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結局、それからどちらも口をきかなくて、薄暗くなり始めてからやっと腰を上げた。もちろん、何も話さない。何を考えているのか、紅葉はうつろな目をして帰路についた。
家の玄関を開けると、夕食を既にとっているのか食器の音と大きな声で会話しているのが聞こえた。この家は全員で揃って食事をとるという文化はないのだろうか。ただいま、と言うとおかえり、と兄の大きな声が聞こえた。
「もうみんな食べちゃってるよ。お前も早く食べちゃえ。俺らもう終わっちゃう」
「僕を待ったりする気はなかったわけ?」
「腹へったんだもん。母さんもさっさと食えっていうしさ」
「兄貴ひでーよ」
「なに、寂しいの?」
ケラケラと兄が笑う。兄は僕と四歳差で、とっくに農業はやらないと宣言をして上京して大学へ通っている。涼子さんという彼女に会うために一週間欠席して田舎へ戻ってきた。
「兄貴、いつ結婚すんの」
「んー。まあ、結婚したいけどさ、付き合うことと結婚することは別物だよ。うん。いつかお前にもわかるさ」
居心地が悪くなったのか、兄は取ろうとしたたくあんを諦めて食器を台所へ持っていってしまった。
ぼーっと食べているとホームランでも打ったのか、とても盛り上がった歓声がテレビから聞こえた。
野球と言えば、紅葉が野球をやりたがっていたなんて、初めて知ったことだった。大抵のことには興味を示さないし、彼女の口から野球なんて言葉は一度も出たことがない。僕に知られたくなかったんだろうか。
僕はそれで、あの時なんと言えば良かったのだろうか。