2
母同士が仲の良かったこともあって、紅葉とはいつの間にか友達のようになっていた。正確に言えば友達というわけでもないが――友達ということにしておこう。
彼女と僕の距離はいつも一メートルくらいあった。どういうわけか、本当に小さい頃からこの距離はこのままだった。これくらいがちょうどいいんだよ、と彼女は数年前に言った。そうなのかもしれない。一人でいるようで、よく見ると誰かがいるっていうのはほど良い安心を与える。多分。
彼女の手から、しなやかに小石が飛び出して川へ落ちていくのが視界の隅で見えた。彼女が何かを投げるとき、手首がバネのようになる。本当にしなやかで、その度に僕は手首の関節を鳴らす。どうしてそんな習慣ができたのかは、自分でも説明ができない。
「本当はさ、野球、やりたかったんだ」
彼女がそう言ったとき、静かに風が吹いて彼女の短い髪を揺らす。あんまりにも長閑で、あくびが出そうだ。
「知らなかったでしょ」
手で口を必死に抑えていたが、やばいやばいと思いつつもあくびが出てしまった。ふわーあ。彼女はそれに気付いたはずなのに、言葉をまた紡ぐ。
「甲子園に行きたいっていう願望があったんだけど、結局今まで何もしなかったんだよね。バッティングセンターがないからっていうのを理由にして、バットは一度も振ったことない。グローブ買うお金がないからって、キャッチボールもしたことない。とりあえず、テレビでプロ野球とかの観戦。まあ、どうせ女子は甲子園出れないし、野球経験あろうがなかろうが一緒か」
「野球部入れば」
「今更? 経験のない女が男子と一緒に野球してどうすんの。そんなことできるわけないじゃん」
「じゃあ諦めれば」
言わなければ良かった、と言った直後に思った。紅葉はそんな淡白な意見は求めていないし、そもそも僕に意見なんて求めていない。あーあ、絶対紅葉は怒るよ。
でも、彼女は何も言わなかった。どんな表情をしているのか見てみたくもあったが、どうしても横は見れない。仕方ないから、石像のように固まる。僕のできることは、せいぜいそれくらいのことだ。