察する。

 彼女の指にはめられた指輪は、魔力を増幅してはいなかった。代わりに別の、巨大な力が溢れていた。

 かつてないほどの波動を放つ『根源の指輪』。

(これは……)

 神力しんりょく。神々の力。

 間違いない。ニーナはムーサテリューズの生まれ変わりだ。

 この時突然アキは理解した。

 歴史上に数人しか登場しない、魔法の効かない存在。それこそムーサテリューズの生まれ変わりだったのだ。

 そうと分かれば、指輪の波動も理解できる。『根源の指輪』はそもそも、神々の泉から取り出されたものなのだ。神力と出会った時に最もその力を発揮するのは当然のことだろう。

「よほど俺は強運らしいな」

 出会おうとして出会える存在ではない。

 おかしそうに笑ったアキは、だが、舞台に向かって近づく二つの魔力を発見して真顔に戻った。

 一呼吸置き、自分の魔力の全てを開放する。その圧倒的で巨大な魔力はたちまち学園中を覆った。

 学園は地上を神聖な力で、上空を闇の力で二分された。

 舞台に向かっていた魔力の一つが途中で枝分かれし、上昇するとアキの目の前でピタリと止まった。

「お久しぶりですねぇ、太閤閣下」

 アキの目の前に現れたのは、灰色の長髪にヤギの角を生やした中年の男だった。

 厚化粧をして無理やり若作りしているように見える。

「ナゼルか。相変わらず鬱陶しい長髪だな。……ところで、聞かせてもらおうか。あれは俺の指輪だ。なぜお前たち兄弟が追う?」

 顎でニーナを示しながらアキが問いかけると、ナゼルはホホ……と笑い声を上げた。

「あの人間が閣下から指輪を盗んだのではないかと思いましてねぇ。取り返して差し上げようと思ったのですよ」

「そうか。では役目は終わったな。闇世界に帰るが良い」

「そうは行きませんねぇ。思わぬ掘り出し物を見つけてしまいましたから」

 舞台に目をやったナゼルが、すっと目を細める。

「あれは俺の使い魔だ」

「おや」

 ナゼルは驚きに目を丸くすると、高らかな笑い声を上げた。

「悪魔が神を使い魔にできるわけがないじゃないですか! ……それとも、そう言ってあの少女を騙しているんですか?」

 アキの沈黙から答えを読み取ったらしい。ナゼルは「なるほど」と呟くとニヤリと笑った。

「それでしたら私も引くわけにはいきませんねぇ」

 微笑みながらも、冷たい光をたたえた目でアキを見つめる。

 アキもそれを見つめ返し、睨み合いを続けていた、その時だった。

 足元から絶叫が響き渡る。

「アベル?!」

 驚き視線を落としたナゼルは、何本もの水の柱に貫かれた弟の姿を目撃した。

 その魔法を放ったのは、レナス。

 アベルはニーナと指輪を奪うために舞台に向かったものの、学園長の守護魔法に阻まれて近づくことが出来なかった。

 ならば魔法に頼らず実力行使で、と姿を現し舞台に駆け寄ろうとしたのだが。

 舞い終えたニーナから指輪を借り受けたレナスは、その強力な魔法でアベルを撃退した。

 水柱はまるで生き物のように、噴き出す血ごとアベルの身体を包み込むと、そのまま凍りついた。

 一連の騒動に固まっていた教授たちが、やっと正気を取り戻し舞台に駆け寄る。

「なっ……!」

 驚愕したナゼルの肩に、いつの間にか背後に回ったアキの手が置かれる。

 ビクリ、と震えたナゼルの身体から冷や汗が噴き出した。

「お前は二つ間違いを犯した」

 アキが耳元で静かに囁く。

「一つ。指輪を奪うのならば、お前とアベルの二人で行かなければならなかった。所詮人間が相手だからと油断したんだろうが……生憎だったな。あいつはアベルよりも強い」

 ナゼルの顔に屈辱の色が浮かぶ。だが、依然として下を睨んだまま身動き一つしない。

 地上では教授たちによってアベルにとどめが刺されるところだった。

 ナゼルがギリ……と食いしばった歯の間から、血が一筋流れ落ちる。

「…………そしてもう一つは、俺の持ち物に手を出そうとしたことだ」

 アキがそう言った瞬間、周囲の温度が急激に下がった。

 ナゼルは振り向きざまに攻撃魔法を放つと、急いで後方に飛び距離をとる。

 だがそこにアキの姿は無く、放たれた魔法は何もない空中に消えた。

 慌てて周囲を見渡し、逃亡のための魔法を構築しようとした瞬間。

「下だ」

 その声に思わず下を向くナゼル。

 次の瞬間、ドッという鈍い音とともに彼の身体が揺れ動いた。

 真下から放たれた黒い闇の刃が、狙い違わず彼の喉を貫いたのである。

 同時に、闇世界への出口を塞いでいた結界が解かれる。

 こうべを垂れて、グッタリと宙に縫い付けられているナゼルの死体を闇世界へと送り返すと、アキは花祭りへ視線を戻した。

 舞台を終えたニーナとレナスが、生徒たちに取り囲まれている。

 アベルのことはレナスが適当な嘘をでっち上げておくと言っていたが、どうやら片がついたらしい。

 ニーナの舞を目の当たりにした生徒たちの、彼女に対する態度が変わったのが伺われる。

 これまで敬遠されていた相手から口々に賞賛され、戸惑うニーナをレナスが庇いながら上手くとりなしてやっているようだ。

 なぜかジン教授が感涙にむせび泣きながら、ニーナの肩を抱いてハンカチを目に押し当てているのを見て、ムッとした表情を浮かべるアキ。

 上空での騒ぎは誰にも目撃されなかったようだ。

 彼はローブの裾を翻すと、眼下の会場へ降り立つべく姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ