表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使の弁護人 ~ヒカリの再誕~  作者: 山口まりあ
第一章 出会い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/1

甘い毒と真実の愛

※本作は、過酷な現実の中で身を寄せ合う二人の、愛と泥沼を描いた現代シリアスドラマです。

一部、暴力・薬物・過酷な環境等のセンシティブな描写が含まれます。


水彩のように静かで、けれど逃げ場のない二人の物語を、どうぞ最後まで見届けていただけたら幸いです。

挿絵(By みてみん)


【第一章1.孤独の境界線】


高校を卒業する直前に、ヒカリは叔父夫婦の家を出た。

親友の日向にだけ事情を話した。

彼女が調べて渡してくれた”女性シェルターの連絡先”を握りしめて、ヒカリは夜のバスに乗り込んだ。


「ここからが、私の本当の人生」

十八歳のヒカリは、窓に映る自分にそう自分に言い聞かせた。


シェルター、ネットカフェ、カプセルホテル……

居場所を転々としながら、昼間の店員、夜の倉庫の作業。

ダブルワークで、半年がかりで「住所不定」から抜け出すことができた。


「いらっしゃいませ――」


二十歳になったヒカリは、コンビニのレジに立っていた。

ヒカリ個人として、特段に夢も野望もない、世の中にも人にもさして興味を示さない、そんな一人の女の子。


日向とは安否を気遣うやりとりがあったが、

彼女の大学生活の報告レポートみたいな、

メールを2回スル―してそれっきり。


生活苦もあった。

もう少し貯金が安定して、自分に自信がでてきたら、

友に会い、昔話も、心の底から笑ってできる気がする。


今はただ、誰にも必要とされず、誰も必要としない——それでいい。

それがヒカリの「安全」だった。

孤独は、すっかり彼女に染みついていた。




【第一章 2.雨のファミレス】


その夜、ヒカリはカスハラ対応に心身ともに削られていた。

定時を過ぎて店を出れば、アスファルトをはげしく叩く土砂降りの雨。


(天気予報にも見放されたか……)


通りかかったファミレスの明かりに、ヒカリは自虐的な笑みを浮かべつつ、吸い寄せられてみた。


混み合う店内のカウンターに、案内されて座るヒカリと、隣にいた青年と目が合った。


どこかで見た顔——昼間のコンビニの常連か。


銀色の瞳で、少し派手めな、ギターケースをかかえて店に入ってくる。


「あ」とヒカリは思い出して言った。

「ギターの人」

「あ、レジの人……?」


がしかし、ヒカリは警戒し、青年も前に向き直るとそれっきりだった。


外ではゲリラ豪雨が激しさを増していく。

ファミレスの窓に稲光が走り、この世の終わりかと思わせるような破壊音がとどろいた。


「わ……」

「すごいな……」

ほぼ同時に、2人それぞれの、かすかな声がもれ聞こえた。


どんよりとしてもいいはずの空気が、どこか温かく、2人の間に漂った。


だから何なのだと、スマホのチェックをしながら、食事をして、コーヒーを飲む……それだけのことに、ヒカリは集中できなくなっていた。


青年がカウンターに立てかけたギターケース。これが間にあるからなのかもしれない。


ヒカリは、その黒いケースから視線がはずせないまま、彼女の父、聖也のこと、父が十三のときに亡くなってからのこと、インディーズバンドのボーカル&ギターをやりながら、男でひとつで育ててくれたこと、彼の背中を、記憶の底で揺らしていた。


「あ、これ、 興味ある?…… いつもどんな音楽聴く人?」


青年のほうが、人なつっこく笑顔を見せて話しかけてきた。


やわらかく細めて見せる瞳の色は、銀色——なんて、きれいなんだろう。


「あ……ええ、まあ色々」


「僕、バンドやってるんだ。零=れ・い だよ。ハイ、これ……よかったら、来てみない?」


SNS情報が印刷されたプライベート名刺と、ライブのチケットをヒカリは手にしていた。


オリジナル・バンドか——父の世界。

その名残を感じて、ヒカリの警戒レベルが下がり、きゅっと彼女は口角を上げていた。


「笑うとすごくかわいいよ……えっと、ミユ、ちゃん?」


「ヒカリ……です」わ、なんだその引き出し方は? 

距離感に戸惑いつつも、ヒカリは小さな声で自分の名前を口にしていた。


「そうそう、ヒカリちゃんだよね」


零はカウンターに片ひじをついてあごを乗せると、少し首を傾けてヒカリをのぞき込んだ。


「笑うとすごくかわいいよ……ヒカリちゃん」


耳を溶かすような甘い声——それでいて、どこか自信なさげで、相手の機嫌を伺うような、移ろう響きが混じっている。


「ありがとうございます」 ヒカリは満面の笑みで、わざと大げさに返した。


(この人、私と同じかも……)


それが2人の最初の出会いだった。

挿絵(By みてみん)


「いらっしゃいませ——あ、零さん」

ヒカリのシフトに合わせるように、零がコンビニのレジに並ぶようになった。


「今度ライブやるんだ、来られたら来てね!」

そう言って、チケットを置いて帰っていくだけのこともあった。

目が合う時間が長くなり、ほほ笑みを交わし、言葉を交わすようになった。


「音楽で食っていくって決めたんだ」

「実は……夜はホストのバイトもやってる」

「ヒカリちゃんと話してると、なんか、落ち着く」


その日も、零は手を軽く振りながら入ってきた。

ドリンクを選んでいる彼の背中から、ヒカリの視線がはずせなくなる——

ふと振り返った零の、屈託のないキラキラとした笑顔が、ドクンと音を立ててヒカリの心臓を射抜いた。


「笑うとすごくかわいい」のは、あなただよ……反則級。

私に言ったあれは、どうせホストのテンプレートだよね……


2回、3回、ヒカリが零のライブに足を運び、帰りに語らいの時を過ごした。


「イントロはすごく、大事」

「伏せんをしっかり作ること。サビで回収されて、爆発する流れがいい」

「アルペジオって、ピッキングパターンで印象が劇的に変わる」


音楽の世界の、一歩踏み込んだ話題が尽きることなく、別れた後もまだずっと彼を気にしてばかりいる——ヒカリは自分に戸惑った。


将来の展望を分け合えば、それが次に会う時までの活力に変わる。

「零さんと私の魔法の時間」……

つぶやきながら、彼の気持ちはどうなのかと、ヒカリは心底思いあぐねた。


次の魔法の時間には、まだ少し遠い、ある雨の金曜日。

深夜24時を回った頃、コンビニの裏口付近で、零がヒカリを待っていた。

2人はひとつの傘に入り、雨の匂いのする夜の街をゆっくり歩いて行った。


「俺、孤児院育ちなんだ……身寄りなんて一人もいない」

唐突に言う零を見れば、うつむいて、銀の瞳に涙をにじませている。

いつも明るく、人好きのする零なのに。

聞けば、バンドメンバーと方向性ですれ違い、解散寸前だと言う。


ヒカリは背の高い零の顔をのぞきこみ、まっすぐ彼の瞳を見て言った。

「零さん、ソロで勝負してみたら?」

「え……?」

ヒカリは零から視線を動かすことなく言い切った。

「私は、零さんのギター大好き。ホストまでやって、ここまできたんだから……やるだけやってみようよ?」



「ヒカリがいれば生きていける——」

明け方のシーツの中で、零はヒカリを優しく抱きしめた。

「私も親なしなの……」

ヒカリは正直に言った。

「お金もないよ、私」

「だから何?……」

零は、温かい腕でヒカリをやさしく、しっかりと抱きしめた。

”愛”に身をゆだねるヒカリに、零の唇が柔らかく重ねられ、またもう一度深く——。

たがいに首筋に顔を埋め、隙間に滑り込むように、2人は孤独を満たしていった。

挿絵(By みてみん)




【第一章 3.つかのまの幸せ】


どちらからともなく、寄り添い、ままごとみたいな同棲生活が始まった。

せまいアパートで、一つの皿から食事を分け合い、休みの日には、指をからませて買い物にいく。

 

(零…零ちゃんのこと、私が支えてあげたい……ううん、支えたい。私が、私のために)

自分でも驚くほど、ヒカリは生きる力がみなぎるのを感じていた。


誰かのために存在できる自分が居た。

これまでの苦労は、この瞬間のためにあったのではないか。

これが、私の夢なのかもしれない……。


しかし、運命の輪はあらぬ方向へと舵を切り出した。

「大手音楽事務所のプロデューサーとつながった」

零が顔を火照らせて、持ち帰った話は、功名なサギだった。


その男は実際に、二人の部屋を訪れていた。

零よりも、むしろヒカリを女神のようにまつり上げた。

「君がいたから、今の彼がいる。彼の未来は、君にかかっているんだ」


高揚するヒカリと零——どんな曲を作って、誰のために歌っていこう

「新しい愛の巣で、子育てもしたいね」


そんな希望も、ホストクラブに前借りしてまで支払った「持参金」も、夢の泡と化した。


残ったのは多額の借金。


「夜の仕事を増やすから。少し待ってて」

そう言って零なりに努力を重ねるが、女性客を手玉に取る器用さも、嘘をつき通すメンタルもなかった。


売上は伸びず、イレギュラーに発生する「上納金」という名目のピンハネで、手元に残る金はわずかだった。


昼と夜のすれ違いの中で、たまに会えば口論となり、肌を重ねて仲直りの繰り返し。

ベッドでヒカリに抱きしめられながら、

「あきらめたくない」

「音楽はもう辞める」

「ヒカリがいれば生きていける」

零の揺れが日ごとに大きく、不安定になっていった。


「零ちゃん、口座の残高マイナスがもう限界……」


名もない消費者金融で、ヒカリ名義で借り入れた10万円。

「2人でなら何とか返済できるよ」

そう話し合って計画したはずの生活設計が狂っていく。


借金の返済とノルマのために、零には、クラブの親会社にあたる組織から「仕事」が課されるようになっていた。

一線を越えた、人には言えない犯罪の片りんをつかまされるようなそれだった。

高級サロンで誰彼構わず上客を「特別に接待」することも。


その代わり、クラブ内での零へのあたりが幾分やわらかくなったかのも確かだった。

目には見えない交換条件が、張りめぐらされているかのように——


暴力や怒号などという荒々しいことはことはなかった。

ただ静かに呼び出されては、家を空けがちになる零。

帰宅すると、特に雨の日は不機嫌で、頭痛がするとイヤがった。

アスピリンと酒をあおっては死んだように眠りにつく。


「仕事」が、確実に彼の精神をむしばんでいるのだろう。

何とか零の負担を減らしたい……ヒカリはその一心だけだった。


挿絵(By みてみん)




【第一章 4.鎖の感触】


「零ちゃん、私この仕事やってみる」 ポストに入っていたチラシは

【プレミアムデリヘル】完全未経験OK

・日収5万円以上

・仕事場は高級マンション

・送迎あり 20歳〜28歳まで


「やめろって、こんなもの!」

引きちぎろうとする零から、チラシを奪いかえして、ヒカリはきっぱり言った。

「零ちゃん、お酒やめられないんでしょ? 中毒だよ……病院行こう。私が、治療代は何とかします」


汚れや傷? 当たり前だ

命を削ることで、零を生かす。

これが、力の法則なのよ——


零を説き伏せた、ヒカリの初出勤の日。

指定されたマンションのロビーで待機しながら、自分の鼓動に全身を連打されて、やっぱり逃げ出したいという心境がピークに達していた。


「そうだ、あれ……」

運営元で、ヒカリの面接を担当した美咲のことばを思い出し、

彼女から手渡された白い錠剤を取り出した。


「最初は誰でも緊張するから……そんなときはこれがいいわ、飲んで。ただのサプリだから、安心して」


美咲の言った通りだった。

恐怖が薄いヴェールに包まれるような感覚——

その日の初仕事のことはあまり記憶に残っていなかった。

予想以上に客が乱暴だったような気がするが、

ヒカリはただ、見かけ上、前に進んでいた。


美咲はヒカリに会うたび、笑顔で新しい錠剤を渡した。

錠剤をバッグにしのばせ、客の部屋のドアをノックする日々。


挿絵(By みてみん)


少し楽になるはずだった。

しかし、待機は無給、バック率は高く、遅刻は1分単位で罰金対象。

性感染症、悪質客の暴力——

さらには、日ごと、ヒカリと目を合わせようとしなくなる零。

……まさか、零ちゃん、私のこと捨てたりしないよね?

身体の震え、薬の味——真っ白な不安でいっぱいになる。


零のホストクラブと、ヒカリが入った店が裏でつながっている、いやもっと大きな組織の影が——零はおびえた。

客の紹介、トラブル誘発、処理の分担にキックバック……すべてが全部、連鎖しているのか——

零は完全に思考を停止させていた。




【第一章 5.逃げ場のない檻】


いつものように、昼近くに零が部屋に戻ると、ベッドで毛布をかぶって、ブルブルと震えるヒカリがいた。

「……これサプリじゃないのかも」


サイドテーブルに転がる白い錠剤を見て、零の表情が凍りついた。

「待ってろ」ヒカリの肩に手を当ててから、零は駆け出していった。


ホストクラブのバックヤードには、男性店長と美咲が並んでいた。

「辞めたい? いいよ……もちろん、やめるときには残高一括返済。ルールわかってるよね」

美咲が携帯を取り出し、零に見せつけた。

眠るヒカリの姿と、彼女が客を取っているホテルの外観。

零の過去の未成年飲酒・薬物使用、接待動画もちらつかせた。


「支払えないなら、零ちゃんのを動画サイトに流すか……”ヒカリちゃん自身”を売る。どっちか選んでね」

唇をかむ零の肩に、店長が手を置いて言った。

「逃げたって、二人まとめて、見せしめにされるだけ」


夜、零はヒカリにすべてを伝え、彼女を抱きしめ、ほほをすり寄せくり返した。

「ごめん……すまない、ヒカリ」

「私はだいじょうぶ……」


零ちゃんが、私の愛だもの。こうして、いつも、絶対、私の零ちゃんでいてくれれば……私は幸せ。


ヒカリはふと暗がりの中で、零の銀色の瞳の奥に、黒い翼のような影を見ていた。

それは絶望の淵で見せた幻覚か、それとも、この理不尽な世界を裁きに来る「何か」の予兆だったのか。


2人の夢の時間は終わり、愛という名の重い鎖だけが残されていた。


そして事件は起こった。


(続く)


「社会を震撼させた『事件』の発生。彼らに救いはあるのか——」


挿絵(By みてみん)

 

「最後まで読んでくださり、どうも、ありがとうございます。少しでもいいなって感じてくださったら、下の★評価で応援してもらえると励みになります!」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


もし2人の行く末や物語の続きが気になりましたら、下部にある「ブックマーク追加」で応援していただけると、執筆の大きな糧になります。

次回もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ