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「じゃあなんで?」
「いじめを苦に……とかでしょ。そんなに酷くなかったと思うけど、篠沢たち、かなりからかってたもんな」
篠沢、と言われてもパッとはわからない。誰だそれ、と言いそうになったけれど紅葉の家の表札をふと思い出した。そういえばいつも篠沢と書かれている。篠沢紅葉、それが彼女の名前だった。忘れていたわけではない。紅葉とばかり呼ぶものだから、名字はなかなかパッと出てこないのだ。
紅葉っていじめなんかしてたっけ、と掠れた声で言うと西善は小さく頷く。
「いじめっていうかさ、斎藤をかなりダシに使ってたよ。まあ、みんなあいつのこと嫌がってたじゃん。ほら、お前だってあいつと肩がぶつかったとき、舌打ちしてたよな」
舌打ちなんてしただろうか。だいたい、斎藤と肩がぶつかったことなんてあっただろうか。斎藤という輪郭はなんとなくわかるけど、顔はぼんやりとしか思い出せないし彼女と接したことなんて一度もないはずだ。西善が覚えてるのだから、僕はやはり舌打ちをしたんだろう。わからない。けれど、言われてみればそんな気もする。どっちでもいいや。舌打ちをしていようがしていまいが、どうせ彼女は転校したんだ。
「でもさーやっぱ篠沢ちょっと怖いよな。裏でなに言ってるかわかんないし、やっぱり女子からもあんまり好かれてないんでしょ。ただ、誰もそんなこと言えないからくっついてるだけで」
うんうん、と適当に頷く。頷いているのは適当だけれど、話はちゃんと聞いている。西善が話すひとつひとつに「紅葉が」と頭で主語を入れる。本当に紅葉のことを話しているのだろうか。少しだけ不安にもなるけれど、やっぱり彼女のことを言っているのだ。
「男の前ではなんか可愛いじゃん。実際、男ウケいいし。でも俺、そういうの無理かなー。やっぱ表裏があるぶりっ子ってきつそう。なあ?」
男の前で可愛いならいいじゃん、と小さく言うと彼は何言ってんだ、というような目で見た。そして、大きく息を吸ってからまくしたてる。いつものことだ。彼は、何かまくしたてるときは大きく呼吸をする。
「性格悪い奴ってまじで嫌じゃん。可愛くてもさ。俺はね、ああいう陰鬱なのじゃなくてさっぱりした子がいい。例えばさあ、うちのクラスの大野みたいな」
ふうん、大野ねえ。それだけ言って僕は机に突っ伏して寝る体勢をとった。大野も表裏ありそうな感じがするけど。紅葉よりもきつそうだよ。そんなふうに僕は思うけど、それはやっぱり主観なのかもしれない。紅葉のことを悪く言わないでほしいという願望みたいなものが、胸の底にある。彼女は僕の身内のようなものなのだ。どうしてそうなったのかは、僕にはわからない。きっと、彼女もわからないだろう。